連載: タイ発変革人材の躍進
公開日 2025.04.10 Sponsered
日タイ関係は様々な意味で今曲がり角を迎えているが、そうした中でも、二国間の強固な経済的な結びつきも活かしつつ、タイで新しいことにチャレンジをする日本人、いわゆる「変革人材」が登場しつつある。タイを起点に日本を含む世界にまで変化の波を及ぼしうる変革人材とはどういう人物で、彼らにとってタイはどのような場所なのか。本連載では、一般財団法人 海外産業人材育成協会(以下、「AOTS」)が実施する変革人材へのインタビューを通じてその本質に迫る。
日ASEAN経済産業協力委員会(AMEICC)事務局長
兼 海外産業人材育成協会(AOTS)バンコク事務所長
藤岡 亮介 氏
2013年経済産業省入省。同省にて通商およびエネルギー政策(電力システム改革、水素等)に従事した後、2022年にAMEICC事務局/AOTSバンコク事務所に出向。
本連載の流れ(予定)
2025年4月号
1. 変革人材の育成・輩出拠点としてのタイの強み(本稿)
2. 変革人材インタビュー記事① 中村 亮太 氏 YN2-TECH(Thailand)Co., Ltd.
2025年5月号
3. 変革人材インタビュー記事② 南野 淳 氏 Cellulosic Biomass Technology Co., Ltd.
2025年6月号
4. 変革人材インタビュー記事③ 沼田 佳朗 氏 松本 匡広 氏 Nagase(Thailand)Co., Ltd.
2025年7月号
5. 変革人材インタビュー記事④ 柳本 貴生 氏 Teppen (Thailand) Co., Ltd.
2025年8月号
6. 変革人材インタビュー記事⑤ 竹尾 英郎 氏 株式会社 コメ兵ホールディングス
2025年9月号
7. タイにおける変革人材が有する特徴
変革人材を持続可能な形で生み出すための仕組み
注)所属会社名はインタビュー実施時点
日本とタイは伝統的な友好関係を基盤とし、歴史的に強固な経済関係を築いてきた。具体的には、タイには約6,000社の日系企業が進出し、様々な技術・知見の移転や人材の交流の起点となるだけでなく、特に多くの製造業系の日本企業は、グローバルの生産拠点をタイに置き、世界市場の獲得を通じて、その恩恵を共に享受してきた。
しかしながら、近年ではタイにおける日本の立ち位置も大きく変化しつつある。過去に多くの日本企業が他国に先駆けてタイに進出をした結果、自動車やエレクトロニクスなど様々な製品で、生産・販売とも高いシェアを日系企業が保持していたが、近年では中国や韓国勢などの積極的なタイへの進出を受け、競争が激化している。また、タイの財閥企業が着実に力を付け、強力なライバルとして台頭しつつあるため、過去と比べると日本との技術面などでの優位性も相当程度縮小している。
加えて、タイ自身も人件費の高騰や高齢化に伴い、ベトナムなど他国と比して若く競争的な労働力という点では優位性を失いつつあるが、一方で、経済成長に伴う消費市場としての魅力の高まりや、台頭著しい現地財閥等と日系企業による、多様な連携の可能性が出てきているなど大きく変化している。そのため、こうした様々な変化をうまく捉え、中長期的に最適な関係を引き続き築いていけるのか、という点で、日タイ経済関係は今まさに曲がり角を迎えている。
こうした変化の波をうまく乗り越え、さらに乗りこなしていくためには、いつの時代も変わらず志のある人の力が必要であり、特に、既存のビジネスの在り方に疑問を投げかけ、既存事業・プロセスの改善だけでなく、全く新しい取組に他人も巻き込みながら前向きにチャレンジしていける「変革人材・変革リーダー」の存在が重要と考えている。
こうした人材は少なからず存在しているものの、より大きなうねりを作っていくためには、一握りの天賦の才能と情熱を持つ人達に任せきりにするというのは持続可能ではなく、多くの変革人材が出現し、タイを舞台に躍動できる環境を整えることが必要と考える。また、現在約7万人いる在タイ日本人による変革のマグニチュードは、タイの地理的な特性や駐在員制度を活用することで、タイに留まらず日本を含む世界にまで広がりうると考えている。
以上のような問題意識を踏まえ、日系企業の海外での事業展開を、経済産業省などの公的機関とも連携しながら、主に現地人材の育成という側面から長年サポートするAOTSのバンコク事務所は、これまでAOTSとして十分着目できていなかった「日本人の変革人材」と「挑戦の舞台であるタイ」に焦点を当てることとした。
その中で、タイの持つ特徴・強みを生かしつつ、より多くの変革人材の潜在力を発揮することで、現地日本企業等の活性化を通じて日タイ経済関係をより一層強化していくための持続可能な仕組みについて検討すべく、THAIBIZの運営会社であるMediatorや現地有識者の協力も得つつ、関係者へのインタビュー等を通じて調査した(図表1)。
タイ等を舞台に躍動する日本人の方々への取材を通じ、人材の育成・輩出拠点としてのタイのポテンシャルだけでなく、変革人材として、より多くの日本人がタイおよび世界で活躍できる可能性を強く感じることができたため、得られた気づき、および一部の方々へのインタビュー内容を、タイで活躍するビジネスパーソンに向けて発信させていただくこととした。 皆様の今後のタイでのビジネスをより一層充実させるための有益な気づきを少しでも提供できれば幸いである。
本調査においては、より有益な示唆を効率的に得るために、3つの質問、3種類の雇用形態、および変革人材が経験する3つのフェーズを常に意識した。
まず、本調査では、「多くの人は海外でのビジネス経験を通じて成長することで、国と国の様々な違いも乗り越え、他の人を巻き込みながら新しいことに挑戦する変革人材となることができる」という前提に立ち、①変革人材の育成・輩出拠点としてのタイの強みは何か、②タイにおける変革人材はどのような特徴を有しているか、そして、③変革人材を持続可能な形で生み出すための仕組みは何か、という3つの質問に対する答えを少しでも明らかにすることを目指した。
より広くグローバル人材として備えるべき能力やその育成方法などについて論じた文献は枚挙にいとまがないが、我々の調査では敢えて、タイにおける日本人に焦点を絞り分析を行ったという点が、最大の特徴である。しかし、タイには2万人を超える日本人が就労しており、その多くを占める駐在員が数年で入れ替わっていると考えると、関わる人の数は、中長期的には決して小さくないと考えられる。
また、タイの日系企業は、大企業を中心に、多くの企業が長いタイビジネスの歴史を有しており、既存のビジネスを安定的に継続することが、変革と同等程度以上に重要な場合も多いと考えた。そのため、分析のための材料を集める際には、アンケート等で大多数に聞き取りを行うのではなく、厳選した18名に対してインタビューを行い、前述した3点についての普遍的な示唆を得ることをまずは目指した。
インタビュイーについては、世界、もしくは所属業界や会社から見て「先進的な取組にタイで挑戦しているか」という観点で選定を行った。加えて、タイに来た経緯や働く日本人の採用形態などによっても、タイでの経験の内容やそこから出てくる示唆・教訓は大きく異なる可能性があると考え、変革人材を大きく、①駐在員、②現地採用、③起業家という3つのカテゴリーに分類し、それぞれに該当する方々にできるだけバランス良くインタビューを行った。
最後に、本調査では変革人材が、①タイに来て、②タイで育ち、その後、③世界や日本に羽ばたくという3つのフェーズにそれぞれ焦点を当てて、インタビュー・分析を行った(図表2)。
これは、変革人材を育む土壌としてのタイの強みや、変革人材の特徴およびその活躍を長期的な観点で捉えるという目的だけでなく、置かれている状況や関係者の違いから、それぞれのフェーズにおいて、変革人材が抱える課題が異なるのではないか、という仮説に基づき分類を行った。
ここから先はインタビューを通じて得られた示唆を紹介していきたいが、本記事では前述の3つの質問のうち、まず、「①日本の変革人材の育成・輩出拠点としてのタイの強みは何か」という点に関する気づきを4つ紹介したい。
まず一つ目はなんといっても、両国の強固な関係である。多くの日本企業がビジネスを通じてタイで築き上げてきたものは、設備などに留まらず、人材のネットワークや日本への信頼など目に見えないものも多く含まれている。
タイや在タイ日系企業は、多くの場合、日本や日本本社を追従する形でこれまで成長してきたが、近年はその勝ちパターンが通用しなくなっており、時には自ら道を切り拓く必要が出てきているなど、潜在的に大きな変革ニーズを抱えている。そうした中で、過去に築いた財産を最大限生かしながら新たなものに取り組むことができれば、任期が3年前後と限られている駐在員でも、その期間中に大きな変革を実現できる可能性が高いと考えている。
二つ目はタイにおける新しいことに挑戦するための環境である。タイは歴史的に世界との繋がりが深いだけでなく、長い歴史も有しており、そうした経緯から物・人を見る目が肥えている。つまり、新しい事業だけでなく、一人の人間として通用するかを、グローバルやローカルといった様々な角度から深く洞察された上で、乗る・乗らない、組む・組まないといった判断がなされることになる。
しかしながら、一度厳しい判断基準をクリアしてしまえば、前述した日本への信頼や、新しいものに対する高い関心、失敗に対して寛容な文化も相まって、日本人にとって、日本よりも新しいことに挑戦しやすい環境であると考えられるため、長期的な変革の実現・定着に向けて、特に最初にいかに自分自身および変革したい内容について理解が得られるように努力するか、ということが重要となる。
三つ目は、新しいことを先行して試し、その後横展開する「出島」としての役割である。タイが厳しさも兼ね備えているものの、挑戦しやすい環境であることは上で述べたが、地理的にはASEANやインドといったより大きな市場へのアクセスが容易な場所に位置しているというだけでなく、近年は財閥系をはじめとするトップ企業が国外に積極的に展開しており、様々な要素が隣国への円滑な横展開を後押ししてくれる。
加えて、約7万人超の日本人居住者によるコミュニティも国外では屈指の規模で、駐在員制度による人材の循環やタイからメコンやASEANを統括している企業も多くいることも相まって、他の日本人とのネットワーキングがASEAN等への展開だけでなく、日本への逆輸入(リバースイノベーション)でも力になる。確かにタイは東京から見ると辺境かもしれないが、変革を中心にも届け得る大きな辺境であると考えている。
最後は、日本人にとって住みやすい環境である。近年のタイにおける日本食の浸透などに加え、子どもに対しても寛容な社会でありつつ、教育や医療機関などの子育てに必要な各種インフラも充実していることから、日本ではフルで働くことがなかなか難しい子育て世代の若手も、子育てと両立させながら挑戦しやすい環境が整っているといえる。
誤解を恐れずに言えば、タイは日本からは、色々な意味で「楽な駐在地」と見られることも多いが、ここまで見てきた通り、優しさの中にも他の国と同様のビジネス面での厳しさも存在している。
一方で、基盤となるインフラも整っており、多様な人材との広域で使えるネットワーキングを構築しつつ、現場での研鑽を積めるという特徴から世界的に見ても非常にユニークな特性を有している。そのため、多くの日本人にとって長いキャリア形成の中で、特に世界に羽ばたく「登竜門」として、十分魅力的な挑戦が出来る国であると考えられる(図表3)。
今回の記事では、調査の背景・目的、調査方法およびタイの強みについての紹介に留め、調査を通じて明らかにすることを目指した残りの質問(②タイにおける変革人材の置かれた状況とその特徴、③変革人材を持続可能な形で生み出すための仕組み)については、次ページから始まる5本の変革人材インタビュー記事を5ヶ月にわたって掲載した後にまとめて紹介することにしたい。
なぜなら、人に関わる部分については、インタビュー記事を通じて具体的な冒険・苦労話を知った後のほうが、読者自身の経験に照らして、具体的にイメージしやすいと考えたからである。これから始まる本連載が、読者のタイでのビジネスや生活を少しでも実り多いものにすることができれば幸いである。
THAIBIZ編集部
駐在員必読! タイ式経営の流儀
協創・進出 ー 2025.04.10
人間力とコミットメント、発信力で人を巻き込む タイでの起業から始まる数々の出会いと変革
対談・インタビューSponsered ー 2025.04.10
世界に羽ばたく変革人材と、その登竜門としてのタイの魅力
協創・進出Sponsered ー 2025.04.10
タイビズ1周年記念セミナー開催レポート
イベント ー 2025.04.10
タイ進出日系企業を支えて70年!ビジネス支援とネットワーキングで日タイ経済をつなぐ
協創・進出 ー 2025.04.10
タイにおける仲裁判断の承認・執行
会計・法務 ー 2025.04.10
SHARE