カテゴリー: 自動車・製造業, バイオ・BCG・農業
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2022.10.11
TJRI Newsletterの8月9日号で電気自動車(EV)特集を組んだが、タイではその後もEV関係のニュース、ビジネスイベントが相次いでいる。今号でも3つほどそうしたイベントを紹介したが、徐々に明確になってきたのが、当たり前ではあるが、EVはエネルギー産業と密接にかかわっていること。最近ではエネルギー関係の展示会にEVが登場したり、エネルギーとEVのイベントが同時開催されたりするようになっている。
気候変動対策から自動車など運輸部門の二酸化炭素(CO2)排出削減が待ったなしであるのは言うまでもない。ただ、ロシア・ウクライナ戦争勃発によるエネルギー価格高騰と電力不足懸念に加え、アジアでは電力の大半を化石燃料でまかなっている現実が一般にも少しずつ知られるようになり、内燃機関(ICE)車からEVへの100%移行が当たり前とされた一時期のEVブームも少し落ち着きを取り戻しつつある印象だ。そこでは内燃機関の価値、そしてバイオ燃料も見直されつつある。
「東部経済回廊(EEC)計画の中核である12のSカーブ産業の中ではEV産業は常に最優先リストにある。・・・産業界はタイのEV産業を形成しつつあり、自動車メーカーとエネルギー産業はEVとバッテリー生産・開発プロジェクトで堅実に前進しつつある」
バンコクポスト紙は9月12日付の自動車産業特集記事をこう書き出している。同記事は、中国・上海汽車グループで「MG」ブランドの自動車を販売するMGセールス(タイランド)、中国の長城汽車(GWM)のタイ現地法人グレートウォール・モーターズ(タイランド)、タイ日産自動車、マツダ・セールス(タイランド)などの幹部インタビューを掲載しており、興味深い。
MGセールスのポンサック副社長は、「EVバッテリー生産工場に25億バーツ以上投資しており、中古バッテリーの管理方法の研究を行っている。・・・MGは充電ステーションを150以上設置した」とアピール。一方、MGのライバルであるGWM(タイランド)のナロン社長は、タイを東南アジア諸国連合(ASEAN)のEV産業のハブにするために228億バーツを投じる予定とした上で、2023年にEVバッテリーの生産を開始し、2024年にEV組立工場を稼働する計画だと明らかにした。
一方、同記事は日本の自動車メーカーにも取材。タイ日産自動車が6月に日本以外で初のバッテリー工場をタイに開設すると発表したことを紹介。タイ日産自動車の關口勲社長の「タイはAESEANの重要市場であり、タイを東南アジアの主要な自動車生産拠点にする予定だ」などのコメントを引用。また、マツダ・セールス(タイランド)は6月、タイ国内でのプラグインハイブリッド(PHEV)とハイブリッド(HEV)生産開始の調査を行っていると発表したと紹介。同社の三浦忠社長は、「タイのバッテリーEV(BEV)のインフラは大量の利用には不十分で、電気でも石油でも走行可能なPHEVやHEVはBEVよりも販売チャンスは大きいと思う」と述べたという。
ドイツのフォルクスワーゲン(VW)のディーゼルエンジンの燃費不正問題をきっかけとした欧州主導の「EV狂騒曲」は温室効果ガス削減目的の理解できる部分と、できない部分がある。このコラムでも何度か指摘しているように、日本、中国、そしてタイを含めアジア各国が電源の大半を石炭、天然ガスなどの化石燃料に依存する中で、EVが全ライフサイクルで本当に二酸化炭素削減により大きな効果があるのか明確に説明されていない印象だ。ただ、分かるのはEV推進派の欧州が電力の多くを再生可能エネルギーでまかない、なおかつ欧州は国境を越えた送電網を持ち、柔軟な電力供給システムを整備していることだ。
英誌エコノミスト誌は9月3日号(アジア面)で「Grid Locked」と題する記事で東南アジアの電力インフラ問題を論じている。記事は「シンガポールからラオスの首都ビエンチャンまで空路ではたった3時間しかかからない。しかし、両都市間の送電には8年かかった」と書き出す。
これは「アジアのバッテリー」と呼ばれるラオスの水力発電所から電力をタイ、マレーシアの送電線を経由してシンガポールに送るエネルギー交換プロジェクトが2014年に合意されたものの、試験が始まったのが今年6月と時間がかかったことを揶揄したものだ。また、東南アジア諸国連合(ASEAN)が約25年前に提唱した「スーパーグリッド」構想は文書のみにとどまり、国境を越えた電力売買はなかなか実現しなかったという。
同記事によると、欧州や北米では隣国との電力取引は、電力容量を引き上げる一方で、コストと汚染を削減するのに不可欠であり、太陽光、風力などの再生可能エネルギーへの対応を支援している。そして、広範囲の地域での「電力プール」により、電力不足の地域は電力余剰地域から補填を受けることができる。一方、ASEAN各国政府は石炭火力発電所を過剰に建設して、余剰電力量を誇示しているという。そして、隣国を決して信用せず、電力を融通しあうことはなく、ASEAN送電網は「パッチワーク」のままだと指摘。「汎ASEANスーパーグリッド構想は、特に各国政府が内向きのため、まだその道のりは遠い」と結論付けている。結局、東南アジア、そしてタイは当面、バイオ燃料も生かして内燃機関車の生産・輸出ハブを目指すのが現実的なのかもしれない。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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