ドラマ『マッド・ユニコーン』旋風 ユニコーン企業の誕生秘話から学ぶ、タイビジネスの実態

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THAIBIZ No.163 2025年7月発行“援助”から“共創”へ ODAが変えるタイビジネス

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ドラマ『マッド・ユニコーン』旋風 ユニコーン企業の誕生秘話から学ぶ、タイビジネスの実態

公開日 2025.07.09

Netflixで配信中のタイドラマ『マッド・ユニコーン』が、タイ国内で異例の盛り上がりを見せている。物語のモデルとされるのは、宅配スタートアップ「フラッシュ・エクスプレス」。実在する企業の急成長を大胆に描いた同作は、配信直後からNetflixタイで連日ランキング1位を獲得し、SNSでは「#MadUnicorn」「#สงครามส่งด่วน(原題:速達戦争)」といった関連ワードが急上昇した。

ドラマをきっかけに、視聴者の関心は現実の企業に波及。メディアもフラッシュ・エクスプレスの創業ストーリーや経営の舞台裏に注目し、社会現象と呼べる広がりを見せている

市場の常識を覆した創業期のゲリラ戦術

同社が設立されたのは2018年。当時、宅配市場の基本料金は60バーツ前後が相場とされていたが、同社は25バーツという破格の料金設定で参入。中小のネットショップや地方ユーザーの需要を一気に取り込むことで、創業初年度にして荷物配達数は1億個を超えるなど、破竹のスタートを切った。

さらに、価格戦略に加えてAIによるルート最適化や、全国での無料集荷サービスも導入。都市部に偏りがちな物流網を地方にも拡大させ、競合にはなかった細やかなサービスで差別化を図った。その結果、タイ全国77県すべてをカバーする配送網と2,500拠点以上のサービス網を、短期間で構築することに成功している。

業界構造を揺るがす拡大と影響

フラッシュ・エクスプレスの拡大は、タイ物流業界の構造自体を変える転機となった。コロナ禍で電子商取引が急増するなか、同社はいち早く配送網を強化。対応が遅れた既存大手に対し、スピーディーなサービス提供で存在感を高めた。

荷物の累計取り扱い数は3億個を突破し(2020年時点)、従業員数も1万人を超える規模へと成長。競合他社も、同社を追うように価格引き下げや即日配送の強化に乗り出した。

企業規模の急拡大にともない、同社は次のフェーズへと向かう。配達員を含む現場スタッフが増えるなか、標準化されたオペレーションや教育制度が必要不可欠となり、創業者のコムサン・リー氏は中国に技術開発拠点を設け、システム面からの支援体制も構築。

2021年にはシリーズD+とEで約1億5,000米ドルの資金を調達し、ユニコーン企業としての地位を確立した。

拡大の先にある文化づくりの課題

現在、フラッシュ・エクスプレスが注力しているのは企業文化の定着である。従業員は4万人規模にまで膨れ上がり、そのうち約7割が現場の配達員。組織全体の統一感や価値観の共有は、これまで以上に重要な経営課題だ。

そのなかで、同社は「In Mind, In Delivery(心に想いを、配送に込めて)」を企業理念として掲げ、社員教育や現場の処遇改善に注力している。トップの指示ではなく、現場一人ひとりがサービス精神を体現する組織への転換を目指しており、社内でのエンゲージメント向上にも積極的に取り組んでいるという。

また、同社は「5年以内に東南アジアの物流トップ企業となる」という目標を掲げ、海外展開や新規事業への挑戦も視野に入れている。企業としての軸を内側から支える文化の整備は、今後の競争環境を勝ち抜くための要となる。

ドラマを超える現実の物語

『マッド・ユニコーン』はフィクションでありながら、現実のビジネスに裏打ちされた迫力を持っている。破壊的価格戦略から始まり、企業規模の拡大、業界標準の確立、そして文化経営への移行。フラッシュ・エクスプレスの軌跡は、まさに現代の「戦略型ユニコーン」の進化過程そのものである。

今後、同社がタイ国内のみならず、東南アジアの新たな物流モデルとしてどのような展開を見せるのか。ドラマの続編が期待されるように、現実の次章にも目が離せない。また、ドラマがまだの方には、ぜひ一度観ていただきたい。

Mediator Co., Ltd.
Chief Executive Officer

ガンタトーン・ワンナワス

在日経験通算10年。2004年埼玉大学工学部卒業後、在京タイ王国大使館工業部へ入館。タイ国の王室関係者や省庁関係者のアテンドや通訳を行い、タイ帰国後の2009年にメディエーターを設立。日本政府機関や日系企業のプロジェクトをコーディネート。日本人駐在員やタイ人従業員に向けて異文化をテーマとした講演・セミナーを実施(講演実績、延べ12,000人以上)。

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