カテゴリー: 組織・人事
連載: Asian Identity - タイ人事お悩み相談室
公開日 2025.09.10
Question:面接でタイ人の能力を見抜くのが難しいと感じます。採用において有効な質問はありますか?
Answer:「エビデンス・ベース」の原則に基づき、事実(ファクト)の収集に繋がる質問をしましょう。
タイでの採用面接の場面では、「なんとなくいい人に見えたけど、入社してみたら全然違った」という話をよく耳にします。面接時の受け答えは流暢で、笑顔もあり、愛想も良い。過去の経歴も立派に見える。しかし実際には、期待したようなスキルや姿勢が見られない。こうしたミスマッチの背景には、「面接で聞くべきことを聞けていない」という構造的な課題があります。
今回は「採用」についてです。本連載の過去回(2024年11月29日公開)で、タイ人は「自己評価が高いため、面接の回答を“盛りがち”である」、それゆえ「事実情報を収集することが重要」という点について触れました。
そこで今回は、タイでの採用面接において「避けるべき質問」と「おすすめ質問」をもう少し具体的に踏み込んで解説していきます。
まず、タイ人が面接で「盛りがち」という現象をもう少し深く見てみます。前提として、タイでは面接の場が日本よりも「演出されやすい」傾向があります。
自信のなさをカバーするために話を大きくしたり、「前職ではこのようなこともやっていました」と話を膨らませて堂々とアピールすることは普通のことです。これは「嘘をついている」というよりも、「相手の期待に応えたい」という思いからくる、ある意味での配慮とも言えます。
また、タイでは「できません」とは言いにくく、「やってみます」や「経験があります」と前向きに答えることが美徳とされる風土もあります。
対して、日本では「謙虚さ」が美徳とされます。日本では、できないことをできるというのは言語道断でしょう。また、「能ある鷹は爪を隠す」という美徳がありますから、自己アピールをする人物というだけで、あまり良く思われません。
我々日本人は、こうした文化的な隔たりをよく踏まえる必要があります。昨今、国際社会では日本人は「アピール下手」であると言われます。謙虚さこそ美徳、控えめに伝える方が良い、というのは我々日本人が持っている「特殊な前提」ではないかと私は思っています。
タイで採用面接をする際に、「盛る」という行為に際してネガティブな感情を抱きすぎてはいけません。嘘を見抜いて事実を見極めることは重要ですが、アピールが強いから傲慢である、謙虚だから好感が持てる、という評価をもし下しがちであれば、それは無意識のバイアス(先入観)に基づいているかもしれない、と自分をよく省みましょう。
その上で、「おすすめしない質問」の例から見ていきましょう。共通するのは「本人の主観でいくらでも良く見せられる質問」です。
×「あなたの強み・弱みは何ですか」
こうした質問には、模範解答を暗記している人も多く、本人の実像とは限りません。また、「私はリーダーシップがあります」と答えたからと言って、本当にリーダーシップがあるとは限りません。アピール上手なタイ人の自己PRが滔々と続いてしまうことも多く、その人の実力を見抜くことにはつながりにくいでしょう。
×「将来どのようなキャリアを築きたいですか」
タイ人はキャリアにあまり長期的な展望を持っていない人が多いため、特に深く考えられた回答は返ってきません。また「独立したい」「田舎で農業がやりたい」といった本音や価値観が見えることもありますが、パーソナリティの理解には役立つものの、自社での活躍可能性に関する情報とはいいがたいでしょう。
×「弊社の仕事は大変なことも多いです。忍耐力はありますか」
これも「あります」と返ってくることが予想されますが、実際にどうかはわかりません。本当に忍耐力があるかを見極めたければ、「エビデンス・ベース(事実情報の収集)」を意識し、忍耐力を発揮したエピソードを語ってもらうべきです。
全体として避けるべきは「主観」で答えられる質問です。「どう思いますか」という答えは、その人の考え方を推し量ることはできますが、能力を測ることにはなりません。主観を知ることも大事ではあるのですが、限られた面接時間の中では後回しにしておいた方が良いでしょう。
では、どのような質問がタイでは有効なのでしょうか。ポイントは「具体エピソード」や「周囲との関わり」を聞くことです。これらを押さえることで、相手が“本当にやってきたこと”に迫りやすくなります。いくつかおすすめの質問を紹介していきます。
◎「前職で担当したプロジェクトの中で、特に苦労したものとその成果を、具体的に教えてください」
具体的な仕事のエピソードを語ってもらい、そこから「周囲とどのように協力しましたか」「ビフォーとアフターでどんな成果がありましたか」などの質問をして掘り下げていきます。特に成果については言える範囲で「数字」を使って語ってもらいます。自分の担当した仕事であれば何らかの数字が頭に入っているはずです。
語ってもらうエピソードは、「短期間の仕事」よりも「長い時間取り組んだ仕事」を選んだほうが良いでしょう。短期間の仕事からその人の能力を推し量るのは難しいからです。職歴が沢山ある候補者の場合は、1〜2年で転職してしまった勤務先の話はスキップして、長期間勤めた会社でのエピソードにフォーカスしましょう。
また、「成功した仕事」よりも「苦労した仕事」の方が、より求める情報が得られやすいと言えます。苦しい時にこそ頑張れる人をわれわれは採用したいからです。
◎「あなたが今まで上司や同僚からもらったフィードバックには、どのようなものがありましたか。良い点、悪い点両方教えてください」
これは「周囲の視点」を活用して本人の行動を探り当てに行く質問です。自己評価の「強み・弱み」を聞くよりも、ずっと客観的で実際的な評価を聞くことができます。もし曖昧に答えたらフィードバックを受けることへの意識が低いことを表すので、自己の客観視という意味ではマイナスとなる可能性があります。
こうした「具体エピソード」や「周囲との関わり」を利用して質問をしていくことで、本人の「主観」「アピール」「盛り」を最大限に排除しながら面接を進行していくことができます。
過去のエピソードを収集し終えて時間に余裕があったら、本人のパーソナリティを探る質問をしていくのも有効です。ここではある程度の「主観」は入りますが、それも含めて人物理解に役立ちます。
◎「週末はどのように過ごしますか。長期的に取り組んでいる趣味や習慣はありますか」
絵を書くのが好き、筋トレが好きなど、タイの方は多くの趣味を持っています。こうした質問はその人のポテンシャルを探ることに繋がり、どのような業務が向いているかの判断材料にもなります。また、特に長期間にわたって取り組んでいるものがあれば、それはその人の継続力や学習姿勢を表している可能性があります。ぜひ詳しく聞いてみましょう。
◎「キャリア選択には、誰かの意見を参考にしていますか」
私はタイではこの質問をよくします。転職動機や職業観を知るための質問ですが、裏の意図としては「両親」についての考え方を知りたいということもあります。
タイでは親が子どものキャリアに大きな影響を及ぼすため、転職について親が助言をしていることは珍しくありません。せっかく入社しても親の助言でまた転職してしまうこともあるため、どの程度本人の意思でキャリア選択しているかは、会社としては知っておいて損はありません。
また、両親の話題を通じてその人の価値観に触れることができます。こちらから促さなくても、「自分が親から何を学んだか」「座右の銘」などを語ってくれることもあります。多くのタイ人にとって「家族」というのはコアの価値観なので、採用の段階でその会話をしておけることは非常に有益と言えるでしょう。
昨今、日本では家族などプライベートに関する質問はNGという風潮がありますが、タイでは気にしすぎる必要はありません。親の仕事を根掘り葉掘り聞くといった姿勢はマナー違反ですが、会話の中で両親の話にも触れるのはタイでは自然な会話です。
採用は奥深いテーマですので、また次回以降も取り上げていきたいと思います。
株式会社アジアン・アイデンティティー 代表取締役
中村 勝裕 氏(愛称:ジャック)
愛知県常滑市生まれ。上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業後、ネスレ日本株式会社、株式会社リンクアンドモチベーション、株式会社グロービス、GLOBIS ASIA PACIFICを経て、タイにてAsian Identity Co., Ltd.を設立。「アジア専門の人事コンサルティングファーム」としてタイ人メンバーと共に人材開発・組織開発プロジェクトに従事している。
リーダー向けの執筆活動にも従事し、近著に『リーダーの悩みはすべて東洋思想で解決できる』がある。Youtubeチャンネル「ジャック&れいのリーダー道場」も運営。
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「タイ人事お悩み相談室」コラムで取り上げます!→ info@a-identity.asia
Asian Identity Co., Ltd.
2014年に創業し、東南アジアに特化した人事コンサルティングファームとして同地域で事業を展開中。アジアの多様な人々を調和させ強い組織を作るというビジョンの実現に向けて、"Asia is One”をスローガンに掲げ、コンサルタントチームの多様性や多言語対応を強みに、東南アジアに展開する日本企業を中心に多くの顧客企業の変革をサポートしている。
◇Asian Identityサービスサイト
http://asian-identity.com
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