小型原発、37年稼働に照準 ~タイ原子力発電の未来図(上)~

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小型原発、37年稼働に照準 ~タイ原子力発電の未来図(上)~

公開日 2025.09.19

NNA掲載:2025年9月2日

タイで小規模原子炉である小型モジュール炉(SMR)の導入計画が進んでいる。タイ発電公団(EGAT)は原子力を「持続可能で安定した電源」と位置付け、2037年までに総容量600メガワットの商業運転を目指す。データセンター誘致に伴う電力需要増や脱炭素への対応に加え、関連各産業への波及効果も期待される。研究機関は、サプライチェーン(供給網)全体の収益を430億バーツ(約1960億円)と試算する。

タイ国家原子力技術研究所の研究炉を視察する国際原子力機関(IAEA)チーム(タイ原子力平和利用事務局提供)

小型モジュール炉は従来型の原発より規模が小さい原子炉で、工場でモジュール化して製造し、消費地に運んで設置できる。出力は大型原発の3分の1の最大300メガワット。建設にかかる時間やコストが抑えられることに加え、万が一事故が起きても自動的に炉心を冷やす設計で、大型原発に比べて安全性も高いとされる。

EGATは国際原子力機関(IAEA)などと連携して、技術の検証や人材育成の準備を進めている。37年の稼働開始を目標に、最大出力600メガワットの導入を計画する。候補地としては、中規模の送電網が多く大掛かりな増強工事を必要としない東北部と南部が有力視されている。

タイでは発電用燃料の65%を天然ガスが占める。石炭と石油を合わせると8割を化石燃料に依存しており、電力供給の持続可能性に課題を抱える。政府が掲げる、65年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロとする「ネットゼロ」を達成する目標に向けても、環境負荷の少ない電源の整備が必要だ。

また政府は近年、大量の電力を消費するデータセンターの誘致を本格化させており、一層の電力需要増が予測される。LHフィナンシャル・グループ(LHF)傘下のLHバンクは7月に発表したリポートで、「データセンターの電力消費を賄うには、投資が依然不十分」と指摘。こうした背景から、安定した電源確保のため、原子力発電の導入は不可欠との見方も広がっている。

タイの高等教育・科学・研究・イノベーション省は今年1月、米国と原子力の平和利用に関する原子力協力協定(通称123協定)を締結。7月に発効した。この枠組みによって実験に不可欠な燃料棒の調達が容易となり、タイの研究開発が大きく前進すると期待されている。

関連産業にも波及効果

タイ国営クルンタイ銀行の調査会社クルンタイ・コンパスは、小型モジュール炉の導入が呼び込む投資を930億バーツと試算する。電力販売収入は、運転期間60年間で7800億バーツに達する見通しだ。

建設や設備供給など関連産業への波及効果も大きい。32~37年にかけてサプライチェーン全体では430億バーツの収益が見込まれ、このうち建設・土木分野が226億バーツと5割強を占める。

タイで発電所建設を受注するには、過去10年で10億バーツ超の規模の発電所建設実績が条件とされるため、手がける企業が限られる。また信頼性確保の観点から、経験豊富な海外の原子力技術開発会社との協業が有力視される。クルンタイ・コンパスは例として、米ニュースケールパワーや日立GEベルノバニュークリアエナジーを挙げた。

このほか、送電・配電システムや補助設備を手がける事業者は140億バーツ、冷却システムの製造・販売事業者は65億バーツの恩恵を受けると見込まれる。EGATは信頼性を重視し、大手メーカーの電力機器を選定するとみられ、日系を含む世界的メーカーの販売代理店に商機が広がる可能性が高い。

さらに、「核のごみ」処理のためのインフラ整備も巨額の投資が必要となる。放射性物質である使用済み核燃料を60年間処理できる深層地層処分場の建設費は、1510億バーツに達する見通しだ。

国民の理解を得られるか

産業界への恩恵が見込まれる一方で、小型モジュール炉の導入には課題も多い。法整備など制度面だけでなく、国民の理解が得られるかが焦点になる。

EGATの広報担当アノーシャ氏はNNAの取材に対し、「小型モジュール炉がエネルギーの安定供給に役立ち、なおかつ安全だと周知する必要がある」と強調した。

タイでは1960年代に原発導入の構想が持ち上がり、2000年代に具体化。10年版の電力開発計画(PDP2010)では、大型原発5基(総出力5000メガワット)を建設する方針が打ち出された。

11年には原発導入に向けた準備が進められたが、そのさなかに日本で東京電力福島第一原発事故が発生。タイ国内では強い反対世論が巻き起こり、計画は無期限延期となった。その後の電力開発計画では原子力発電に関する記述が事実上削除され、代わって再生可能エネルギーが優先されるようになった。

こうした経緯もあり、小型モジュール炉の安全性周知と社会的合意の形成は不可欠だ。EGATは目下、導入計画と並行してメディアや教育機関を通じた啓発活動を展開。アノーシャ氏は「IAEAが定める基準に従って小型モジュールの安全性を評価している」と強調し、国民の理解を得ることは可能だとの認識を示した。

タイ発電公団は、小型モジュール炉導入に向けたワークショップを開催している(タイ発電公団提供)

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