

カテゴリー: 自動車・製造業, ASEAN・中国・インド
公開日 2025.11.10
ベトナムの自動車市場は2019〜2024年にASEAN主要国で最も高い年率10%で成長し、2024年には43万台に到達。今年は初めて50万台を超える見通しだ。
高成長を支えるのは、年率7%超の経済成長による中間層の拡大、政府によるインフラ投資の加速、そしてビンファストなどOEMの積極的な販促である。なかでも電気自動車(EV)販売で首位に立つビンファストの急成長は注目を集める一方、その持続性には懸念もある。
ベトナム共産党政府党委員会の報告によると1、2025年までに国内総生産(GDP)が20年比1.5倍の5,100億米ドル(約77兆円)、1人当たりのGDPが1.4倍の5,000米ドル超になり上位中所得国入りを達成した。
また、国際市場調査会社ユーロモニターインターナショナルによると、年間所得5,000〜1万米ドルの中間下位所得層は、2010年から年率12%で成長し、2030年には2,000万人に達しタイとほぼ並ぶことが予想されている2。
このような中間層の増大が要因となり、ベトナムの自動車市場は2022年の44万台から、翌年には不動産不況により36万台に落ち込んだが、2024年には43万台に回復。
今年には50万台に拡大することが予想される。2020年代初頭まで市場を支配してきた日系・韓国系メーカーのシェアは急減しており、日系は2020年代初頭の48%から今年6月に36%、韓国系は同34%から19%まで縮小している(図表1)。


その代わり、国民車メーカーのビンファストが2020年の8%から、今年6月に30%までシェアを伸ばしている。要因は、政府の促進策によるEV市場の急拡大である。ベトナムのEV市場は、2024年に前年比126%増の9万2,000台まで成長し、ビンファストのEVシェアは9割以上に達した(図表2)。


背景には、①中国からの完成車輸入に50%の高関税を課し、中華系メーカーの参入を制限、②ビングループが充電インフラを独占、③政府がノックダウン(KD)部品輸入に優遇策を設け、国内生産者を優遇、などが挙げられる。この結果、ベトナムへの参入を試みた中華系メーカーは販売が伸びず、撤退している。
ベトナム政府は「2050年までに全車EV化」を掲げ、2040年までにASEAN主要国で初めて内燃機関(ICE)車の生産・輸入を禁止する方針を示している。EV普及に向けては、購入者への奨励策と製造業者への優遇策を導入。
特に購入者向けには、2022年からEVおよびプラグインハイブリッド車(PHEV)の特別消費税(SCT)と登録税を引き下げ、市場拡大を後押しした。従来、ICE車にはSCT30〜150%、登録税10〜12%が課されていたのに対し、バッテリー式電気自動車(BEV)は約半分の税負担にとどまる(図表3)。


また、2020年からはEVやハイブリッド車(HEV)に対する輸入関税の免税措置も導入され、ビンファストなど国内生産メーカーには有利な環境が整っている。報道によれば、政府はさらにHEVに対する税優遇措置を導入する予定。これに応じてトヨタは今年10月、ハノイ近郊工場におけるHEV生産能力の増強を発表した。
ビンファストの特徴は、ビングループ傘下企業と連携し、バッテリー、人工知能(AI)、IoT、インフラ、サービスを包括するエコシステムを構築していることである。特に2023年4月設立のグループ系タクシー会社グリーンSMに対し、同年に約1万3,000台を供給し、販売全体の7割を占めた。
今年にはグループ向け販売が全体の4割に達すると見込まれる。今後は、不動産開発や充電ステーションなどのインフラにMobility as a Service (MaaS)を組み合わせた統合型モビリティ事業を目指す。
また、同社は2019年の自動車事業参入から間もなく米国市場に挑戦し、2022年にはノースカロライナ工場の設立を発表。しかし最近、米国工場の稼働を2028年まで延期し、代わりにインドネシアとインドにそれぞれ年産5万台の工場を建設するなどアジア周辺国への展開を加速させている。
ビンファストの2024年の純損失は前年より拡大し、30億8,300万ドル(前年比30%増)の赤字を計上した。SPEEDAによると、同社の利益率は世界主要EVメーカーの中で最下位に甘んじている。2025年第2四半期も純損失が前期比15%増と赤字拡大ベースは減速しているものの、歯止めがかかならない。
関係者によれば、車両1台を販売するごとに価格の数割が赤字となっており、不動産事業の収益やオーナーからの支援で補填しているのが実情である。こうした構造は、持続可能なビジネスモデルとして懸念を残す。
赤字の主因は、高額な販促費、バッテリーなど主要部品の輸入コスト、積極的な設備投資にある。BYD関係者は、ビンファストは黒字化のために量産規模の達成が必要であると考えており、生産拡大を急いでいるという。
実際、今年6月には既存のハイフォン工場(年産25万台)に加え、ハティン省で年産20万台の第二工場を設立。さらにインドネシアとインドの新工場を合わせ、総生産能力は55万台に達する見通しだ。
ビンファストの収益性向上には、サプライチェーンの再構築が不可欠である。現在、同社はバッテリーやモーター、電子機器などの主要部品を中国などから輸入しており、中国依存度の高さがコスト構造を圧迫している。
貿易統計によれば、同社がEV生産を開始した2021年以降、中国からの自動車部品輸入が急増。2023年には日本を抜き、韓国に次ぐ第2位の輸入先となった。
これは、ビンファストの生産拡大が輸入急増の一因であることを示している。同社は2026年までに国産化率80%を目指す方針を掲げているが、国内サプライチェーンの発展が遅れていることから、険しい道のりであると言えよう。
参考資料:Ms. Puncharat Hiransuchalert著 NRI Management Review No.20 「ベトナムの自動車市場の現状と展望」


NRI Consulting & Solutions (Thailand)Co., Ltd.
Principal
山本 肇 氏
シンクタンクの研究員として従事した後、2004年からチュラロンコン大学サシン経営大学院(MBA)に留学。CSM Automotiveバンコクオフィスのダイレクターを経て、2013年から現職。
野村総合研究所タイ
ASEANに関する市場調査・戦略立案に始まり、実行支援までを一気通貫でサポート(製造業だけでなく、エネルギー・不動産・ヘルスケア・消費財等の幅広い産業に対応)
《業務内容》
経営・事業戦略コンサルティング、市場・規制調査、情報システム(IT)コンサルティング、産業向けITシステム(ソフトウェアパッケージ)の販売・運用、金融・証券ソリューション
TEL: 02-611-2951
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