企業はZ世代を採用すべきか – 変わるタイの労働市場、企業に問われる「育てる力」

THAIBIZ No.168 2025年12月発行

THAIBIZ No.168 2025年12月発行タイ発、世界を動かすダイキンの人と技術

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企業はZ世代を採用すべきか – 変わるタイの労働市場、企業に問われる「育てる力」

公開日 2025.12.09

近年、タイ企業経営者の間で「Z世代(概ね1997〜2009年生まれ)を採用すべきか」という疑念の声が広がっている。職場観のズレやコミュニケーションの難しさから“扱いづらい世代”とされがちだが、企業側の人材戦略が時代の変化に追いついていない現実も見える。本稿では、世代交代が進むタイの雇用構造を通じて、企業の対応力を考えたい。

消えゆく未経験者雇用

タイでは近年、実務未経験者の採用枠が目に見えて減少している1。国家経済社会開発委員会(NESDC)によると、今年第2四半期の失業率は0.91%と依然として低水準だが、大学卒業者層では1.99%と他の層に比べて最も高い水準にある2

つまり「学歴があっても未経験だと採用されにくい」という構造が浮かび上がる。さらに、タイ国家統計局(NSO)のデータでは、15〜29歳前後の失業率は2024年時点で3.8%と、全体平均(約1%)を大きく上回っている3。この傾向は過去10年間続いており、若年層の雇用機会が限られていることを示している。

背景にあるのは、企業の雇用戦略の変化だ。タイの人材紹介会社Jobsdb by SEEKの調査によれば、回答企業の約25%が「コスト削減や柔軟な組織運営を目的に正社員採用を抑制した」と答えている4。景気変動が激しい中、企業は固定費を避け、短期契約や外部委託で人員を調整する傾向を強めている。

加えて、人工知能(AI)や自動化の導入も若手雇用を圧迫している。これまで新卒社員が担っていたデータ処理やバックオフィス業務はAIに置き換えられ、企業は即戦力採用へと一層シフトしている。教育や研修への投資は後回しにされ、“育てる採用”が組織から失われつつある。

しかし、短期的な合理化は長期的なリスクを伴う。若手を育てる仕組みを手放せば、企業の新陳代謝が止まり、組織に新しい視点が入りづらくなる。Z世代をどう迎え入れるかは、雇用の問題を超え、「変化を生み出す力を企業が保持できるか」という問いでもある。

Z世代が映す企業の硬直化

デジタルネイティブのZ世代にとって、SNSは生活の一部であり、彼らは情報を自ら選び、瞬時に判断することに長けている。NESDCは「2024年ワーク・トレンド・インデックス」を引用し、タイのZ世代の85%が業務でAIツールを活用していると回答しており、世界平均(75%)を大きく上回ったと報告している。彼らの強みは、テクノロジーを使いこなすだけでなく、それを自分の目的に合わせて最適化する柔軟性の高さにある。

一方で、組織へのロイヤルティは低く、転職への心理的ハードルも極めて低い。デロイトの調査によると、タイのZ世代の62%(世界平均41%)が「自分の価値観に合わない企業の内定を辞退した」と回答5。カシコン・リサーチ・センターの調査でも、Z世代の離職率は12〜15%と国内平均(約10%)を上回る6

彼らが職場に求めるのは「経済的安定」「働く意義」「心身の健康」であり、特に「自分の価値観に合った仕事かどうか」が主な判断軸になっている。

こうしたZ世代の傾向は、従来のマネジメント層にとって理解しがたい部分もある。指示に従い、長時間働くことを当然と考えてきた世代から見れば、Z世代の行動は「忍耐力が足りない」「継続力がない」と映る。

しかし、離職率の高さは彼らだけの問題ではない。環境の変化に企業が順応できていないことの表れでもある。例えば、意思決定が遅く上下関係が強い職場は、SNSや社内チャットなどを通じて情報を共有しオープンな議論を好む世代にとって、魅力的に映らないのかもしれない。

自由な教育が育んだ「選択の感覚」

Z世代の行動様式を理解するには、家庭と教育の環境に目を向ける必要がある。彼らの多くは、X世代(1967〜1979年生まれ)の親のもとで育った(図表1)。

出所:タイ内務省地方行政局のデータを基にTHAIBIZ編集部が作成 ※世代の年齢定義も同局によるもの

X世代の多くはベビーブーマー世代(1946〜1966年生まれ)以前の親から厳格な教育を受けて育ったが、同じ道を子どもに強いることを避け、より自由で創造性を重んじる子育てを好んだ。その結果、Z世代は「自己表現を大切にする文化」の中で成長した。

幼少期からSNSで意見を発信し、共感を得る感覚を身につけているため、他者との対話に抵抗が少ない。一方で、権威的な指示や不透明な意思決定には敏感だ。

親世代の教訓も彼らの価値観を形づくっている。親世代が長時間労働や低賃金に耐えながら「仕事で自由を奪われてきた」姿を見てきたZ世代は、努力や忍耐が必ずしも幸福につながらない現実を知る世代でもある。NESDCの報告では、Z世代は起業家マインドが強い傾向があるともされている。

若手が主役となる新しい組織事例

こうした中で、Z世代を活かす企業の成功例も少しずつ現れている。代表的なものが、タイのコスメブランド「La Glace(ラ・グラス)」だ。平均年齢26歳のチームが、SNSマーケティングを駆使して1年で売上を10倍に伸ばした7

同社のエムリン・ティーラタナキッティポン最高経営責任者(CEO)は「多くの企業がZ世代を『忍耐力がなく、扱いにくい』と見る中で、当社にとっては彼らの行動力とスピード感が魅力であり、必要な要素だ」と語る。同社では、社員同士が互いの意見を尊重し、役職に関係なく議論できる環境が成長を支えているという。

同社の例からは、①Z世代を管理するのではなく、共に考える仲間として迎える姿勢、②若手が自由に意見を交わし互いの違いを認め合う環境が、結果として企業の成長につながるということがわかる。

Z世代をどう迎えるかで、企業は変わる

NESDCは、2028年には労働人口の約4分の1をZ世代が占めると見込む。近い将来、この世代が企業の中核となり、経済の変化を牽引していくことは避けられない。Z世代をどう迎え入れ、どう育てるかが、企業の持続的な成長を左右する。

採用のあり方を見つめ直すことは、企業が変化し続けるための出発点でもある。Z世代の受け入れは、企業の「変わる力」を映す鏡でもあり、彼らを敬遠することは、変化を拒むことに等しい。Z世代を“課題”ではなく“成長の機会”と捉えることに、企業が次の10年を生き抜くヒントがあるのではないか。

>> 本連載「THAIBIZ編集部の視点で読み解く」の記事一覧

  1. 1.タイ開発研究所(TDRI)による分析記事「新卒者の機会と希望 — 労働市場の現実をどう見るか」2025年2月19日 ↩︎
  2. 2.国家経済社会開発委員会(NESDC)「2025年第2四半期タイ社会の状況」2025年8月発行 第24巻 第3号 ↩︎
  3. 3.タイ国家統計局(NSO)「年齢層別の平均失業率(2014年〜2024年)」 ↩︎
  4. 4.Jobsdb by SEEK「2025年版 雇用・報酬・福利厚生レポート」2025年1月18日発行 ↩︎
  5. 5.デロイトグローバル「2025年版 Z世代・ミレニアル世代調査(タイ国別レポート)」2025年(調査期間:2024年10月〜12月) ↩︎
  6. 6.国家経済社会開発委員会(NESDC)「2025年第2四半期タイ社会の状況」2025年8月発行 第24巻 第3号 ↩︎
  7. 7.タイオンラインメディア「ブランド・インサイドアジア」2025年6月20日 ↩︎

THAIBIZ編集部
和島美緒 / サラーウット・インタナサック

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