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連載: 在タイ日系企業経営者インタビュー
公開日 2023.09.05
長年、タイの経済発展では日系企業が大きな役割を果たしてきたが、ここにきて中国勢の台頭などにより、タイでの日本の地位が低下していくのではと懸念されている。TJRI(タイ日投資リサーチ)では、今年1月から在タイ日系企業経営者インタビューシリーズとして大手商社のタイ法人トップの話を聞いてきたが、今後は対象産業分野を広げていく。
まずはタイ経済の屋台骨であり、急速な電気自動車(EV)シフトによる大変革に直面する自動車産業を取り上げ、同シリーズの7回目としてタイ日産自動車の關口勲社長にご登場いただいた。
※肩書はインタビュー当時のもの
(インタビューは2023年7月24日、聞き手:mediator ガンタトーンCEOとTJRI編集部)
目次
關口社長:サイアム・モーターズはいわゆる「ソールエージェント(総代理店)」として、日産自動車のトラックの輸入事業から始め、販売店になり、さらに車両の委託生産を始めた。一方、タイ日産自動車は、2002年に日産の出資交渉が始まり、2004年から75%が日産、25%がサイアムという出資比率になって今日に至る。現在、日産自動車の販売店は、全国に165店舗あるが、サイアム・モーターズの直営店は7店舗だ。昔は日産のシェアは20%以上あったが、今は10分の1になった。
關口社長:まず、プレーヤーの数が増えたことがある。特にシェアが45%以上のピックアップトラック分野でどのぐらいのシェアを取れるかということだ。日産もそれなりにシェアがあった頃は発展途上国のお客様が使いやすいピックアップであり、お求めやすい価格で出せていた。そこから日産のピックアップは技術や耐久性を中心に進化をしていった。これはゴーン元社長の時代に、ルノーと一緒にグローバル調達していこうということで、日産の車作りが大きく変わっていった。
ピックアップもグローバル車となり、設計や部品調達もグローバルになった。今、アジアや発展途上国で売っているピックアップも北米向けなどの標準に合わせて開発したモデルなので、市場で求められるよりもかなり立派なピックアップ、一言でいうとオーバースペックになった。物は良いけどそこまでのものは求めていないという市場ニーズとのギャップがコスト競争力の低下につながった。
日産がタイで作っているピックアップは、メキシコやアルゼンチン、南アフリカなどでも作っている。一方、三菱自動車はグローバルのピックアップをすべてタイの工場で作っている。恐らく、彼らの主要マーケットはタイ中心の東南アジアで、ピックアップも東南アジアを主とした作り方になっていて、かつ世界に輸出しているので、工場の稼働率は上がり生産効率は高い。
日産は今でも5つの工場で同じピックアップを作っていて、相互に部品を送り合っている。例えば南アで作っているピックアップの70%の部品をタイから送っている。南アはタイの部品がないと、ピックアップがつくれないというのがサプライチェーンの構造になっていて、これで果たして本当に競争力があるのか。おそらくピックアップは世界の5つの工場で作らないといけないほどの需要はないのだろう。
關口社長:そうだと思う。日産は2011~2012年くらいから拡大路線に走った。その拡大路線が終わりを迎えたのはゴーン元社長の時代の終焉と同じタイミングだった。そこから企業文化も含めて変わっていこうとなり、2019年末頃から事業構造改革計画「Nissan NEXT」の旗振りの下、新体制が始まった。私がいたインドネシアの工場も閉じ、バルセロナの工場も閉じ、ブランドおよびマーケットの「選択と集中」を進めてきた。
世界で何か起きているかというと、米国はバイデン大統領が米インフレ抑制法(IRA)という法律を導入、自動車メーカーに大きな影響を与えている。これまでは日本で作った電気自動車(EV)を輸入すれば良かったが、米国内で作らなければいけなくなった。欧州も非常に厳しい規制があり、二酸化炭素(CO2)排出量が枠に収まらないと罰金を払わなければならないので、各社電動化に向かっている。
中国は、電気自動車(EV)の台数が全需要の2割を超える中で、スタートアップを含めて約100社のOEMメーカーがいる。日系がどこも苦労しているように、2300万台という世界一大きいマーケットで今後どうやって戦っていくか、戦略を再構築する必要がある。
日本は市場の4割が軽自動車で、各社軽自動車に投資して何とかやっているが、正直日本以外で通用しないシステムだ。海外では、中国勢がEVを安く、かつ短期間で作ってくる。タイでは5年前はいなかった中国メーカーが現在6社、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業グループ(Foxconn)を入れると7社になる。中国は東南アジア諸国連合(ASEAN)に攻めに来ている。同じ話が欧州や南米でもある。特にアジアは日本勢の牙城だと言われてきたが、今後どこでどうやって戦っていくのか。
關口社長:2021年に発表した「Nissan Ambition 2030」の中で電動化を推進していく方針を示したが、これはコンセプト的なもので、地域ごとに戦い方は変わってくる。電動化のスピードも違う。アジアでは、香港はもう60%が電気自動車で、シンガポールは15%。タイ、インドネシア、ベトナム、マレーシア、フィリピン、いわゆるASEAN5はそんなに早くは来ないだろうと思っていた。1つ目はインフラが整っていないこと、2つ目はお客様にとってのインセンティブがないこと。
タイはこの2か月連続でEVのシェアが10%超えているが、これは異常だなと思っている。インフラでは充電装置が2000~3000基まで達していない中でEVが普及している。これが一過性のファーストウェーブ的なものなのか。われわれも顧客調査をしているが、9割近くが2台目、ないしは3台目だ。そして9割以上が一戸建ての方。男性・女性比では中国勢は女性比率が高い、LEAFは男性比率が高い、欧州勢は半々くらい。車を初めて持つ方が比較的多いタイで、その層はそこまで買えていないというデータもある。
どっちにどういくかというのは正直まだ見極めが難しい。本当にシンガポールのように15%に達するのか。いわゆる新しい技術では、その商品のシェアが全体の16~17%というラインがイノベーションの普及の法則と呼ばれるものだ。それを超えるのかというのが今年の見極めポイントかなと思っている。比亜迪(BYD)のドルフィンは、日産の主力モデルのアルメーラと同じ価格帯(70万バーツ)で、7月頭に販売開始になったが、どこまでタイのお客様に受け入れられるか。
關口社長:仮にEVシェアが15%に達した場合、残りの85%はまだガソリン車、うち35%がピックアップだとして、50%はいわゆる普通の乗用車だ。この50%をどう攻めていくか。当社では非常に燃費効率の良いモデル「KICKS e-POWER」があるが、当初発売した頃は、お客様のe-POWERの認知度や理解度が無く、ほとんど売れなかった。そこでマーケティングの仕方、コミュニケーション方法も変えて、価格も若干下げてお求めやすい価格にしたとことで、販売台数は10倍以上になった。
大きかったのが、中国が電気自動車(EV)を持ってきたことで、ガソリン、ディーゼル以外の選択肢があるのだということをタイの顧客が自ら理解し始めた時期と重なったことだ。EVは100%電気で、スマートフォンと同じように充電をしないといけない。家で充電して50~60キロメートル走る程度なら問題ないが。ハイブリッド車は、ガソリンだけどたまに電気で動く。その中でe-POWERは100%電気で動く。ただし電気自動車とは違って充電する必要がなく、ガソリンを入れて発電する。その電気で100%動くということを理解してくれたことが大きかった。
關口社長:当社としては、ガソリンとディーゼルは続けていく。ASEAN諸国ではEVの普及率はそう高くない。もちろん頭の片隅ではBYDなど中国勢はコストも価格も安いので他のASEAN各国市場に参入してきたらどうしようかと思ってはいる。一方、現在の中国勢は採算度外視で取り組んでいる可能性も高く、そのビジネスモデルがどこまでサステナブルなのか、現時点では疑問も持っている。
ガソリンとディーゼルでは、特にガソリンは、今後10年間はなくならないだろうと思っている。タイを輸出のハブとしてやっていく。タイの自動車産業は国とともに成長してきた1つの産業で、アジアのデトロイトと呼ばれるのはまさにそうだ。タイのローカル部品メーカーを含めてその競争力を高めてきたし、今だからこそそこを高めてタイの自動車産業の在り方を確立させていくというのが大事ではないかと思う。EVも来ているけども、e-POWERなどトランジション的な技術は必要だ。タイは非常に渋滞が多い国で、燃費効率が良い車で充電も必要のない車というニーズはまだあると思っている。
EVが中国本土、タイ、ベトナム、インドネシアでどこまで普及していくのか。EVを作ってASEANの中で展開していくのをタイでやるのか。グローバルでローンチしたLEAF、ARIYA、三菱自動車と共同開発して日本で展開しているSAKURAなのか、もう少しお求めやすいEVなのかというところはまさにこれからさらに議論を深めていく。
ただこれからというと4~5年後になるので、全く遅い。企画から車を出すまでに圧倒的に速いのがBYDで1年半だ。ただ日産含めた日系OEMメーカーと完全に異なる点が、品質が完璧にOKという状態で発売していないこと。フィロソフィーが全然違う。市場で不具合が出たら直す、あるいは取り替えるということを中国本土でやってきた。これがほかの国で通用するのか、まだ答えは出ていない。
まだ発売したばかりで、サービスへの不満も既に聞こえてきているが、最後はお客様がどれを選ぶのか。Z世代は壊れたら変えれば良いでしょうと期待してない。車も進化していくから長く大事に使うという車を求めないという価値観になっていくのか。世代ごとの価値観によって、商品づくりも変わっていく可能性は十分にあるかなと思う。
關口社長:危険だなと思っている。先週もハノイに滞在していたが、まだ計画停電があり、エネルギー供給がニーズに追いついていない。電気を何でつくっているのかというリスクがある。電気自動車(EV)を日本で普及する場合、原発があと何個足りないとか。本当にその国が電気をサステナブルに供給できるのかというのはきちんと語られていない。
ノルウェーでも、お客様がなぜ電気自動車を買っているか、それが一番お得だからだ。電気自動車に乗りたいからではなくて経済計算してもそれが一番得だからということだ。それは国のポリシーだ。日本は一番中途半端。日本で一番普及率が高い岐阜県だが、一番近いガソリンスタンドが片道35~40㎞走らないとない。車がないと生活ができないような地域では今ならEVは安く買えるし、家でも充電できるというニーズがある。
今のタイのお客さんは「かっこよさそう」「トレンディ」ということで買っている。50万バーツくらいで買えるEVも出てきた。「家で充電できるんだったら、これさえあれば人が運べるよね」という新たなニーズが出てきた。「車=ピックアップ」だったのが、ジェネレーションの違いかもしれないが、友達からも「車、電気なの」とかっこよく見られる。
關口社長:タイの販売会社の60~70歳代、あるいは2代目の30歳代の方などと話すと、シェア50%までは戻らないが、30%はニーズとして残ると言われている。今、ディーゼルは税制メリットもある。国会含めた議論になるが、「ユーロ6」が他のASEANに先駆けて入ってくると、かなり車の価格が高くなる。ユーロ6では、排気ガスはよりきれいになるものの、今までエントリーカーとしてピックアップを買っていたお客様が買えない価格帯に入ってくる。タイにとって、それでいいのかというのはあると思う。
さらに、ディーゼルエンジンはこれからもやっていくのかという疑問も自動車業界の中であるかもしれない。欧州の部品メーカーはディーゼル分野から撤退していくだろう。自動車業界も規模の経済なので、やめていく技術に対して今後も投資していくのかという中でディーゼルエンジンの位置づけはあると思う。おそらくピックアップは残るが、ピックアップも電動化に進む可能性はあると思う。一番の落としどころはプラグインハイブリッド(PHEV)だろう。ディーゼルエンジンが30~40年続くかというと疑問だ。
關口社長:タイ政府のリーダーの中に、タイの自動車産業も変わっていかないといけないと問題提起している方がいる。2030年にEV30%という目標がある中で、残り70%をピックアップ含めてどうしていくのか。おそらく今後も自動車メーカーとタイ政府の中ではこの産業をきちんと残していく。内燃機関(ICE)だと3万点必要な部品数がEVでは3分の1まで減る。残り3分の2のサプライヤーは何を作るのか、生き残れるのかというのが今からの大議論になってくる。
エンジン周りをつくっているサプライヤーは、今後生き残りをかけてどうしていくのか。タイの産業や顧客にとって何が一番良い選択なのか考える必要がある。今は中国からの投資で花火が上がっているが、本当にサステナブルな産業をつくっていくにはどうするのがよいか。日の丸連合でも議論しているところだ。
輸出が全生産台数の過半数以上を占めているので、輸出ハブにしていきたいと思っている。グローバルの中での日産がどこで車を作って、どこに出しているのかというトータルサプライチェーンの戦略に絡んでくるが、タイの競争力を高め、輸出ハブにするのが大事だと思っている。e-POWERも輸出し、メキシコ、台湾でも販売を始めている。社内の中でも分業はできており、e-POWERの輸出ハブにしていきたいと考えている。
TJRI編集部
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