カテゴリー: ビジネス・経済, ASEAN・中国・インド
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2023.09.12
米国に匹敵する世界の経済大国にのし上がり、歴史的な復活を遂げた中国の変調は、タイでも急速に関心を集め始めている。このTJRIニュースレターでもそれがリアルに分かる。中国経済の沈滞と若者の幻滅をテーマとした英エコノミスト誌の記事を紹介した8月29日号の「今週のピックアップ」が閲覧ランキングのトップに急浮上している。筆者が他の日系メディアが取り上げていないユニークなニュースや、深掘りした解説記事を紹介するこのコーナーがランキング上位にくることはこれまで滅多になかった。にもかかわらず、この記事がトップになるということは、在タイ日系企業も中国経済の行方に大きな関心を寄せ始めているということだろう。もし、中国経済の変調が本格的なものなら、現在、タイでもっとも話題の経済ニュースである中国系電気自動車(EV)メーカーの攻勢にも影響を与えるのだろうか。
「何を間違ったのか。中国が1978年に世界経済に復帰した後、世界史の中でも最も驚異的な成長物語を実現した。農業改革、工業化、所得拡大により8億人が最貧困層から脱した。中国の経済規模は1980年には米国のたった10分の1だったが、今や約4分の3になった」
英エコノミスト誌8月26日号は、巻頭記事「習氏の失敗モデル、彼はなぜ中国経済の問題を解決させられないのか」で、過去40年の中国の経済大国化をこう概観した。しかし、同記事は今年第2四半期の米国の経済成長率が約6%となる一方、中国は3.2%にとどまったとした上で、中国の不動産市場の苦境と消費の低迷を指摘。そして、日本が1990年代に経験したデフレに落ち込む可能性があるとの見方を示す。その上で、中国の経済成長の低迷は日本より悪いとし、その理由として、「日本の1990年代の生活水準は米国の約60%だったが、現在の中国はまだ20%未満に過ぎない」と指摘。さらに、「中国は日本と違い、需要低迷と債務過多よりもより深刻な病がある。それは経済政策の失敗に伴うもので、習近平国家主席に権力が集中することでさらに悪化しつつある」との見方を示している。
そして、約10年前は中国の官僚はほぼ学者で、驚異的な経済成長を巧みに運営した結果、中国は2007~2009年の世界金融危機に対処できた唯一の経済大国となり、「中国が世界を救った」とも評価されたと指摘。しかし、その後中国は政策の失敗、習首席への権力集中に伴い、政府幹部は優秀なテクノクラートに代わって習首席の「忠実なしもべ」ばかりになってしまったという。そして中国もかつては経済に関する議論には寛容だったが、今やアナリストらを「偽の楽観論などの甘言で、だますようになった」と批判している。
筆者も最近は日本がらみのニュースを新聞、テレビよりもユーチューブで確認することの方が圧倒的に多くなった。もちろんユーチューブ番組は偏向も多く、玉石混交だが、自分の関心のあるテーマのニュース、分析が日本の大手メディアより専門知識含め、欲しい情報がかなり迅速に的確に入ってくる。経済ニュースでは過去1年ほど電気自動車(EV)に関するさまざまな最新情報も得ることができた。そして過去数週間は中国経済と不動産バブル崩壊に関する動画が急増した。自らがちょっと見たユーチューブ動画により関連動画が一気に送り込まれるようになったためだろう。そこでは、中国不動産開発大手の「中国恒大集団」や「碧桂園(カントリー・ガーデン)」についても詳細を知ることができた。
今回、8月17日に中国恒大集団が米連邦破産裁判所に外国企業が米国内で保有する資産の保全を可能にする連邦破産法15条の適用を申請、中国の不動産バブル崩壊の話が日本を含め全世界に拡散された。しかし同社の経営危機は既に2021年秋ごろから頻繁に報道されるようになっていた。同社は2021年12月期決算を期限までに発表できず、2022年3月から株式取引が停止され、取引が再開された今年8月28日には80%の暴落となった。
一方、今年8月に入ってから、債券の利払い不履行などのニュースから経営不安が一気に高まったのは中国不動産最大手の碧桂園だ。同社が8月30日に発表した2023年上半期決算では、純損益が489億元(約9800億円)の赤字に転落した。6月末時点の負債総額は1兆3641億元という。同社はマレーシアのジョホール州南部での大型開発事業「フォレスト・シティー」で有名だ。同事業は人工島を4島造成、合計約2800ヘクタールに住宅、ホテル、商業施設、学校などを整備、中国人を中心に70万人を呼び込もうという壮大なプロジェクトだ。既に住宅2万8000戸が完成しているというが、まだ住人は9000人で、さまざまなメディアでゴーストタウンの典型例だと紹介されている。
個人的な話だが、筆者は1986年に通信社に入社し、すぐに証券取材を担当、1987年の米株価暴落、いわゆるブラックマンデーを兜町で目の当たりにした。日本の不動産バブル最盛期に金融・証券の現場を取材し、その後のバブル崩壊、日本の「失われた30年」を経済記者として見守ってきた。同時に、特に1990年代後半以後の中国経済の勃興期には、駐在したことはなかったものの、香港の金融市場の取材、浙江省杭州での三一重工の取材ツアー、そして上海旅行などを経験する中で、中国で不動産バブルが起きているのではと感じることが何度もあった。特に2010年前後から局地的に「鬼城(ゴーストタウン)」の出現など不動産バブル崩壊は見られたが、その後の巨大中国の経済急拡大が吸収してしまったのかのようで、全国的な崩壊はなかった。今回、ようやくそのような場面を迎えたのだとすれば感慨深い。
共産主義の中国では、土地はそもそも公有制であり、不動産開発の初期段階では、土地価格は「ただ」であり、所有する地方政府が業者と組んで、ただの土地で開発を行い巨額の利益を上げていたと指摘された。つまり当時は、日本の不動産バブルのように金融機関から借金して土地を取得し、開発したわけではないので、仮に不動産価格が暴落しても、原価がゼロなので評価損はなくバブル崩壊はないと説明されていた。しかし、その後、中国経済の急激な発展、市場経済の導入、民間企業主導の不動産開発が進む中で、当然、借入金で開発を行うようになり、不動産価格の急落は不動産開発会社の債務超過につながり、現在の危機に至ったということなのだろう。こうした不動産バブル崩壊の打撃は水面下で地方政府のインフラ投資会社である「融資平台」や、信託会社などのいわゆる「シャドーバンキング」でも深刻化しつつあることが明らかになってきた。
今号の川島博之氏の論考でも紹介されているように米著名経済学者ポール・クルーグマン氏は7月25日付の米ニューヨーク・タイムズ紙への寄稿記事で、中国が現在、経済危機に陥りつつあることについて、日本の1990年代のバブル崩壊と類似していると指摘。一方で、「将来的に日本のような道を歩むのではないかと言う人もいる。それに対する私の答えは『おそらくそうはならない。中国はもっと悪くなるだろう』というものだ」との見解を表明している。
中国は今や市場経済に組み込まれているが、それでも政府が強力に管理できるため、危機を封じ込めることは可能だとの見方も根強い。しかし、これだけ巨大な経済大国になり、貿易、投資もグローバル化する中では、いかに習近平氏が強大な権力を持っていても、最後は市場原理にはかなわないだろう。そうなった場合、やはり貿易・投資における中国依存度の高い東南アジアへの影響は避けられない。
興味深いニュースがある。中国恒大集団が2017年にスタートさせた電気自動車(EV)子会社である中国恒大新能源汽車集団は赤字決算が続き、累積赤字は1058億元に達し、大幅な債務超過状態になっているという。現在、中国のEVメーカーの怒涛のタイ市場参入をタイ政府は大いに歓迎する一方、タイ市場を独占してきた日系自動車メーカーは危機感を強めつつある。もっとも、中国EVメーカーのタイなど東南アジア進出加速は自国市場の競争激化で利益率が低下、活路を海外に見出そうとしているとの見方もある。
中国の不動産バブルの破裂が経済全般の崩壊に波及した場合、川島氏も指摘するように中国の海外投資も激減するのだろうか。だとすれば、EVメーカーのタイへの直接投資も影響を受けるはずだ。恒大集団のEV子会社のケースは特殊事例かもしれないが、他の中国大手自動車メーカーにバブル経済崩壊が影響することはないのか。
中国経済の変調は、不動産バブル崩壊以外でも顕著だ。中国の都市部の若者(16~24歳)の失業率が6月に21%(7月は公表停止)と過去最高になったが、職を求めていない人を対象に含めると50%近くに達しているのではとの驚くべき推計も話題になっている。これこそ、8月29日号のニュースピックアップで紹介した英エコノミスト誌の「中国経済の沈滞が、若者の間での幻滅につながっている」という記事の現実だろう。中国の現場を見ないと分からないが、タイでもいずれ中国経済の本格的変調を実感することになるのかもしれない。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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