THAIBIZ No.159 2025年3月発行シンハーが明かす「勝てる」協創戦術
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カテゴリー: 組織・人事
連載: Asian Identity - タイ人事お悩み相談室
公開日 2025.03.10
Question:職場にすぐ感情的になるタイ人がいて困っています。どのように解決したらよいでしょうか?
Answer:感情の問題を「解決しよう」とすることは危険かもしれません。
日々仕事をしていれば、「感情のぶつかり合い」は避けられない問題です。感情の問題が大きくなると、私たちリーダーは疲弊し、多くの時間と手間を取られます。またリーダー自身も感情的になってしまうと、事態の収拾はますます難しくなります。今日はこの「感情」の取り扱いについて考えたいと思います。
まず、「タイ人が感情的になりやすい」というデータや統計があるわけではありません。しかし、タイの職場において感情的な言動が目に付きやすい傾向はあるのではないでしょうか。そこには、タイ人は日本人と比較すると「業務目標」よりも「人間関係」を重視するという文化的な特性が関係していると考えます。
以前のコラムで、タイ人が「内集団」を重視する国民性があるという点に触れました。タイ文化では、仲間内の心地よい関係を築くことがとても重要です。だから、波風を立てるような反論や、調和を乱す言動は良くないこととされます。
それゆえ、恥をかかされたり、メンツが潰れるような扱いを受けると、途端にタイ人の感情のスイッチが入ることがあります。そうした直情的な反応にびっくりさせられたことがある日本人は、少なくないのではないでしょうか。
これに対して日本人は少々の理不尽さには耐えて、感情を抑えるよう教育されています。最近では感情の表出も奨励されてきていますが、かつて昭和の時代には「歯を見せるな」という教育も一般的に存在しました。こうした背景から、「感情的な態度を取るかどうか」については、日本人とタイ人の間に一定のギャップが存在していると考えられます。
感情の問題が起きている時に重要なのは、まずなぜそれが起きているのかを見極めることです。例えば、業務が多すぎてストレスがかかっている。業務知識が不足しているために、精神が不安定になっている。そうした「業務上の問題」が原因である場合、リーダーがすべきことはその問題を速やかに解決することでしょう。
しかし一方で、「感情の問題は、時に解決不能な原因から起こる」という側面があります。例えば人間にはバイオリズムがありますから、定期的に起こる体の不調を感じると、人は無意識にイライラします。これは客観的な手法で解決するのが難しいため、不調が落ち着く時期を「待つ」という方法でしか解決できません。
また、感情の問題はしばしば「価値観の違い」から起こりますが、これも解決できません。例えば最近顕著なのは「世代間のギャップ」です。タイ人の間でも、年長者は比較的ゆったりした働き方を好み、Z世代と言われる若者世代はより野心的、という価値観の違いがあります。この違いがストレスとなり、時に感情的な摩擦が職場で生まれることがあります。
しかし、人間の価値観はそもそも多様ですし、生まれた時代によって価値観が違うのは当たり前なので、どちらが良くてどちらが悪いわけでもありません。お互いを理解し、受け入れ合うことでしか前に進めません。問題を排除しようとするよりは、「うまく付き合う」しかない種類の問題と言えます。
また、コロナ禍も価値観の違いが表出した典型的な出来事でした。全体的に、日本人に比べて、タイ人の方がコロナを強く恐れていたという傾向があり、多くの日本人が「タイ人はコロナを怖がりすぎだ」と批判的に捉えました。中には「確率論で考えたら、バイクタクシーに乗る方がよほど命の危険があるのだから、もっと冷静になりなさい」と諭す日本人マネジャーもいました。
この指摘は論理的には正しいのですが、相手に響くかというとそうではありません。何故でしょうか。「不安」というのは感情の問題です。それに対して、「確率で考えなさい」というのは論理的なアプローチです。感情に対して論理で挑んでも相手が納得することは無く、むしろ互いの気持ちは遠ざかってしまうことがあります。
不安への対応で大切なのは、相手の感情を受容することです。「不安である」「怖い」という感情に、良いも悪いもありません。人間誰でも不安なことはありますから、一旦はそれをそのまま受け入れましょう。
具体的には、「よく話を聞き、共感を示す」ことが大切になります。人の感情の背後にはいろいろな事情があります。高齢のご家族がいるからコロナを恐れるのかもしれない。人には言えない健康的な不安があるかもしれない。そうした事情を推察しながら、「不安な気持ちはわかります」と共感を示す姿勢が、相手の心の扉を少しずつ開くのです。
まとめると、解決できる問題には「問題解決スキル」を用い、解決できない感情の問題は、「共感スキル」を発揮する。つまり、問題の種類によって用いるスキルを変えるということです(図表1)。和食にはお箸を、洋食にはフォークとスプーンを用いるようなものです。
しかし、我々は時に使うツールを間違えてしまいます。相手が感情的な問題を抱えているのに、問題解決スキルで分析し、解決しようとしてしまうことが時々あります。
例えば、相手が「なんとなく不安です」と共感を求めているだけなのに、「結論、解決策は、これとこれです」とすぐに答えを提示してしまうことは無いでしょうか。特に、これまでたくさんの問題を解決してきた「優秀なマネジャー」ほどこのような傾向があるように思います(図表2)。
以前お話を伺った日本人マネジャーは、タイ人の部下から「あなたのアドバイスや解決策は、ほとんど正しい。ただ、それを言うのが早すぎる。もっと私の話を聞いてから、アドバイスしてほしい」と言われたそうです。上司が優秀であればあるほど、実は部下はこのように思っているかもしれません。
感情の問題は、少しゆったりと構えるくらいの方が上手くいきます。「大変だよね、気持ちはわかるよ」と共感を示しながら、じっくりと話を聞くことを続ける。そうしているうちに、いつのまにか問題がどこかに消えてなくなっている。そういうことも珍しくありません。
私はこれを「問題解決(Problem Solving)」に対して、「問題の解消(Problem Resolving)」と呼んでいます。Solveとは、答えを見つけて解決することを意味します。Resolveは「答えを見つけず」に問題を取り除く、あるいは問題とうまく付き合っていく、という意味があります。
世の中の全ての問題に答えがあるわけではありません。特に人間の気持ちは、簡単に解が見つけられるほど簡単ではありません。問題に対する自分自身のアプローチをうまく変化させながら対応していくことで、より器の大きなリーダーになっていけるのではないでしょうか。
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株式会社アジアン・アイデンティティー 代表取締役
中村 勝裕 氏(愛称:ジャック)
愛知県常滑市生まれ。上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業後、ネスレ日本株式会社、株式会社リンクアンドモチベーション、株式会社グロービス、GLOBIS ASIA PACIFICを経て、タイにてAsian Identity Co., Ltd.を設立。「アジア専門の人事コンサルティングファーム」としてタイ人メンバーと共に人材開発・組織開発プロジェクトに従事している。
リーダー向けの執筆活動にも従事し、近著に『リーダーの悩みはすべて東洋思想で解決できる』がある。Youtubeチャンネル「ジャック&れいのリーダー道場」も運営。
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Asian Identity Co., Ltd.
2014年に創業し、東南アジアに特化した人事コンサルティングファームとして同地域で事業を展開中。アジアの多様な人々を調和させ強い組織を作るというビジョンの実現に向けて、"Asia is One”をスローガンに掲げ、コンサルタントチームの多様性や多言語対応を強みに、東南アジアに展開する日本企業を中心に多くの顧客企業の変革をサポートしている。
◇Asian Identityサービスサイト
http://asian-identity.com
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