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カテゴリー: 組織・人事
連載: Asian Identity - タイ人事お悩み相談室
公開日 2025.06.10
Question:「親の介護で会社を辞めます」という人が多い気がします。もちろん止めることはできませんが、本当なのでしょうか?
Answer:疑うことはできませんが、「親の病気」はタイでは「最も適切な退職理由」として頻繁に使われることが知られています。
「親の介護で会社を辞めます」というタイ人の申し出をよく耳にします。実は、「親の病気」は、タイでは最も適切な退職理由として頻繁に使われることが知られているのです。
今回のテーマは「タイの親子関係」です。ご存じの通りタイでは親子関係は非常に重要なものです。冒頭のように「親の病気による退職」、あるいは「親が転職しろと言うので転職する」というケースも珍しくありません。日本人の感覚では、自分の進路が親の意見に左右されるなんてと思うかもしれませんが、タイでは少し前提が異なります。
なぜタイの人々は、親の存在をここまで重視するのでしょうか?その背景には、タイに深く根付いた親子関係の価値観があります。
タイでは、親への感謝と敬意が人生の中で非常に大切だとされています。これは仏教の教えと密接に関係しています。タイ仏教では、親への恩を返すことが大きな功徳(ガタンユー=恩返し)とされていて、子どもが親のために良い行いをすることは、自分の人生を良くするだけでなく、親の来世にも良い影響を与えると信じられています。
たとえば、ある逸話があります。ある男性が亡くなった後、地獄に落ちる運命でした。ところが、その息子が出家し、真摯に修行を積んだことで、その功徳が父に届き、父親は救われて天界に生まれ変わったというお話です。このような逸話は、「子どもが親を救う」象徴として広く知られています。
中でも、「出家」は最大の親孝行の一つです。多くの家庭で「一人息子が出家すれば、両親は天国に行ける」と思われていますし、「母親は息子が袈裟を着て仏門に入る姿を見ただけで天に昇ることができる」と考えている親もいます。会社によっては「出家休暇」などの制度がありますが、それを提供することで従業員の価値観を満たそうとする会社の姿勢を表すことができます。
また、タイ王室の影響も見逃せません。タイ王室は仏教の守護者としての役割を担っており、家族や倫理観に関する価値観の形成にも大きな影響を与えてきました。特に故プミポン国王(ラーマ9世)は、国民に対して「親を敬うこと」の大切さを繰り返し説いており、タイでは母の日が王妃の誕生日、父の日が国王の誕生日とされています。
王室が「国民の父母」として敬われてきたことも、親への敬意を日常的に意識させる一因となっています。ラーマ9世の死後、王室への評価は二分していますが、長年その価値観に染まってきた親世代の考え方が急に変わることはありません。
こうした背景から「親のために〇〇します」というのは「もっとも社会的に正しい」とされて頻繁に使われます。退職や転職理由が本当に親の介護なのか、その真偽はわかりませんが、あまりに発生頻度が多いことから、全てが本当ではないと私は思っています。
一方で、最近の若者とこのトピックスについて話すと、少しずつ状況は変わってきているようにも思います。
タイのあるYouTubeでは若者のインフルエンサーが「親に感謝することと、親に隷属・従属することは違う」という発信をして話題を呼びました。確かに、家族によっては子が親に仕送りすることが事実上の義務となっていたり、あるいは親が子にモノやお金をねだるような光景も見られるようです。
「こうしたことに盲目的に従ってきたのであれば、『親に感謝する』ということの意味をもう一度考え直しませんか」YouTubeでそうしたメッセージを発したところ、多くの若者の共感を得たようです。
地域や経済レベルによっても差があります。タイの農村文化では都会に出た子どもが仕送りするのは当たり前です。一方で、都会で大学に通える家庭の中には、経済的に親に依存しているからこそ、親の言うことを聞かざるを得ない状況もあります。
前回のZ世代のコラムでも書きましたが、インターネットやSNSを通じて多様な生き方に触れることで、「自分の人生は自分で決めたい」と考える若者が増えてきました。これは今までのタイにはなかった新しい現象かもしれません。
従うにせよ、心の中で反発するにせよ、「親」という存在がタイ人にとって自分の人生を左右する最も大きなファクターであることは間違いがありません。日本のように「親離れ・子離れ」がはっきりしている文化とは少し違った親子の関係性であるため、「理解に苦しむ」というスタンスを取りがちですが、タイ人スタッフのモチベーションを知るために見逃せないポイントでもあります。
「家族」のテーマは、タイ人と分かり合うための重要ポイントです。職場で普段話題に出さないものの、タイ人社員が心の中で大きな葛藤やストレスを抱えている原因が「親子関係」であることは珍しくありません。そこを理解することで彼らの本心に触れることができるのです。カジュアルな雑談の中で、こうした話題を切り出してみるのもお勧めです。
以前弊社に勤めていたスタッフが、私に悩みを打ち明けてくれたことがありました。当社は小さい会社ですが、本人はやりがいを感じてくれていました。一方で、「親は、もっと大きな会社に勤めてほしいと思っている。親の期待を裏切り続けることが申し訳なく、悩んでいる」と相談を受けたのです。
30歳近い社員でしたが、経済的に自立していても、家柄の良い社員ほどこのような親子の悩みがタイではよく見受けられます。
私は「胸に手を当てて、自分の気持ちに正直に決めたらよい」と伝えました。その後、彼はしばらく当社で働いた後、親の期待を満たすために大手に転職していきましたが、すごく感謝してくれて、その後も良好な関係が続いています。タイ人との関係は会社を辞めた後も続きますので、これはこれで最善の判断だったと思っています。
また、日本人も「自分の家族」について話すことはタイ人と心の距離を近づけるうえで大切です。ご自身と親や兄弟との関係性、またタイに帯同家族がいれば、配偶者や子ども、あるいは飼っているペットについて。日本人は仕事とプライベートを分けることが習慣になっていますから、職場でそうした家族の話を積極的にしない人が多いと思います。
しかし、多くのタイ人はプライベートな話を通じて、相手への共感を覚えていくのです。「タイ人は人につく」とよく言われるように、個人的な共感を感じられるかどうかは尊敬できるリーダーの重要な条件です。
共感は、互いに共通する価値観について話すことで生まれます。家族に関心の無いタイ人はいません。家族のトピックスに新たな目を向けることで、タイ人スタッフの方の本音を理解し、より良い関係を作るための意外な発見が得られるかもしれません。
株式会社アジアン・アイデンティティー 代表取締役
中村 勝裕 氏(愛称:ジャック)
愛知県常滑市生まれ。上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業後、ネスレ日本株式会社、株式会社リンクアンドモチベーション、株式会社グロービス、GLOBIS ASIA PACIFICを経て、タイにてAsian Identity Co., Ltd.を設立。「アジア専門の人事コンサルティングファーム」としてタイ人メンバーと共に人材開発・組織開発プロジェクトに従事している。
リーダー向けの執筆活動にも従事し、近著に『リーダーの悩みはすべて東洋思想で解決できる』がある。Youtubeチャンネル「ジャック&れいのリーダー道場」も運営。
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「タイ人事お悩み相談室」コラムで取り上げます!→ [email protected]
Asian Identity Co., Ltd.
2014年に創業し、東南アジアに特化した人事コンサルティングファームとして同地域で事業を展開中。アジアの多様な人々を調和させ強い組織を作るというビジョンの実現に向けて、"Asia is One”をスローガンに掲げ、コンサルタントチームの多様性や多言語対応を強みに、東南アジアに展開する日本企業を中心に多くの顧客企業の変革をサポートしている。
◇Asian Identityサービスサイト
http://asian-identity.com
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