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カテゴリー: 組織・人事
連載: Asian Identity - タイ人事お悩み相談室
公開日 2025.12.17
Question:赴任して半年が経ちますが、なかなかタイ人の気持ちを掴めずにいます。タイで受け入れられるリーダーシップとはどのようなものでしょうか。
Answer:多くのタイ人社員が求めているのは、「父親」のように優しく、「教師」のように教え導き、また「勇敢さ」を持ったリーダー像であると言えます。
「人がついてくるリーダー」と言われて、どういう人物をイメージするでしょうか。日本では裏表のない人、背中で語る人、懐の広い人などの表現がよく挙がりますが、その理想像は文化によって大きく異なります。今回は、タイでリーダー像がどのように形成されるのか、その背景にある文化などの影響を手がかりに考察します。

目次
リーダー像は幼少期の教育、政府の発信、メディア環境などの影響を強く受けます。そのため、国によって大きく異なるのは自然なことです。以前、ベトナムで研修を行った際、「あなたにとって理想のリーダーは?」と質問すると、参加者から「プーチン」「カストロ」といった共産圏の指導者が次々と挙がり、少し驚いたことがあります。日本で「理想の上司」として野球監督の名が挙がるのも、スポーツ文化が社会に深く根づいている表れと言えるでしょう。
ではタイではどうでしょうか。そこにはやはり、国王の影響が大きく関わってきます。私は、タイ社会に根づいたリーダー像は大きく3つの言葉に集約できると考えています。
それは 「父親」「教師」「勇敢さ」 の3つです。これらはタイの歴史や生活文化のなかで長く語られてきたイメージであり、今のタイ企業でも、驚くほど一貫して求められています。そして、これまでタイを統治してきた王様の姿の中に随所に見て取ることができます。
まずは、タイの歴史の中で最も崇拝されるリーダーの一人であるラムカムヘーン大王です。バンコクの地名にもなっているこの王様は、スコータイ王朝の3代目の君主で、タイ史上最高の王の一人とされタイの学校でも必ず習う人物です。
「ラムカムヘーン碑文」と呼ばれる石碑には、大王がどのような政治を行ったかが記されています。ラムカムヘーン王宮前には「鐘」が吊るされており、民が不満や悩みを抱えたときにその鐘を鳴らすと、王自らが現れて訴えを聞きそれを解決したされています。こうした記述は、王が「人民の生活を守り、苦しみに寄り添う父親のような存在」であったことを象徴しています。
王は「ポークン(父)」として「ルーク(子)」を守り、支えていく。「社会の基盤を整え、構成員が安心して暮らせるようにする」ことに努めるのが良いリーダーという概念がラムカームヘン大王によって作られました。こうした統治形態は後の王にも受け継がれましたが、その象徴が先代のラーマ9世(プミポン国王)です。彼が長らく「国民の父」として、実際の家族以上の存在として国民から愛されたのは多くの人が知るところです。
以前、ある企業のタイ人リーダーが「家族にご飯が一杯だけあったらどうしますか?まず弟が食べて、兄が食べて、母が食べて、最後に父親が食べるでしょう。そういう会社にしましょう」とスピーチしていて、社員から大きな共感を呼んでいました。「上の立場の人は、弱い立場の人々を守る」という価値観が、好まれるリーダーシップとして世代を問わず受け入れられているのです。
2つ目のキーワードは「教師」です。豊富な知識を持ち、人々を教え導く人が尊敬されるという価値観がタイには存在します。
これもまた、ラムカムヘーン大王の碑文にそのイメージが見られます。碑文には「王は民に功徳と法(ダルマ)を教える教師である」と書かれています。また、ラムカムヘーンはタイ文字を作り出した王としても知られており、彼の銅像が手に持っている筆記具はその象徴であると言われています。
もう一人例を挙げるならば、ラムカムヘーンと並んでタイ3大大王の一人と称され、タイを近代化に導いたと言われるラーマ5世(チュラーロンコーン大王)でしょう。 彼は西洋からさまざまな制度をタイに取り入れ、タイの公教育制度を確立しました。自身で欧州を視察するだけでなく、王子たちを留学させて帰国後に政治を任せるなど人を育てながら近代化を図りました。彼の肖像画は今もタイの至る所にあります。
彼のユニークなエピソードとして、「変装して町を歩いていた」と言うものがあります。宮殿に閉じこもるのではなく、直接自分の目で見ることで市民の暮らしぶりを把握し、政治に反映させていました。こうした姿勢は、教えるだけでなく「謙虚に学ぶ」姿勢も示していると言えるでしょう。

日系企業に長く勤めるタイ人社員がよく言うのは「昔の日本人はもっといろいろと教えてくれた」というフレーズです。実際、かつてはタイ人と日本人の技術力やビジネススキルの差は今より大きかったので、日本人の仕事は「教える」ことであり、タイ人も「優れた日本の技術を学ぼう」という理由で日本企業に勤めていました。
しかし最近はそれが逆転している様子があります。日本人駐在員も若返り、経験が少ない人材が送り込まれるようになってきました。その一方で、タイ人も優秀になっています。結果として日本人が持っている知識・スキルに物足りなさを覚え「この人から何が学べるのだろう?」と思われてしまうケースが増えていると言います。
どんな立場であれ日本から来たのであれば、ある領域において「専門性」を持っているということを示さなくてはいけません。仮に秀でていなくても、価値ある情報やノウハウを常に学び続け、提供するための努力をすることは、タイ人からの信頼を得るうえで重要だと思います。
3つ目のキーワードは「勇敢さ」です。これは、困難な局面で迷わず前に出る勇気や覚悟を指します。タイ3大大王のもう一人であり、勇敢さを象徴する存在として、16世紀に活躍したナレースワン大王を挙げたいと思います。
彼はアユタヤ王朝時代の王ですが、当時のアユタヤは隣国ビルマに攻め込まれ、ナレースワンは幼い頃ビルマに人質として取られていました。しかし自力で脱出し、ビルマに戦いを挑み再びアユタヤの独立を勝ち取りました。
ナレースワンで知られているのはその勇敢さを示す多くのエピソードです。常に先頭に立って軍を率いたり、自ら象に乗って相手の将軍との一騎打ちに臨んだり、勇ましい姿勢からファンの多い偉大な人物です。ムエタイを編み出し兵士を鍛えたことから、ムエタイの創始者とも言われています。
最初に「父のような優しさ」を述べましたが、タイのリーダーには同時に、必要な時に戦うことができる力強さも求められます。タイ人社員が「この上司は信頼できる」と感じるのは、難しい局面になれば一歩前に出て主張したり、態度を曖昧にせずハッキリと決断できることです。上司が戦ってこそ、部下は守られていると感じ安心して仕事ができます。
このように、「父親」「教師」「勇敢さ」をタイのリーダーシップのキーワードとして挙げてきました。日本人にも通じる部分はありますが、「調整力」「謙虚さ」「合意形成」などの調和型のリーダーシップスタイルが重視されがちな日本との違いもあるように思います。
文化が違えば、リーダー像も変わります。その違いを理解した上でアプローチすることができれば、タイのチームはきっと皆さんにさらに心を開き、力を発揮してくれるでしょう。

株式会社アジアン・アイデンティティー 代表取締役
中村 勝裕 氏(愛称:ジャック)
愛知県常滑市生まれ。上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業後、ネスレ日本株式会社、株式会社リンクアンドモチベーション、株式会社グロービス、GLOBIS ASIA PACIFICを経て、タイにてAsian Identity Co., Ltd.を設立。「アジア専門の人事コンサルティングファーム」としてタイ人メンバーと共に人材開発・組織開発プロジェクトに従事している。
リーダー向けの執筆活動にも従事し、近著に『リーダーの悩みはすべて東洋思想で解決できる』がある。Youtubeチャンネル「ジャック&れいのリーダー道場」も運営。
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「タイ人事お悩み相談室」コラムで取り上げます!→ info@a-identity.asia
Asian Identity Co., Ltd.
2014年に創業し、東南アジアに特化した人事コンサルティングファームとして同地域で事業を展開中。アジアの多様な人々を調和させ強い組織を作るというビジョンの実現に向けて、"Asia is One”をスローガンに掲げ、コンサルタントチームの多様性や多言語対応を強みに、東南アジアに展開する日本企業を中心に多くの顧客企業の変革をサポートしている。
◇Asian Identityサービスサイト
http://asian-identity.com

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