「やめるが勝ち」のススメ

カテゴリー： ビジネス・経済, 組織・人事

連載： BizWings - 中小企業経営論

公開日 2025.06.10

やめるが勝ち？ビジネス成功の鍵は“何をやるか”

ビジネスの成功要因について語る時、私たちはつい「誰がやるか（人材）」や「どうやってやるか（手法）」に目が向きがちです。実際、タイでも人事やマーケティングに関するセミナーはいつも盛況で、関心の高さがうかがえます。しかし、そもそも「何をやるか」という最も根源的な問いを、どれほど真剣に考えているでしょうか。

「何をやるか」は、成功の入口です。どれだけ優秀な人が、洗練された方法で取り組んでも、そもそものビジネスの“種”が悪ければ芽は出ません。この視点を強調したのが、シカゴ大学の経済学者ジョン・A・リスト氏です。同氏は著書「そのビジネス、経済学でスケールできます」（The Voltage Effect, 2022）において、「スケール可能なアイデアを選ぶこと」が成功の鍵であると述べています。

スケール可能性とは、再現性が高く、大規模に展開できる特性のことです。これはITベンチャーなどに限らず、飲食、サービス、製造、教育などあらゆる業界に応用できる考え方です。中でも私が注目したのは、同書で紹介されている「やめるが勝ち」というメッセージです。

これは、スケールが見込めず成果も期待できない事業には、感情にとらわれず早期に撤退すべきだという考えです。つまり、撤退は敗北ではなく「次に進むための戦略的な判断」であるということです。

一方で、日本人は「石の上にも三年」や「一度始めたことは最後までやり遂げるべき」といった価値観のもと、継続を美徳とする傾向があります。「ここまで頑張ったのにやめるのは情けない」「やめた後に何をすればよいかわからない」といった感情が判断を鈍らせ、結果として非効率な時間とリソースの浪費につながることも少なくありません。

この点、タイ人は比較的柔軟です。THAIBIZの2025年4月号巻頭特集でガンタトーン氏が指摘しているように、タイ人はプロセスよりも成果（アウトプット）を重視する傾向があります。また、事業やキャリアの方向転換にも比較的前向きです。私たち日本人も、こうした考え方から学ぶべき部分があるのではないでしょうか。

特に中小企業においては、資金・人材・時間といったリソースが限られています。そのような環境下では、スケールできない事業にこだわることは、大きな機会費用を生み出しかねません。別の事業に振り向けていれば得られたかもしれない利益や成長の機会を、みすみす手放していることになるのです。

日々の業務でも、「今やっているこのタスクに意味はあるのか」「この活動は成果につながるのか」という視点を持ち続けることが重要です。そして、その問いを一つひとつ積み重ねた先にあるのが、「そもそもこのビジネスは本当に必要なのか」という大きな問いです。

経営とは選択の連続であり、時には“やめるが勝ち”なのです。

【免責事項】 本稿は情報提供を目的としたものであり、本稿の使用にあたって発生したいかなる損害について、直接的・間接的問わず、発行元、代表者および本稿作成の関与者は一切の責任を負いません。また、本稿記載の内容は本稿作成時点における調査・法令・情報に基づいたものであり、本稿作成時点以降に発生した事象を反映しておらず、その責任も負わないものとします。