ArayZ No.83 2018年11月発行タイでも導入企業が増えている"コーチング"とは
この記事の掲載号をPDFでダウンロード
掲載号のページにて会員ログイン後、ダウンロードが可能になります。ダウンロードができない場合は、お手数ですが、[email protected] までご連絡ください。
カテゴリー: 組織・人事
公開日 2018.11.25
目次
タイで事業展開される日系企業が直面するテーマに、自発的なタイ人リーダーの創出があります。以前は、日本本社からの指示に沿って忠実に製品を生産、あるいはサービスを提供することが、タイ現地法人に求められることでしたが、在タイ日系企業が今後一層の成長をし、企業価値を上げ続けるためには、更なる付加価値の創出をする必要があります。そのためには、タイの現地事情を最も知っているタイ人を経営幹部に登用するなどの「現地化」を推進することが不可欠となりつつあります。さらには、いつまでも多くの日本人を海外駐在として送り続けることができない日本の台所事情もあるでしょう。
しかし現実では「指示された内容は真面目に取り組むのだが、指示以外の行動が出てこない」、「日本人駐在員が調整せずとも、部署をまたぐ課題解決をしてほしい」、「日本人トップが入れ替わったとしても会社が成長していけるよう、タイ人社員に会社を率いてほしい」などの声が多く寄せられます。
そのような背景の中で、現地の事情に精通するタイ人に経営のバトンを渡していくことが求められる時代に入ったともいえ、バトンを渡す日本人社員、受け取るタイ人社員が、ともに変化を求められています。
では、我々日本人は、タイ人社員達に経営のバトンを渡していくにあたり、何を念頭に置く必要があるでしょうか。
「タイ人にとって日本人は、“スルメ”のような存在です」
これは、在タイ日系メーカーのタイ人副社長Aさんが、流暢な日本語で私に仰った言葉です。
タイの方から「スルメ」などという言葉が出てきて驚いている私に、さらにAさんは続けました。
「日本人は、噛めば噛むほど、いい味が出るんです」。いくつかのグローバル企業で勤務経験のあるAさんは、そう解説してくださいました。
Aさん曰く、「日本人は、人として信頼でき、長い付き合いをしたくなる人が多いです。でも一方で、最初は分かりづらく、何を考えているのか、真意をはかりかねることがよくあります。いい味が出てくるまでに、ほんとうに時間がかかるのです」と。
そして最後に、「味が出るまで、タイ人が辛抱できるかが問題ですね」と、苦笑しながら付け加えられました。
これは、いったい、どういうことなのでしょうか?世界各国と比較した、日本人リーダーの特徴とはなんでしょうか。
弊社には日系企業で活躍するタイ人リーダーの方々をコーチする、タイ人コーチが複数います。私は、弊社のタイ人コーチたちに聞きました。「みんながコーチをしているタイのリーダーの方々は、日本人上司についてどんなことを言っているの?」と。すると、こんな声が挙がってきました。
●日本人上司とは日常での接点が少ないため、何を考えているのかが分かりづらい
●何かをやっても、「そうじゃなくて」と戻されるので、言われたことだけをやるようにしている
●細かな指示命令は多いが、背景の説明がなく、信頼されている感じがしない
こうした発言を聞きながら、私は弊社のコーチング研究所が2015年に行った調査を思い出しました。世界15ヵ国、各国100人、計1500人を対象に「組織とリーダーに対する考え方や実態」について調査したレポートです(※2)。
このレポートでは、「直属の上司と部下との関係がどれくらい良好か」の結果が、日本は残念ながら調査対象国中、最下位でした(図2)。
また、「上司・部下間での良好度」と関係の強い要素は、「上司とのコミュニケーションが十分足りているかどうか」、つまり「上司との会話の充足度」であり、この2つは高い相関関係にあることが分かっています(図3 相関係数:0・83)。
では、「会話の充足度」は、どのように高めることができるのでしょうか?
なぜ、Aさんは日本人を「スルメ」と言ったのか?
異文化マネジメントを専門とするINSEAD客員教授のエリン・メイヤーは、著書(※3)の中で、日本人を「世界でも最もハイコンテクストな文化の国」と位置付けています。「ハイコンテクスト」なコミュニケーションの特徴とは、繊細で含みがあり、多層的。メッセージは行間で伝え、行間で受け取る、のだそうです。
タイ人の考えていることは分かりづらい、と時々耳にしますが、かくいう我われ日本人こそ、他国から見ればかなり分かりづらいのかもしれません。
とすると、どちらも分かりづらいタイ人と日本人。お互いが分かりあうまでに相当時間がかかる、ということは起こりやすく、つまり、タイ人副社長Aさんの言う「スルメ」になりやすい。では、歴史や文化、価値観などの異なる海外で、「ハイコンテクストな文化」で育った私たち日本人は、どのようなことを意識して周囲と関わっていくと良いのでしょうか?
コーチ・エィのタイ拠点は開設5年を迎えましたが、コーチングによって、部下との関わりの「量と質」を高め、タイ人部下の主体的な行動変容までを引き出し、成果を上げている日本人リーダーが数多くいらっしゃいます。
彼らがコーチングによって増やした関わりは、
●部下と定期的な1対1の時間をとる
●相手が気づきや新たな視点を得る質問をこちらからする
●自身のコミュニケーションについて機能しているか否かフィードバックを求め活かしている
などの行動であることが、実績データから見えてきています。
こうした日本人リーダーたちから「周囲との関わり方」の成功の肝を得られるとしたら、コーチングで最も大切にしていることのひとつ、「人はそれぞれ違う」というスタンスに立つことではないかと私は感じています。このスタンスに立つからこそ、「相手を知ろうとすること」を貫くのです。
リーダーに求める要素
タイと日本の違いは?
さらに前述の「組織とリーダーに関するグローバル価値観調査2015」(※2)から、興味深いリサーチ結果をご紹介します。企業に勤める20~30代の社員(非管理職)を対象に、リーダーにどのような要素を求めているかを調べた結果、タイと日本、それぞれのトップ5は図4の通りでした。(全18項目)
「戦略的である」がいずれも上位にくるという共通点はありますが、リーダーに求める要素は二つの国でだいぶ異なることが分かります。また、同じ回答者に、価値観(人生で最も価値をおいていること)を聞いています。8項目中トップ3はそれぞれ図5のようになっています。
トップ3の項目は同じでしたが、タイ人にとって50%を占めるトップの「誠実であること」は日本人にはわずか19%と、そのウエイトはだいぶ異なるのが分かります。もし、日本人駐在員がリーダーシップや価値観に対するこのような意識の差を知らずに、自分の考えを押し付けていたとしたら、信頼関係を築くことはできないでしょう。
自分にとっての当たり前や常識も、国や文化が違えばまったく別のものになるのです。私たちは、この違いを当然理解してはいるのですが、現実には微細なところで食い違いが起こります。
「理解された」「共有した」と思っていたことが実は共有されていない。何回も言っているのに間違える、などということが日常的に起こっているわけです。
コーチングで向上した
海外駐在員の能力とは?
海外駐在員にとって、コーチングがどれくらい有効なのか。2016年3月から2017年2月の間にコーチをつけた海外駐在員に実施したアンケートをご紹介します(※4)。「コーチングによって、相手と考え方や価値観が違っても、合意点を見つける能力がどれくらい向上しましたか?」という質問への回答結果は図6の通りです。
全員が「やや向上した」以上を選択し、「変化はなかった」と回答した人はいませんでした。そして、コーチングによって得られた効果としては、次のような回答がありました。
海外での文化や価値観の違いに対応するためには、まず、赴任者自身が変化することが求められます。
異なる考え方や価値観をもつ相手には、意見を聞くことだけでなく、背景にある考え方や、その人が持っている価値観、赴任者のリーダーシップに求めていることは何か、などを聞くことが必要です。
その上で、自分の意見や考え方、価値観を相手に伝え、それに対してまた相手の意見を聞く。「対話」を通してお互いの間に共有や理解が生まれるのだと思います。
コーチングはこのような「対話」のプラットフォームを創るのに有効に働くのだと思います。
コーチング導入事例 1
SANOH INDUSTRIES(THAILAND)CO., LTD.
怒和 邦善 社長
「『私が引退したら、この子(社員)達はどうなるんや』という想いがきっかけです」と怒和氏。2013年に導入したコーチングを思い出し、目を細める。
三桜工業の海外現地法人、SANOHINDUSTRIES(THAILAND) CO., LTDは、東部ラヨン県で自動車向けのブレーキチューブを製造している。タイ人社員約200名を束ねるのは、唯一の日本人である怒和氏。創業時の荒波を強いリーダーシップで乗り切った怒和氏は、タイ人社員を鼓舞し、教育し、時には声を荒げて、会社をまとめあげた。「当時は私の怒号が聞こえなかった日はなかったのではないでしょうか」と、笑顔を向ける。
怒和氏の指導のもと、同社は順調に売り上げを伸ばし続けていく一方で、タイ人社員は指示に忠実に動くのみというトップダウン型の組織が構築されていった。「当時は優秀な軍隊ともいうべき状態でした。彼らに権限を委譲するという『現地化』をしたいと考えていたのですが、私には全く打つ手がありませんでした。そんな中、コーチ・エィの方がいらして『コーチング』について話をしてくれました」と振り返る。
怒和氏は2013年からエグゼクティブ・コーチを付けるとともに、自らコーチングを学び、タイ人幹部達と、1対1のコーチングを開始。その中で、部下が自ら考え、自発的に行動をし始めるということに手ごたえを感じた。翌年からはタイ人幹部がコーチングを学び、更に部下・同僚をコーチするという社内コーチプロジェクトを立ち上げた。マネージャー以上の従業員は、18年10月までに全員が社内コーチになり、計15名が同プロジェクトに参加している。
「現在、日々の工場運営に関する指示はしていません。自律的に動き、タイ人同士で改善活動を進めることが、圧倒的に増えたように思います。工場を昨年、増設しましたが、その際もタイ人幹部に任せた結果、無事に完工し、生産を開始しました。社員には、私から見てまだまだ未熟な点がありますが、諦めたら、それ以上の成長はありません。本当の意味でタイ人社員で経営を担っていけるチームを創ることを目標にし、彼らと一緒に取り組んでいます」と怒和氏。更なる先を見据え、社員と共に前進し続けている。
コーチング 導入事例 2
SEI Interconnect Products (Thailand) Ltd.
三宅 久裕 マネージングダイレクター
「まずは成果を出す、と社長の私が決めるのです。決めればあとは、成果が出るまで、あの手この手で関わるだけですね」と三宅氏は笑顔で話す。
SEI Interconnect Products (Thailand) Ltd.は、住友電気工業株式会社グループのタイにおける製造拠点の1つであり、フレキシブルプリント回路を用いたハードディスク部品を生産している。社員は290人(内契約55人)で、日本人は三宅氏1人。20年以上を海外で過ごし、フィリピン、中国、タイで拠点長を歴任した。
コーチングに出会ったのは、中国に赴任していた2014年。当時、拠点長であった三宅氏が、住友電気工業の日本本社主導のコーチングプロジェクトに参加をしたことがきっかけであった。
三宅氏は、エグゼクティブ・コーチをつけるとともに、自らコーチングを学び、日本人と中国人の部下に対して1対1のコーチングを実践するというプロジェクトを開始。そして、2年後にタイに着任。タイの拠点は、三宅氏自身が11年にフィリピン拠点長を兼務しながら立ち上げを行った思い出深い地である。再着任して感じたのは日本人の指示を待つという同社の社風。まず取り組んだのは、タイ人幹部の意識改革だ。タイ人幹部3名に対して、「日本人駐在員は必ずいつかは日本に帰る。例え誰が来ても、この会社を君達で運営していけるようになってほしい」との期待を伝え、戸惑うタイ人幹部を励まし、叱咤し、変革に本気になるまで働きかけた。
「最初は賽の河原の石積みでした。でも、必ず成果を出すと決めて、そこに社長である私が自ら関わることを選択しました。私が自ら実践し、学び、成長し続けないことには、社員達は成長しないですから」と振り返る。その間、エグゼクティブ・コーチを付け続けるとともに、タイ人マネジメント7人がコーチングを学び、部下・同僚をコーチするというプロジェクトを開始。このような組織変革への時間・資金の投資は決して安いものではない。タイ人幹部からは導入当初不安の声もあがったが、三宅氏は「責任は私がとる。大丈夫、結果が出るまで一緒にやろう。必ず結果は出る。いや、みんなで出していこう」と、鼓舞し続けた。
このような取組みの結果、16年の赴任時に、これ以上は下がらないとされていた不良率が、1年で半分になった。その後も低下を続け、3分の1になり、生産性も20%以上向上した。
これは三宅氏の指導とともに、口説いたタイ人マネジメント達が生産性と品質の向上に本気になり、自ら改善提案を行い、かつ部下・現場からの改善提案を泥臭く促し続けた結果であった。「コーチング導入にかけた投資額は何倍にもなって返ってきました」と三宅氏は笑う。
同社は業績好調を維持したものの、ハードディスク業界の未来を見据え、日本本社は清算を決定。18年7月に工場閉鎖を完了させた。内心の苦悩を笑顔で隠しつつも、工場閉鎖のその日まで、社員達を叱咤し、激励し、成長を促し続けた。
その結果、設立以来最高の生産性と品質を達成したのは工場閉鎖をした月であった。全社員が工場閉鎖を承知の上での達成であった。閉鎖される日に撮影した集合写真には、あたかも立ち上げ時のような笑顔が溢れていた。
「社員達はよくやってくれました。私自身悩む中でしたが、社員の成長、人材価値の最大化が、大儀だと決めました。今後、弊社での経験を生かして、楽しく働き、次のキャリアで貢献をしてくれればと思っています」と、社員の話をする時の三宅氏の眼はどこまでも優しい。社員達からつけてもらったタイ語のニックネームは「クンポー(お父さん)」である。
2018年10月には三宅氏はバンコクで30年の歴史のある日本人向け勉強会「メナムフォーラム」にて、これまでの経験について講演を行った。当日は100名ほどの聴講者が駆け付け、深夜まで、タイでの組織運営に悩む聴講者が三宅氏の前に列を成した。三宅氏が蒔いた種は、社外社内を問わず、芽吹き、花開いていくのではないだろうか。
工場閉鎖日当日の集合写真
立ち上げ時のような笑顔で写っている。
コーチング 導入事例 3
日立化成株式会社 タイ拠点
Hitachi Chemical Asia(Thailand) Co., Ltd.、
Hitachi Chemical Automotive Products (Thailand) Co., Ltd.
日立化成は、企業スローガン「Working on Wonders(驚きを実現へ)」の実践に向けて、「グローバル・コーチング・プログラム」を進めている。日立化成グループの10年後を支える中核人材を全グループ各社から集め、部門の壁を越えて「対話と挑戦」に取り組む活動である。
同社は、2012年から18年までに、全世界で1,700人の社内コーチを養成している。背景には、11年11月に世界中のグループ各社の管理職を対象に実施した意識調査があった。この調査で、「部門の間に壁がない」、「お互いに有用な情報を部門を越えて交換している」といった項目に対し、国内、海外とも否定的な結果が出た。同社はタブレット端末などに採用されている透明樹脂材料技術をはじめ、電子部品や自動車部材、産業エネルギー、ライフサイエンスといった分野で多彩な技術を備えているが、技術がそれぞれの部門でタコツボ的に深掘りされているために、連携や、融合による新たな商品やイノベーションにつなげることができにくくなっているのではないか、ということがきっかけだ。
同社タイグループ会社においても、これまで約30人のタイ人中核人材が同プロジェクトに参加し、「対話する組織」創りの一翼を担っている。
青木 美知子
株式会社コーチ・エィ 執行役員
COACH A (Thailand) Co.,Ltd. Managing Director
青木美知子マネージングダイレクター
組織に変革を引き起こすには、コミュニティに揺るぎない信念を持つ人が10%いれば、大半の人々がそれを受け入れていく、というデータがあるようです。会社でも同様に、組織の10%が、トップが実現したい変革に本気になれば、その変革は実現に向かうでしょう。
コミュニケーションの目的は、《誘う、口説く》ではないでしょうか。実現したい変革に向けて組織やメンバーに、あきらめずに関わり続けようとする強い気持ち、そして本気にさせようとする口説く力。私達は今、リーダーとして、部下の何人を本気にすることができているでしょうか?そして、いつまでに10%の社員を本気にできそうでしょうか?
【参考資料】
※1(P15『「ティーチング」と「コーチング」の違い』~P17末まで)
出展元 コーチ・エィ メディアサイト「Hello Coaching!」
《図解》コーチングとは?ティーチングとの違いで学ぶ、その意味と効果的な使い分け
https://coach.co.jp/whatscoaching/20170609.html
※2コーチング研究所調査
「組織とリーダーに関するグローバル価値観調査2015」(2015年)
https://crillp.com/reports/research/global-research2015.html
※3『異文化理解力
相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養』(英治出版)
エリン・メイヤー (著)、田岡恵(監修)、樋口武志(翻訳)
※4コーチング研究所調査
「海外駐在員がコーチをつけて伸ばす能力とは」(2017年)
https://coach.co.jp/data/20170328.html
コーチ・エィ(タイランド)集合写真
ArayZ No.83 2018年11月発行タイでも導入企業が増えている"コーチング"とは
掲載号のページにて会員ログイン後、ダウンロードが可能になります。ダウンロードができない場合は、お手数ですが、[email protected] までご連絡ください。
THAIBIZ編集部
タイのオーガニック農業の現場から ~ハーモニーライフ大賀昌社長インタビュー(上)~
バイオ・BCG・農業 ー 2024.11.18
タイ農業はなぜ生産性が低いのか ~「イサーン」がタイ社会の基底を象徴~
バイオ・BCG・農業 ー 2024.11.18
「レッドブル」を製造するタイ飲料大手TCPグループのミュージアムを視察 〜TJRIミッションレポート〜
食品・小売・サービス ー 2024.11.18
第16回FITフェア、アスエネ、ウエスタン・デジタル
ニュース ー 2024.11.18
法制度改正と理系人材の育成で産業構造改革を ~タイ商業・工業・金融合同常任委員会(JSCCIB)のウィワット氏インタビュー~
対談・インタビュー ー 2024.11.11
海洋プラごみはバンコクの運河から ~ タイはごみの分別回収をできるのか ~
ビジネス・経済 ー 2024.11.11
SHARE