ベトナム現地取材リポート(5)ベトナムも中進国の罠に陥るのか

ベトナム現地取材リポート(5)ベトナムも中進国の罠に陥るのか

公開日 2023.03.08

先週、ベトナムに関する大きなニュースが続いた。ベトナム国会は2日、一連の汚職事件の政治責任を取る形で、任期途中の1月中旬に国家主席を辞任したグエン・スアン・フック氏の後任にボー・バン・トゥオン共産党書記局常務を選んだ。フック氏が米国と親しく自由貿易を推進してきたのに対し、トゥオン氏は、親中派とされ汚職撲滅を主導するグエン・フー・チョン書記長の側近のため、ベトナムが中国に傾いていくのではとの懸念も出ている。一方、1日にはビンファストが米国で電気自動車(EV)の販売を開始したと発表した。いずれも今後のベトナム政治経済の道筋を占うニュースと言える。

セントラルGなどタイ企業の進出

「ベトナムの国内総生産(GDP)伸び率は今年が6.7%、2024年が7.2%となり、経済成長率は東南アジアで最も高くなる。都市人口の増加とともに、近代的小売りの拡大が続くほか、外国人旅行者も増加する。ベトナムの消費者のライフスタイルに合わせるために、①食品 ②不動産(ショッピングモールなど) ③非食品(家電チェーンなど)-の3分野で事業拡大を加速させ続ける」

こう高らかに宣言したのは、2月21日号のNews Pick Upでも紹介したタイの小売り大手セントラル・リテール・コーポレーション(CRC)のベトナム法人トップだ。CRCは11年前にベトナム市場に参入して以来、11年間にわたり事業を拡大し、現在ではベトナムのGDPの85%をカバーする40省で340店舗以上の小売店舗を展開している。売上高は2014年の3億バーツから2021年の386億バーツまで急拡大し、2022年にはベトナム法人の売上高はCRCグループ全体の売上高の25%相当を占めるにいたったという。さらに今後5年間で、年間売上高1500億バーツの達成を目指して総額500億バーツを投資、店舗数を全国63省市中の57省市に600店舗と倍近くに増やすという強気の目標を掲げている。

タイ企業のベトナム進出では、2017年末の飲料大手タイ・ビバ傘下のベトナム・ビバレッジによる、ベトナムのビール最大手サイゴンビール・アルコール・飲料公社(サベコ)買収が話題となった。また工業団地・倉庫大手WHAグループや、アマタ・コーポレーションなどのロジスティクス企業の積極展開が目立つほか、チャロン・ポカパン(CP)グループやサイアム・セメント・グループ(SCG)などの大手財閥グループも当然のように既にベトナムで事業展開している。このうちWHAグループは今年2月1日に発表した2023年の事業見通しで5つの柱の1つとして「特にベトナムにフォーカスした国際展開の加速」を掲げ、2022年にはベトナム3カ所目のプロジェクトとなるクアンナム省での工業団地開発で覚書(MOU)に調印し、2024年か2025年初めには建設作業に着手することを明らかにしている。

ベトナム経済の新たな課題

「私がバンコクに駐在していた2009年ごろは、ミャンマーに日本企業の熱視線が向かっていた。さらにミャンマーを通じて、バングラデシュ、インドへの進出も視野に入っていた。しかし、ミャンマーでクーデターがあって以後は、日本企業の目が再びベトナムに向かっていると感じている」と語るのは国際協力機構(JICA)ベトナム事務所の田中章久次長だ。同氏はタイとベトナムの比較について、「タイでのJICAの仕事のうち、大規模なインフラファイナンスの支援はおおむね終わっており、日タイ関係の基本はビジネスで、それを下支えるソフト的な協力が中心だ。一方、日越関係では依然、政府開発援助(ODA)が重要な外交ツールで、インフラ開発のニーズもある」と指摘。実績は総額3兆円(うち円借款は208件、約2.8兆円)に達するという。中ではベトナム初となる地下鉄「ホーチミン都市鉄道1号線」の建設事業が注目を集めている。

『ホーチミンメトロ1号線の路線』写真:MAUR(ホーチミン市都市鉄道管理局)提供
『ホーチミンメトロ1号線の車両』写真:MAUR(ホーチミン市都市鉄道管理局)提供

一方で、経済政策では財政赤字を背景とした公的債務管理が新たな課題となり、「2012年に公的債務の対GDP比を65%に抑えることが決まった後、2021年末時点では約48%まで低下している。ただそれでも、ベトナム政府内では公的債務抑制の強い意向があり、各ドナーの新規承諾は伸びておらず、2018、2019年の円借款はゼロとなった」(田中氏)という。円借款は2020年から復活しているものの、ここにきて、政府内の調整や意思決定に時間がかかるなど、ODA案件の進捗には課題が多いようだ。

また、ベトナムの経済構造の課題として、大手企業は銀行や電力会社などの国営企業であり、地場の民間企業のウェートが極めて低いことも指摘されている。今後、タイ経済がさらなる発展を目指すためには国営企業の民営化も大きなテーマになってくるはずだ。ただ、ある業界筋は「民営化とは国の資産を売却することであり、国家財産の棄損になる可能性もある」とし、適正価格での売却を進めるためにも国内証券市場を整備する必要があるとの認識を示している。

三菱総合研究所ハノイ駐在員事務所の緒方亮介所長は「ベトナムでは地場企業の育成が大きなテーマだ。ベトナム政府は地場企業のグローバル・サプライチェーンへの参画を促しているものの、地場企業はESG(環境、社会、企業統治)に対する意識が低く、特に環境配慮、情報開示の点で課題が残る。グローバル企業が持続可能なサプライチェーンの構築に注力する中で、サプライチェーンに参加できるのは積極的にESGに取り組んでいる会社に限られる」と指摘。その上で、フランスの企業の社会的責任(CSR)評価サービス会社エコバディスによるESGの取り組みの調査では、ベトナム企業が世界で最も評価が低いとの結果も出ているという。

中進国の罠と新たな経済発展モデルとは

ベトナムの国内総生産(GDP)伸び率は、新型コロナウイルス流行を受けて2021年第3四半期にはマイナス6.0%に落ち込み、年間でも2.6%に低迷した。しかしその後は急回復し、2022年は年間で8.0%という高い伸び率を達成。2.6%にとどまったタイとの成長力の差は明らかだ。一方で、昨年来の不動産業界のスキャンダルや政府幹部の相次ぐ更迭などの政治の混乱、そして不動産市場や株式市場などの急落で、ベトナム経済の先行きの不透明感が強まっている。また、最大手コングロマリットであるビングループの自動車市場での前のめりとも思える展開への懸念も根強い。これらが短期的なもので、政治の安定化とともに再び力強い成長軌道に戻るのか、果たしてその原動力は何になるのか。

東南アジアでは既に先進国(高所得国)入りしているシンガポールに続いて経済発展を遂げているのがマレーシアとタイだが、いずれも中進国(中所得国)の罠にはまっているとされる。ベトナムも早くもそうした懸念が取りざたされており、今回の取材でも、特に今後の課題として賃金の上昇を懸念する声が大半で、また少子高齢化の兆候も不安要因だ。川島博之氏は昨年9月6日の寄稿記事で、タイとベトナムの人口動態を比較分析した上で、「タイもベトナムも先進国の入り口と行った段階で少子高齢化社会に突入することになろう。これまでにそのような例はない」とし、さらに「東南アジア諸国は程度の差こそあれ少子高齢化に悩む社会の入り口にいる」と言い切っている。中国に続く経済発展地域と期待される東南アジアだが、都市部と農村部の貧富の格差の拡大が続く一方、日本の高度成長期のような都市部の富を地方に還流させた仕組みが見当たらない中で、現在の先進国とは異なる新たな成長・発展モデルを見出すことができるのだろうか。

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THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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