タイにおける債権の保全・回収(後編)

ArayZ No.123 2022年3月発行

ArayZ No.123 2022年3月発行タイにおけるFTA活用の現状

この記事の掲載号をPDFでダウンロード

最新記事やイベント情報はメールマガジンで毎日配信中


    タイにおける債権の保全・回収(後編)

    公開日 2022.03.10

    日本国内での取引と同様、タイ企業との取引時に考えておくべきことの一つとして、相手企業が任意に債務を履行しない場合、どのようにして債権を回収するか、ということがある。

    当職担当の2021年11月号および22年1月号の本コラムでは、取引開始前(契約締結時)及び取引開始後に意識しておくべき事項について述べた。今回は、取引の相手方であるタイ企業が代金を支払わないという場面を想定して、紛争が生じた場合の主たる解決方法について整理する。

    交渉

    1つ目の解決方法は、任意の交渉である。紛争解決方法として最も簡便であり、初めにこの方法を試みることが多いと思われる。

    実際に交渉によって解決できるケースも多いであろう。

    しかしながら、相手方が交渉に応じなかったり、交渉がまとまらなかったり、仮に交渉がまとまっても、その通りに支払いが行われないこともある。その場合、別の方法を取る必要がある。

    訴訟

    2つ目の解決方法は、訴訟である。

    タイで訴訟を行う場合、訴訟提起から第一審判決まで、おおよそ1年から1年半程度の期間を要する。

    日本での訴訟と大きく異なる点の一つは、主張や証拠を提出する機会の数である。日本では、訴訟が進行していく過程で、自己の主張や証拠を当事者が交互に複数回提出しつつ、事案を整理していく。

    他方、タイでは訴訟の初めに訴状または答弁書として自己の主張を証拠とともに提出した後は、基本的に証拠調べ時(証人尋問時)にもう一度主張や証拠を提出する機会があるだけである。そのため、訴訟の初めの段階で何をどこまで主張し、証拠として提出しておくか吟味が必要となる。

    また、タイの訴訟手続では和解期日が設けられ、和解(話し合い)による解決の可能性を模索するケースが多い。もちろん和解に応じるか否かは当事者の自由であるから、和解を拒絶して判決を求めることも可能である。

    強制執行

    タイの裁判所が判決を下した場合はもちろん、タイの裁判所で和解した際も、日本と同様に、仮に相手方が和解した内容の通りに支払いをしない場合には、強制執行により相手方の財産から強制的に債権の回収を図ることができる。

    もっとも、日本と同様、どの財産を強制執行の対象とするかは債権者側で特定しなければならない。

    そのため、取引開始前など早期から、万が一紛争となった場合に備え、相手方にどのような財産があるのかをできる限り把握するよう努めるべきであろう。

    なお、タイにも仮差押などの保全手続が存在する。しかしながら、タイでは訴訟提起と同時または訴訟提起後にしか保全の申し立てができないこととされており、しかも、その審理手続の中で相手方の審尋が行われる可能性がある。

    そのため、相手方は容易に財産の仮差押を受ける可能性を探知できてしまう。加えて、タイの裁判所は、申立てに従って保全命令を出すことに日本よりも慎重である。従って、タイの保全手続は日本の保全手続よりも実効性に欠けると思われる。

    仲裁

    紛争解決の3つ目の方法は、仲裁である。

    仲裁は当事者が自ら仲裁人を選択し、その仲裁人に紛争について判断してもらう制度である。仲裁人の選択のほか、審理する際の手続の内容、審理場所、使用言語など訴訟手続よりも当事者の裁量の幅が広く、また、控訴や上告手続がなく一回で紛争解決ができるため(例外的な場合に限り取消手続はある)、訴訟よりも早期解決できる可能性が高い。

    加えて、例え仲裁がどこの国で行われたものであっても、その仲裁判断(仲裁人の最終判断。訴訟手続での判決に相当するもの)は、いわゆるニューヨーク条約に加盟している国であれば、どこでも原則として強制執行が可能である。そして、タイもこの条約の加盟国であるため、例えば日本での仲裁判断に基づきタイで強制執行に及ぶこともできる。

    つまり、仲裁は言語や審理場所など、訴訟について懸念される事項を一部回避できる方法といえる。

    もっとも、仲裁により紛争を解決するためには、紛争を仲裁により解決するという当事者間の仲裁合意が必要となる(この合意の中で取り決めておくべき事項については紙面の都合上割愛する)。

    紛争が生じた後に当事者間でこの合意ができればよいが、合意できるとは限らない。そのため、紛争解決手段を仲裁としたい場合には、取引開始時に締結する基本契約書に仲裁合意条項を設けておくべきであろう。

    寄稿者プロフィール
    • 靍拓 剛 プロフィール写真
    • GVA Law Office (Thailand) Co., Ltd.
      日本国弁護士
      靍 拓剛

      2006年京都大学法学部卒業。2008年京都大学法科大学院を修了後、同年司法試験に合格。司法研修後、弁護士として福岡県福岡市内の法律事務所で勤務し、主として企業法務や紛争対応に従事する。20年よりGVA Law Office (Thailand)に加入し、国際紛争解決を中心に企業を支援する。

    THAIBIZ編集部

    ArayZ No.123 2022年3月発行

    ArayZ No.123 2022年3月発行タイにおけるFTA活用の現状

    この記事の掲載号をPDFでダウンロード

    最新記事やイベント情報はメールマガジンで毎日配信中


      Recommend オススメ記事

      Recent 新着記事

      Ranking ランキング

      TOP

      SHARE