企業トップに聞くアフターコロナの経営変革【素材業界】

ArayZ No.116 2021年8月発行

ArayZ No.116 2021年8月発行タイ農業 振興への道筋

この記事の掲載号をPDFでダウンロード

ダウンロードページへ

掲載号のページにて会員ログイン後、ダウンロードが可能になります。ダウンロードができない場合は、お手数ですが、[email protected] までご連絡ください。

企業トップに聞くアフターコロナの経営変革【素材業界】

公開日 2021.08.09

新型コロナウイルスの問題に加えて、タイは国内市場の成熟や少子高齢化など様々な変化を迎えている。企業のトップはそれらをどう捉え、対処しようとしているのか。各分野の企業トップの展望を三菱UFJリサーチ&コンサルティングの池上氏が聞く。

慶應義塾大学の先端生命科学研究所発のスタートアップ、Spiber(スパイバー、山形県鶴岡市)が、人工構造タンパク質繊維「Brewed Protein(ブリュード・プロテイン)」の原末をタイで製造するために開設。サトウキビやキャッサバを原料に微生物の発酵によって製造する。主原料に石油を使わず、生分解性もあるため環境負荷の低い高機能素材として注目される。3月に工場の開所式が行われ、年内にも商業生産を予定。


Spiber(Thailand)Ltd.

Eastern Seaboard Industrial Estate, 300/155 M.1 T.Tasit, A.Pluakdaeng, Rayong, 21140, Thailand

URL : https://www.spiber.inc/thailand/


人工タンパク質素材の開発という
御社の事業について詳しく教えてください

タンパク質は生物を構成している主要素材の一つです。身近な例ではウールやシルクもタンパク質からできています。それぞれのタンパク質は非常に優れた性質を持っていますが、タンパク質を取得するためには自然界から採取しなくてはなりません。

そこで弊社は微生物を使って人工的にタンパク質を合成することでコストを下げ、糸やフィルムといった素材に加工して様々な用途で使えるようにする取り組みをしています。

当社がタンパク質に注目した理由は大きく2点あります。

1つはサステナビリティ(持続可能性)が非常に高い素材であることです。タンパク質は微生物を用いた発酵生産で合成することができます。微生物のエサには糖や天然抽出物、ミネラルなどを使用するため、多くのプラスチックのように主原料に石油を使う必要がありません。もう1つは生分解性に優れている点です。海、土の中で生分解しますので、プラスチックごみなどの問題が起こりません。

タンパク質はアミノ酸配列を変えることで様々な性質を生み出すことができ、それぞれの分野にカスタマイズした材料を提供できます。直近ではアパレル分野に進出しようとしており、これまでにスポーツアパレルのゴールドウィンとTシャツやパーカー、セーターを共同開発し、大きな注目を集めました。

Brewed Protein™ 使用のTHE NORTH FACEアウトドアジャケット

Brewed Protein™ 使用のTHE NORTH FACEアウトドアジャケット

中長期的には従来の複合材より軽量で衝撃吸収力も高い自動車部品や、生分解性を活かしてマイクロプラスチック汚染を防ぐ日常生活品、体内で分解されるインプラント材料などへの応用も目指しています。

弊社素材について当初は機能性に関するお問い合わせが多かったのですが、SDGs(持続可能な開発目標)という言葉が注目されるにつれて、環境面で優れた材料を使いたいというニーズからのお問い合わせが増えています。SDGsに対する投資という意味合いで出資される投資家の方もいます。

3月には「Brewed Protein」原末を量産する
タイ工場の開所式が行われました。これまでで苦労した点は?

一番大変だったのは、そもそも自分たちで工場を作ると決めることでした。弊社は元々大学の研究室での取り組みから派生しており、実験室でフラスコを振っていたような人間が集まっています。そのような中で、工場を建てて量産まで行うというマインドに切り替えるのに苦労しました。

当初は社内で反対意見も出ましたし、私自身も実は反対した一人でした。ただし、基礎技術を開発して素材メーカーなどにライセンス生産をしてもらおうとしても、弊社素材のような全く新しい素材をいきなりライセンスすることはハードルが高く、自分たちが量産の最初の扉を開け、マーケットを切り開かなければその後の発展もないと感じたのが、舵を切った大きな要因です。

自ら量産に取り組んだからこそ、量産時にどれくらいのコストが掛かるのか、そしてさらなるコストダウンやスケールアップのためにどのような開発をしなければならないのかが明確になりました。結果としてこの素材を早く社会に普及させるために必要な体制の構築および情報の取得ができ、選択は間違っていなかったと思います。

商業生産の開始の目途は?

今年の年末には開始する予定です。現在は試運転をしており、これから実液を使った試験を開始します。

発酵生産において大きな問題になるのは、本来培養したい微生物の中に他の微生物が混入して増殖するコンタミネーションです。特に新しい設備を稼働させた時に起こりやすいのですが、雑菌汚染は目に見えないためどこで発生しているのかを検証するのに時間が掛かります。特に高温多湿のタイは微生物が繁殖しやすい環境なので注意が必要です。

初めて大規模な工場を運営するため、これまで様々なルール作りや人材採用などを進めてきました。タイで採用した従業員には大手メーカーで働いてきた方が多く安全意識も高いです。逆にベンチャー的な要素の強い私たちが色んなことを教わっています。

今後はスパイバーがもともと持っているカルチャーと、世界的な企業で働いてきた彼らの考え方をいかに融合して現場に落とし込めるかがカギとなってきます。相互理解がとにかく重要なので、コミュニケーションにはしっかりと取り組んでいきたいと思います。

新型コロナウイルスはどのような影響を与えましたか?

もともとスパイバーではデジタル化を進めていて、コロナ前からリモート会議やペーパーレスにも取り組んできました。そのため、コロナ禍でも業務を進める上で大きな問題が生じることはありませんでした。工場の建設もそれほど遅れずに進めることができました。

工場に関しても自動化を進めて最小限の人数で生産することをコンセプトにしています。なぜなら、タイをマザー工場にして世界中に展開することを目指しているからです。ただ、現状は立ち上げの時期ということで、トレーニングのため人が集まる必要があり、顔を合わせるコミュニケーションがやりにくい不便さは感じています。

一方で、新型コロナウイルスによってサステナビリティに対する社会の意識が向上した印象があり、当社への関心も一層高まっているのを感じています。

今後の事業展望を教えてください

タイに続いてアメリカでの現地生産に向けた準備を進めています。量産のため穀物メジャーのアーチャー・ダニエルズ・ミッドランド(ADM)と一昨年提携しました。ADMが技術移転の第一号になります。試運転や実液運転に入る際には、タイの工場でトレーニングをしたり、タイの社員がアメリカで技術指導をする可能性もあります。

また、今回タイに作った工場はあくまで繊維の原料になるタンパク質原末の量産工場です。その原末を基に繊維を作るラインは日本にあり、当面は原末を日本に輸出して繊維の生産を行います。個人的には原末から繊維まで一気通貫でタイで生産したいと思っており、そのような視点で会社作りも進めています。

現在、スパイバータイランドという箱ができたことで、優秀な人材が集まってくれています。タイ政府や地場企業との結び付きもできており、もしタイで繊維工場を作る時にはこれまで築いてきた様々なアセットを有効活用できると思います。


タイの素材業界動向

by MU Research and Consulting (Thailand)Co., Ltd.

グローバルレベルでの大型再編が進む中、各メーカーによる新素材開発は活発となっている。特に環境規制が厳しくなり、軽量化のニーズが高まる自動車業界では、炭素繊維をはじめ樹脂系素材の技術導入が進んでいる。2018年に東レ、住友化学、ブリヂストン各社が開発したコンセプト車は、金属を一切使わない新技術を搭載したもので注目を浴びた。化学メーカーが自動車開発のより上流に携わる機会も増えている。

タイにおいても、産業の高度化を目的としたタイ政府の政策「Thailand 4.0」では新素材開発を重点分野として取り上げている。また、素材開発の重要性を踏まえ、「材料技術開発政策」(2017年~26年)を取りまとめている。スパイバー社がタイを海外で初の進出先として選定した他、17年には「夢の素材」として注目されるグラフェンに関するアジア初の研究センターが設立されるなど、新素材開発・生産のハブとしての魅力に注目が集まっている。

タイで新素材開発や生産などを手掛けている企業

Spiber (Thailand) Ltd.

世界初の人工合成によるタンパク質素材「Brewed Protein」の量産化に成功。ラヨーン県に設けた工場で年内にも商業生産をスタート予定。


Haydale Technologies(Thailand)Co., Ltd.

タイ国立科学技術開発庁(NSTDA)にアジア初のグラフェン研究センターを設立し、現在は航空機・自動車・医療・スポーツ・海洋・プリンティング・コーティングの各分野に適用されている。


Thai Techno Glass Co., Ltd.(BSG Glass)

ALL(ZONE)と共同で折り畳みガラスの開発や、タッチスイッチガラスなどのスマートガラスの研究をしている。


三菱UFJリサート&コンサルティング

MU Research and Consulting(Thailand)Co., Ltd.

Tel:+66(0)92-247-2436
E-mail:[email protected](池上)

【事業概要】 タイおよび周辺諸国におけるコンサルティング、リサーチ事業等

\こちらも合わせて読みたい/

企業トップに聞くアフターコロナの経営変革【輸送機器業界】

ArayZ No.116 2021年8月発行

ArayZ No.116 2021年8月発行タイ農業 振興への道筋

ダウンロードページへ

掲載号のページにて会員ログイン後、ダウンロードが可能になります。ダウンロードができない場合は、お手数ですが、[email protected] までご連絡ください。

MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
Managing Director

池上 一希 氏

日系自動車メーカーでアジア・中国の事業企画を担当。2007年に入社、2018年2月より現職。バンコクを拠点に東南アジアへの日系企業の進出戦略構築、実行支援、進出後企業の事業改善等に取り組む。

MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.

ASEAN域内拠点を各地からサポート
三菱UFJリサーチ&コンサルティングは、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)のシンクタンク・コンサルティングファームです。国や地方自治体の政策に関する調査研究・提言、 民間企業向けの各種コンサルティング、経営情報サービスの提供、企業人材の育成支援など幅広い事業を展開しています。

Tel:092-247-2436
E-mail:[email protected](池上)
No. 63 Athenee Tower, 23rd Floor, Room 5, Wireless Road, Lumpini, Pathumwan, Bangkok 10330 Thailand

Recommend オススメ記事

Recent 新着記事

Ranking ランキング

TOP

SHARE