ArayZ No.103 2020年7月発行コロナで変化するM&A
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カテゴリー: 会計・法務
公開日 2020.07.10
他社に投資をしたり、他社を買収する際は、取締役の善管注意義務を果たすためにも、対象会社に投資することが適法・妥当なものであるかを確認する必要がある。いわゆる、会計・税務・法務を含む様々な観点からデューデリジェンス(DD)を行うことが一般的である。
これまでは、買主又は買主から委託された専門家が実際に対象会社に赴き、保管されている大量の書類を精査することも多かった。だが、今後は対象会社において必要書類をバーチャルデータルームにアップロードし、それらを買主が遠隔で精査するという方法がさらに推し進められていくであろう。
その前提として、対象会社においても買主から要求された書類を用意しなければならないが、自宅勤務の社員が増えた上、再度の緊急事態宣言が発せられた場合には、そもそもその書類の用意すらままならない可能性もある。
また、タイの会社を買収しようとしても、日本とタイの往来が制限されていたり、対象会社の操業が停止しているため、買主となる日本本社の担当者が、実際に対象会社の施設を訪問したり、経営陣との面談をすることができなくなることも想定される。
デューデリジェンスが十分にできないこれらのような事態は、買主側の投資判断を遅らせるため、全体のスケジュールにも影響し、対象会社のリスクを保守的に判断せざるを得なくなり、価格にも影響するであろう。
対象会社の買収後、その従業員の整理や労働条件の見直しを行うことは珍しくない。
これまでタイでは失業率が非常に低かったこともあり、従業員の整理をする場合であっても、従業員に対して相応の手当や退職金、解雇補償金が提供されれば、従業員と本格的な紛争になる事例は多くなかった。
しかしながら、新型コロナウイルスによりタイ全体の経済が落ち込めば、対象会社から解雇されたり、対象会社を退職した場合には、次により良い職場が見つかるとも限らず、従業員側で今までの相場以上の手当や退職金、解雇補償金の支払いを要求し、争いとなる可能性もある。
そこで、従業員に対する解雇の有効性、労働条件の不利益変更の可否、有期契約労働者の雇い止め等の様々な労働問題が普段以上に生じる可能性があるので、特に注意して確認する必要がある。
例えば対象会社が製造業である場合、そのサプライヤーや顧客との関係で、新型コロナウイルス感染を理由とする納期遅延、仕入拒否その他の債務不履行が発生している可能性がある。ここでは、契約における不可抗力(Force Majeure)条項の該当性等の分析が問題となる。
この点、日本法においては不可抗力の概念は個別に法律上定義されているものではないが、タイにおいてはタイ民商法において「不可抗力とは、影響を受ける恐れのある当事者が、それが生じたのであれば求められるであろう適切な注意をしたとしても防ぐことのできない事象又は結果を言う」とされている(タイの最高裁においても類似の解釈が採られている)。
この定義によっても、また一般的に契約書において定められている不可抗力条項によっても、疫病や感染症に関する記載が明示的にされていない限り、今回の新型コロナウイルスの感染拡大が不可抗力として認められるかどうかは明らかではない。とすれば、取引の相手方による債務不履行が新型コロナウイルスの感染拡大を理由とすると主張された場合には、不可抗力条項の該当性等の分析が問題となる。
なお、今後新たに契約を締結し、または改訂を行う場合には、不可抗力に疫病や感染症が広がった際の対応を見据えて条項を作成する必要があろう。
先述の通り、新型コロナウイルスの影響で、デューデリジェンスがこれまで通り完全に行うことができない上、感染の状況は流動的である。緊急事態宣言のような感染拡大防止措置も、特にタイのような新興国においては頻繁に変更・更新されることもあり、対象会社の事業の見通しが立てにくい。
そのような事態がM&Aの取引に直結するのは、契約締結からクロージングまでの期間に、対象会社の価値に大きな変動が生じる場合であろう。このような対象会社の価値の変動に対応するために、クロージングまでの対象会社の企業価値の変動を反映して、買収価格の調整を行う価格調整条項の利用が考えられる。
価格調整条項とは、通常、契約締結前の段階で入手可能な対象会社の情報を基に決定される買収価格と、クロージング日時点における対象会社の価値とを比較して看過できない差がある場合には、買収価格の調整を行うというものである。
さらに、クロージング後一定の期間における価値の変動や、対象会社の事業の不確実性によるリスクに対応するため、クロージングに支払う買収価格に加え、買収後における予め合意された目標の達成に連動して追加の金銭を支払う条項や、逆に一定の条件が成就しないことを理由に、譲渡価格の一部の返還を受けるという条項の利用も考えられる。
価格調整条項は、リスクを買主と売主のどちらが負担するかという問題であるが、いずれの場合も、条件の成就の有無で争いが生じないよう、具体的かつ客観的な条件を定めることが必要となる。
日本企業がタイの対象会社の全株式を取得し、またはその事業の全部を譲り受ける場合もあれば、それらの一部のみを買収する場合もあり得る。後者の場合には、他の株主との合弁契約(JV契約)が締結されることが一般的である。
これまでのJV契約においては、日本とタイとの間の往来が制限されることが想定されていない条項も多かった。例えば、タイで担当者が直接対面する取締役会や経営会議を開催することや、署名取締役をタイ側、日本側にそれぞれ定めて双方の署名を要するなどのケースである。 しかし今後は、新型コロナウイルスやその他の感染症により、人の往来が制限されることも考慮に入れ、条項を定める必要がある。
日本にいる取締役が簡単にタイに来て書類に署名することもできない事態が予想されるため、署名権限もタイに居住する者が単独で行うことができるようにしつつ、日本側からも適切に監督する体制(日本側への報告義務や一定の規模のものについては取締役会、株主総会による承認を経ることを求めるなど)を構築する必要がある。
この点、これまでタイでの取締役会や株主総会には、日本から担当者が来て参加することが当然とされ、その前提で条項も作成されていた。これは、タイの法律上、各構成員が同じ場所に集まって対面で開催されることが原則的な形態であったことにより、やむを得ないものでもあった。
しかし、今回の新型コロナウイルス感染拡大を受け、タイ政府も、一定の技術的な要件は満たす必要はあるものの、取締役会、株主総会についても電話・ビデオ会議での開催が認められるようになっている。
また、新型コロナウイルスやその他の感染症の感染拡大、またはその防止策に伴って、想定通りの業績が上げられない可能性もあり、最終的に合弁関係を解消する必要も出てくるであろう。それに備え、合弁解消時のメカニズムについても事前に十分協議する必要がある。この点、相手方のタイ人パートナーからすれば、合弁関係設立時にその解消に関する話をすることについて抵抗があるかもしれないが、これは粘り強く交渉をし、理解を求めることが必要であろう。
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の結果、全世界の経済が影響を受けており、日本やタイも例外ではない。そのような状況を受け、日本企業が関係するM&Aについて見てみると、2019年度内(20年3月末まで)を目指していたM&Aの取引は何とかクロージングをさせたものの、20年度については新規のM&Aを進めるという積極的な事業判断は現時点では難しく、大型のM&Aは減少傾向にある。
一方で、今後は資金繰りに窮する会社を救済する目的で、またはグループ会社間の再編・整理を目的として行われるM&Aも活発になる可能性はあり、現にそのような動きが見受けられる。
本稿は新型コロナウイルス流行期において特に問題となりうるM&A上の問題点を取り上げたものであるが、依然として新型コロナウイルスの広がりが落ち着いた後の世界については不透明であることから、その状況を注視するとともに、問題が生じた際には種々の事情を考慮し、慎重に対応する必要があろう。
アンダーソン・毛利・友常法律事務所 日本法弁護士
安西 明毅 氏
2004年弁護士登録。10年ペンシルバニア大学ロースクール(LL.M.)卒業。11年から2年間マレーシア・クアラルンプールの法律事務所(Zaid Ibrahim & Co.)及び日系金融機関にて勤務し、12年~13年までタイ・バンコクの法律事務所(Weerawong, Chinnavat & Peangpanor Ltd.)にて勤務。16年からアンダーソン・毛利・友常事務所のバンコクオフィス代表として、タイに駐在している。駐在経験のあるマレーシア、タイを中心に東南アジアに関する日本企業案件全般ほか、イスラム金融などの国際金融、証券取引、M&A、労務問題を中心とした企業法務を扱う。
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THAIBIZ編集部
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