革新政権が生まれたらタイはどう変わる ~8党合意と前進党公約を比較する~

革新政権が生まれたらタイはどう変わる ~8党合意と前進党公約を比較する~

公開日 2023.06.07

反軍政の革新派政党「前進党」が第1党に躍り出るという驚くべき結果だった5月14日の総選挙から早くも3週間が過ぎ、次期政権をめぐる水面下を含めた攻防が激しさを増している。前進党を中心とする次期連立政権構想には同党含め合計8党が参加することになり、5月22日には連立政権樹立に向けた政策で合意、覚書(MOU)を発表した。

このMOUには前進党の公約の目玉の1つだった「不敬罪(刑法112条)の改正」は盛り込まれない現実的なものとなった。しかし、軍政下で任命された上院の問題、第2党に甘んじた元タクシン首相派のタイ貢献党の不穏な気配と、前進党のピター党首のメディア株保有問題をにわかに問題視する動きもあり、本当に前進党首班の新政権が発足するのか予断を許さない。ここでは、8党合意と前進党の選挙公約を改めて確認することで、新政権に移行後のタイ経済がどうなるかを考える手がかりを提供したい。

FTIとの意見交換に臨むタイ前進党のピタ党首
前進党のピター党首(写真提供:タイ工業連盟

不敬罪改正は前進党単独で取り組む?

まず連立政権樹立を目指す8政党が5月22日に合意した政策は以下の23項目だ。

(1)直接選挙で選ばれた議員による新憲法起草

(2)同性婚法案の推進

(3)官僚制、警察、軍隊、司法の改革推進

(4)徴兵制見直し、戦時法制の制限

(5)南部国境県での和平維持

(6)地方自治体への財政権限の委譲

(7)汚職撲滅に向けた透明性の向上

(8)所得向上、格差是正、公正な経済成長確保による経済の回復

(9)事業を阻害している法律や規制の見直しと中小企業の資金アクセス改善

(10)アルコール飲料など全産業での独占禁止

(11)公正な土地保有と土地制度改革の促進

(12)生活コスト削減に向けた電気料金と発電システム再構築

(13)ゼロベース予算の実現

(14)全世代をカバーする公的福祉の拡大

(15)ドラック問題への緊急対策

(16)カンナビス(大麻)の麻薬リスト再掲載と規制法導入

(17)農畜産業の安全強化と農家への支援継続

(18)持続的水産業の促進

(19)労働者の人権改善と賃金の公平確保

(20)公的医療システムの拡充

(21)生涯教育のための教育制度改革

(22)大気汚染改善とネットゼロ達成に向けた温室効果ガス削減

(23)ASEANのリーダーの確立、世界の大国とのバランス維持に向けた外交政策

このうち、不敬罪の改正が盛り込まれなかったことについてピター前進党党首は首相に指名されるためには「連立政権する場合は上院と下院で少なくとも半数を超える議席数を獲得する必要があり、8党で313の議席を獲得したが、残りの議席はこれから上院議員と話し合う」と説明、「前進党は(不敬罪改正に向け)引き続き取り組む」と強調した。

前進党の選挙公約

一方、今回の総選挙における前進党の公約はどのようなものだったか。同党の公約は9分野、合計300の政策で構成されており、各分野の主要政策を紹介しておく。

(1)民主主義

・クーデターを防ぐための新憲法を制定

・現在の上院議員の制度を廃止

・軍事裁判所の廃止、軍隊規模の30~40%縮小、将官数の削減などの軍制改革

・王室への不敬罪を規定した刑法112条の改正

(2)福祉

・徴兵制から任意入隊制への変更

・最低賃金を450バーツに引き上げ、毎年賃上げする制度を導入

・高齢者手当を月3000バーツ、児童手当を月1200バーツに

・水道水の衛生水準を高め10年以内に飲用可能に

(3)地方

・県知事を任命制から選挙制に変更

・地方への予算配分増額、自治権の強化

(4)公務員

・腐敗問題を解決するため、政府に関する情報を公開

・勤続年数ではなく、成果に応じた昇進制度に変更

・警察内部の腐敗防止

(5)教育

・学生への制服強制を廃止

・教師の給与引き上げ

(6)農業

・土地所有権を国民に分配して不平等を解消、土地税制見直し、肥料費の負担軽減

・60歳以上の農家の債務救済など債務対策

・タイ産の原材料や加工品の海外輸出を支援

・ファームステイなど農業観光の推進

(7)環境

・2035年までに石炭火力発電所を全廃

・3年以内に農業残さの焼却処理(焼き畑)を禁止

・全国のごみ処理の新基準を策定

・地球温暖化抑制のための研究開発への予算増額

・微小粒子状物質(PM2.5)の基準を見直し、対策を効率化

(8)公衆衛生

・年1回の健康診断の無料化

・遠隔医療システムの開発

・医療関係者の労働時間短縮

(9)経済

・電動(EV)バス・トラックの普及促進

・電気自動車(EV)および同部品、急速充電ステーションなどのパワーエレクトロニクス産業を振興

・水素、風力、太陽エネルギーなど、再生可能エネルギー技術の研究を促進し、グリーンエコノミーを構築

・電力市場の自由化

・電気料金の引き下げ

・一般住宅への太陽光パネル設置を促進

・7年以内に全国のバスを電動バスに転換

・中小企業支援策として、社会保険料を補助、法人税引き下げ

・アルコールなど、市場における独占・寡占の防ぐための取引競争法改正

・タイの医療ハブ化やウェルネスエコノミーへの支援、グリーンツーリズム推進、クラビやサムイなどの観光都市を100%再生可能エネルギー都市化

・政府が管理するセックスワーカー合法化、カジノ合法化

・企業の温室効果ガスの排出削減策を強化、カーボン・クレジット市場拡充

・エネルギー安全保障を実現

・全国の公共交通機関で利用できる共通チケットシステムを開発、タイ全県を結ぶ電車を作る

このうち前進党が重点公約として挙げている15の政策には、最低賃金450バーツへの引き上げ、児童手当、高齢者手当、電動バス導入、電気料金の引き下げ、任命制の県知事を選挙制とすること、水道水の衛生水準を高め10年以内に飲めるよう整備すること、中小企業の顧客拡大を目指した経済政策などが含まれている。

FTIと最低賃金引き上げを協議

FTIとピタ党首による意見交換の様子
FTIとピター党首による意見交換会の様子(写真提供:タイ工業連盟

タイ工業連盟(FTI)によると、FTIは5月23日に、前進党のピター党首と同党経済チームなどと連立政権に向けた経済政策について意見交換した。FTIのクリアンクライ会長はタイの既存産業と「タイランド4.0」戦略における12のターゲット産業の推進、バイオ・循環型・グリーン(BCG)経済の発展、気候変動対策の推進などの戦略を説明。さらに、エネルギー価格、労働問題、中小企業の支援、持続可能な経済発展、法律の改善など課題に対する解決策などをを提言した。

一方、ピター党首は「産業部門が現代社会のニーズに応えられるよう、『Made in Thailand』から『Made with Thailand』とし、世界の製造業のサプライチェーンの中に入っていく」と強調。また、産業発展に向けた3つのコンセプトを提案した。

(1)強固な基盤(Firm foundation):高度なスキルを持つ労働力、技術や良好なインフラを保持

(2)公正(Fair):社会の格差を減らし、タイを高所得国にする

(3)急成長産業(Fast growing industry):研究開発の推進。例えば、電気自動車(EV)など成長トレンドにある新産業を推進し、テクノロジーとともにソフトパワーもの発展も促進する

また、ピター党首はタイ経済界が最も懸念している1日最低賃金を450バーツに引き上げるとの公約について、「賃金を引き上げる民間企業への対策も実施する。経済状況やインフレ率に応じて毎年賃上げをする制度を導入し、労働者のスキルを高め、スキルと所得が共に高まるようにする」と強調した。5月24日付バンコク・ポスト(1面)によると、同氏は「システムにショックを与える急上昇にはならないことを約束する。われわれは賃金引き上げは、経済成長、インフレ、労働者の効率性向上に基づかなければならないということで合意した」と述べ、すぐに450バーツに引き上げるわけではないとの認識を示した。

TJRI編集部

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