カテゴリー: 会計・法務
公開日 2016.05.31
FTAには、2016年2月に署名さ れたTPP(環太平洋経済連携協定)をはじめ、AJCEP(日・ASEAN包括的経済連携協定)、JTEPE(日・タイ経済連携協定)、そしてAEC(ASEAN経済共同体)の関税分野の協定であるATIGAなどがあります。具体的には物品貿易に関する関税削減・撤廃や、サービス貿易の自由化を実現する協定で、現在、世界中で300近くのFATが存在しているとされており、毎年増加を続けています。
中でも、ASEANにおいてはATIGAを利用することで、ほとんどの物品の関税率が0%になります。またASEANは中国、インド、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドなど周辺諸国とも 個別にFTAを締結することで、FTAのハブとしてのポジションを戦略的に築いてきました。
FTAの特恵関税率は、通常適用される最恵国待遇(MFN)関税率と比べて数%の違いにすぎませんが、「FTA関税が経営に与えるインパクトは甚大である」というところを説明していきます。
例えば、原価が税引き前利益の10倍となっている企業のケースを考えてみましょう。仮に3%の関税が一様にかかるとすると、支払うべき関税額は、税率30%の法人税額と同額になります。関税の税率はたかだか数%に過ぎないのに、インパクトは数十%の法人税に匹敵する。 これは、税引き前利益に法人税がかかってくるのに対し、関税はその10倍の原価に対してかかるためです(図表1)。
これだけの大きなインパクトを持つ関税であるのに、実務上、そのインパクトを意識しづらい側面があります。その理由には、まず関税は輸出入取引の都度、少しずつ生じており、かつ、関税額は場合によっては輸入品の原価に含まれてしまい、 会計上も把握しづらいこと。その一方で、 法人税は(事前納付制度もあるが)年度末に一括で納付され、この金額も財務諸表上に明確に記載されること。このように都度払いと一括払いの違い、会計上での表示の違いが挙げられます。
関税への意識が薄く、これまで経営アジェンダとはならなかったFTA関税活用による関税削減ですが、実際に当社で企業での活用状況を診断すると、多くの活用漏れが見つかっています。
以下は実際に企業の取引について診断した結果です(図表2)。
関税率が半分以下に下がり、年間で1億円以上のコスト削減に繋がるケースも多々あります。 これを営業利益に換算すると、数%から十数%の改善効果に匹敵することになるのです。
日々、生産プロセスの見直しや調達価格の見直しなどにより、数円単位のコスト削減を重ねていることと比べ、FTA関税によるコスト削減のインパクトは強烈です。逆にこれを活用しないということは、不作為により経営に重大な損害を与えているということにもなります。
「自社に限ってそのような不作為はないだろう」と思いたいところだと思いますが、さまざまな部門・拠点において、さまざまな国と原材料などを取引している場合、どこかしらでFTA関税の使い漏れが生じています。払う必要のない関税が気付かない間に、日々流出しているのです。
ここまで読んでいただいて、どちらの企業も、FTA活用による関税削減に今すぐ取り掛かかなければ、と思われるかもしれませんが、その前に3つの壁を越えなければなりません。
1.複雑かつ増殖し続けるFTA
現存するFTAは二国間あるいは多国間で複層的に構築されており、かつ複雑で、さらに毎年新たなFTAが締結され、その数は増え続けています。このような状況の中、自社のサプライチェーン上、どのFTAが活用できるのかを把握するのが最初の壁です。
2016年4月時点で、日本が締結しているFTAは15。これに加え、ASEAN諸国、中国、韓国など、独自に数多くのFTAを締結しています。さらに今後、TPPやRCEP(東アジア地域包括的経済 連携)、日・EUEPA(日・EU経済連携協定)なども加わってくることから、これを利用する企業としても世界中にいくつも存在するFTを常に把握し続ける仕 組みが必要となってきます。
2.煩雑な原産地証明書の取得手続き
第2の壁となるのが、FTA活用の条件となる原産地証明書の取得など、原産性の証明です。原産地証明書を申請するには、自社だけの対応ではなく、品目毎、商流に合わせてサプライヤーなどの協力も得る必要があります。輸入品の中には、メーカーから直接輸送されてくるものだけでなく、製品によっては間に商社が介在していたり、委託製造先が入っているケースがあります。これらの取引に関わるプレーヤーの協力を得て、部品表から付加価値額を計算し、原産地証明書の発行申請をするなど、さまざまな手間がかかります。また、原産地証明書の発行手続や様式は個別のFTA毎に規定されており、品目によって原産性を認められる条件もFTA毎に異なります。
このように、FTA毎に異なる手続・様式や条件を把握する自社の仕組みを構築するとともに、サプライヤー側にもFTA関税に対応するための仕組みを構築してもらうことが必要です。
3.非連続に変化するFTA関税率
FTA関税率が毎年、非連続に変化することが最後の壁です。同じ輸出国・輸入国の組み合わせであっても、品目によっては活用すべきFTAが入れ替わるため、単年度の対策では終わりません。
例えば、日本とタイとの間には「AJCEP(日ASEAN包括的経済連携協 定)」と、「JTEPA(日タイ経済連携協定)」の2つのFTAがあります。関税分類コード3902・90「プラスチック一次製品:オレフィンの重合体」の場合、2016年まではAJCEPに基づく関税率のほうが低い。しかしながら、17年にはJTEPAの方がこれを下回ります(図 表3)。
年により、活用すべきFTAが変化しますので、1回限りの取り組みでなく、継続して最適なFTAを選択していく仕組みを、自社のオペレーションの中に取り込まなければなりません。
もう一例として、関税分類コード8707・10「自動車ボディ」の場合、18年まではJTEPAに基づく関税率のほうが低く、18年以降 はAJCEPとJTEPAは同率となりますが、注目すべきは、タイと中国・オーストラリアとのFTAで、関税率は0%となっている点です。
冒頭でも申し上げた通り、 ASEAN域内での国際貿易においては、ATIGAを活用することで関税率はほぼ0%になっており、既に利用されている企業も多いかと思います。しかし、日本、韓国、中国、インドなどといったASEAN域外との取引においては、一度しっかりとFTAを確認されることをお勧めし ます。頻度や額にもよりますが、ひとつの目安として品目当たり年間100万円以上の取引がある場合、チェックする意味があると考えています。
FTAの活用にあたっては、原産地証明の取得など、自社だけでなくサプライ ヤーやOEM先、商社といった取引先の協力が必要であり、初期導入時にはそれなりに負担を感じるかもしれません。しかし、日常のオペレーションの中にFTAの関税率を確認する作業をルーティンとして組み込むことができれば、負担は軽減されます。
一回限りの対応に終わらず、FTA活用を自社の業務に取り込んでしまうことで、継続的なコスト削減を図ることに繋がるはずです。また、FTAは数年先まで関税率が明示されていますので、投資計画にも反映しやすいと思います。
TPPをはじめ、今後もますます増加していくことが見込まれているFTA。各国政府が貿易投資を拡大させることを狙って作り上げた制度ですので、これらFTAの特典を最大限活用してビジネスを拡大することが、企業に求められているのです。
調達先の選定、あるいは生産拠点の新増設を行う際にも、FTA関税を見る必要があります。例えば、エアコンの輸出を行う電機関連会社を事例に、ASEANとASEAN域外との取引を見てみましょう(図表4)。FTAを活用しない場合はもちろん、高関税率が適用されることになりますが、組み立てた場所、そこからどこに輸出するのかによって関税率は変わってきます。関税率数パーセントの差と侮ってはいけません。関税が5%高いということは、所与の条件として原価が5%高く設定されているのと同じになるのです。
どこから部品や材料を仕入れ、そして、それをどこで組み立てれば最適化できるのか、年を追ったFTAの適用関税率を見比べ、「調達戦略」と「投資戦略」の両面から検討していく必要があるということです。
西村健吾
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