ドリアンが中国との経済関係を強化 ~タイ農業のさまざまな形~

ドリアンが中国との経済関係を強化 ~タイ農業のさまざまな形~

公開日 2023.07.11

TJRIニュースレターの6月27日号から連載を始めた「日本の食農スタートアップ紹介」は、2014年から4年ほど農業誌の編集長をやっていた筆者にとって、いろいろと印象深いものがある。当時は日本でもスマート農業、IT農業という言葉が広まり始めていたころで、各種センサーによる水田の水管理や土壌成分の分析、ハウス栽培や植物工場での温度・湿度管理、ドローンによる施肥、自動運転農機のトライアルなどが全国各地で始まっていた。しかし、日本国内での国の補助金ありきのプロジェクトが多く持続可能性は極めて不透明だった。

しかし、今回のピッチに登壇したタイ進出を目指す農業スタートアップは単に日本国内の農業補助金に依存するレベルを超え、グローバルマーケットでの展開にも期待を抱かせるものだ。ただ、農業の世界は本来、極めて各地の社会構造など土着的な要素が強く、農業現場・コミュニティーの実態を知らないと何が真のソリューションになるのか分からない。特に農業大国タイの農産物は実にバラエティーに富んでおり、各農産物別のソリューションが求められるだろう。

中国人はタイ産モントーン種が好き

「Sino-Thai(中タイ)関係の発展に関して言えば、すべての地政学的要因、ロシア・ウクライナ戦争や複雑化する米中対立などの問題ですら、すべて無視すべきだ。テーマはドリアンであり、それは長年の両国関係の風向計となってきた。・・・50年間の中タイ関係の本質とも定義される」

4日付バンコク・ポスト紙(9面)は「ドリアンが中タイ友好関係を強化する」というタイトルのユニークなオピニオン記事を掲載した。同記事によると、雲南社会科学アカデミーのYu Haiqiu教授は、タイ産ドリアンは20年以上前に、中国南部の雲南省や広西チワン族自治区と、ベトナムやラオスとの国境貿易を通じて、中国人に紹介されるようになったと指摘。中国は1958年以来、これらの南部各県で「フルーツの王様」とも呼ばれるドリアンの栽培を始めたが、うまくいかず、過去20年間で地元消費用でドリアンの栽培ができたのは海南島だけだったという。

タイ産ドリアンの専門家であるYu教授は先日開催されたタイ・中国の経済フォーラムで講演し、中国人がなぜ、特に「モントーン (Monthong)種」のタイ産ドリアンが他の品種よりも好きなのかについて、「中国の消費者はその黄色の色味と、ソフトでクリーミーは食感が好きだ。タイ人が好む歯ごたえのあるドリアンは好きではない」とした上で、モントーン種は暖かいアイスクリームを食べているような食感だと説明した。そして、モントーン種は過去20年の間に、中国のドリアン市場の独占的品種になり、タイ産ドリアンは今や年間生産量の91%が中国向けに輸出されているという。

中国のドリアン輸入の9割超はタイ産

タイと中国の友好関係の肝となっているドリアン

なぜドリアンがタイ中関係の発展にとって重要なのかについて、同記事はまず、中国政府が生鮮ドリアンの中国向け輸出を認めた最初の国がタイだったからだと指摘する。東南アジアの他の国もドリアンを生産しており、どの国も中国への輸出を望んできたが、長年、中国はタイ産以外の輸入を許可していなかった。このため中国の消費者はタイ産のモントーン種を好むようになったという。ただ最近になって、中国政府はベトナム産、フィリピン産の生鮮ドリアンの輸入を許可し、特に国境貿易で輸入されるベトナム産はその距離的近さと価格のメリットで、人気になりつつあるという。しかし、マレーシア産の高級ドリアンとして知られる「猫山王」を含め、インドネシア産、カンボジア産、オーストラリア産などはいまだに冷凍品しか輸入は許可されていないという。

2022年の中国のドリアン輸入量は82万5000トンで、このうち94.5%に相当する78万トンはタイからの輸入だった。また、2022年の中国の外国産果物輸入額は146億ドルで、このうちタイ産ドリアンの輸入額は40億ドル(120万トン)を占め、中国の全外国産果物輸入額でもトップになったという。しかし一部の業界関係者は、タイの次期政権が異なった外交政策を採用した場合、中タイ関係に亀裂が入る可能性があると懸念しており、特にタイ産果物に中国が何らかの規制を課した場合には、タイの農業部門に破壊的な打撃をもたらす可能性があると警告している。

ジャック・マー氏の訪タイのインパクト

同記事によると、中国でモントーン種のドリアンの需要が急拡大する中で、タイの果樹農家は従来のコメやトウモロコシなどの主力の商業作物に代わってドリアンを栽培するため新しい農地を探している。タイ国内のドリアンの主要産地は従来、チャンタブリ、トラート、ラヨンの東部3県に集中していたが、今やタイのほぼ全県がドリアンを栽培しているという。筆者も昨年、トラートを旅行した時に、大規模なドリアン農園があちこちに広がっている光景に驚いた。タイの農業部門は、タイ産ドリアンの中国向け輸出は現在の300万トンから、数年後には800万トンまで急増すると予測をしているという。さらに、ドリアンの輸出先を欧州、中東、中南米にも拡大、分散化する動きもあるという。

ただ同記事は、こうした目標達成に向けた課題は多いとも指摘する。それは「品質」「ブランディング」「パッケージング」「ロジスティクス」などだという。また、東部チャンタブリや南部チュンポンの輸出基地から出荷され陸路で中国に到着するまで5~7日かかるが、最近は収穫作業を早める傾向があり、中国の消費地に到着した時にはまだ熟しておらず、食べごろではないケースも増えているという。さらに、中国の市場では偽のタイ産ドリアンが出回るようになっており、ブランディングがより重要になっているほか、ベトナム産、フィリピン産という新たな競合も生まれつつある。

個人的にはまだ苦手なドリアンだが、中国へのドリアン輸出の動向にはずっと関心を持ってきた。それは初めてタイに赴任した直後の2018年4月中旬、中国の電子商取引(EC)最大手の阿里巴巴(アリババ)集団の創業者、馬雲(ジャック・マー)氏(当時会長)がタイを訪問し、バンコク中心街のホテルで開催した記者会見が強いインパクトを与えたからだ。この時、同氏は中国人に人気のドリアンをアリババ傘下のECサイトに本格的に投入すると発表、実際、ECでのドリアンの売り上げは販売開始直後から急増したと報じられた。

タイの主要輸出産品は、近年は自動車・同部品やコンピューター関連などの電子製品のイメージが強い。しかし、伝統的にはコメや水産物、砂糖、キャッサバなどの農産物だ。これに過去数年、ドリアンが一気に主力輸出産品に加わった形だ。ちなみにドリアンの世界の輸出市場におけるシェアでもタイが9割を超えている。2021年12月に開通したラオスの首都ビエンチャンと同国の中国国境の町ボーテンを結ぶ「ラオス中国鉄道」の貨物輸送でも、タイから中国向けの輸出品の中でドリアンが主力商品になりつつある。ドリアンがタイと中国の経済関係にどれほどのインパクトを与えつつあるのか分からないが、少なくともタイにはまだまだ世界にアピールできる農産物がたくさんあるとは実感できる。

THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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