カテゴリー: 自動車・製造業, バイオ・BCG・農業
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2023.06.27
日本とタイの企業が協業し、新規事業の創出機会を探るTJRIビジネスミッションは6月21日、タイで今最も注目されている新興企業であるエナジー・アブソリュート(EA)の工場を訪問した。ミッションの詳細は改めて紹介する予定だ。同社の創業社長ソムポート・アフナイ氏は、2006年にパーム農園を買収してバイオディーゼル燃料事業をスタートさせてから、太陽光・風力の再生可能エネルギー事業、さらに電気自動車(EV)、バッテリー事業と最新トレンドビジネスに矢継ぎ早に参入。老舗財閥ファミリーと伍して、タイの最新長者番付の6位に入る今や立志伝中のビジネスマンだ。そのビジネスモデルはそれこそタイ政府が推進するバイオ・循環型・グリーン(BCG)経済戦略にもマッチしている。
バンコクで日々生活し、街を歩いていると、ひそかに急速な変化が起きていることに気が付く。その1つが過去1年ほどの間に、市内を走るバスが、窓やドアを開け放して黒煙を吐いて走行する老朽化したバスに交じって鮮やかな青色の真新しいバスが増えていることだ。これが、EAが製造する電動バスだ。また、EAは2020年にチャオプラヤ川の水上バス運航会社を買収し、電動ボートでの営業運航も開始している。
今回初めて、EAグループのバッテリーと電気自動車(EV)の製造工場を見学し、さまざまな意味で感慨深いものがあった。タイの経済成長をけん引してきたのは自動車産業で、これまでは自動化やち密な製造技術、生産工程管理に象徴される日系自動車メーカーの独擅場だった。しかし近年、中国の自動車産業の勃興、世界的なEVシフトのトレンドとともに、中国の自動車メーカーがタイにも次々と参入。このため、タイの自動車製造現場も急速に変わりつつあるのだろうとは思っていた。その意味でもEAのEVバス、EVトラックの工場見学を楽しみにしていた。
10年以上前、中国湖南省長沙市にある建機大手、三一重工(SANY)の工場を取材する機会があった。中国の高度経済成長真っ盛りの時期でもあり、世界の建機市場でも1986年創業のSANYが急速に台頭していた。大型建機をすべて自社で製造しているのかが関心だったが、クレーンなどの建設機械部分は自社製造だったが、車台部分は日系など外国の大手トラックメーカーから提供を受けていた。
そして、今回のEAと関連会社NEXポイント(NEX)合弁でバス・商用車生産を手掛けるアブソリュート・アセンブリー(AAB)の工場見学で最も気になったのは、どこまで自社で組み立てをしているのかだった。わずか2年前にバス・商用車生産に参入したばかりであり、当時のSANYのように車台部分はすべて外国メーカーから提供を受けているのではと思っていたが、そうではなく、中国などから部品を取り寄せ、この工場内で組み立てているようだった。日本の自動車メーカーが長年積み上げてきた精緻な製造技術・工程はEVだから必要ないのかは良く分からなかった。参入2年でバスやトラックが製造できるようになるものなのか。そこには新たな製造技術の革新があるのだろうか。
6月18日付バンコク・ポスト紙(ビジネス2面)によると、エナジー・アブソリュート(EA)の戦略・投資担当執行副社長のワス氏は、EAが「モーターとトランスミッションのメーカーとのEV部品開発のための共同投資を計画している」ことを明らかにした。タイ国内でのEV製造を促進し、EV完成車の輸入を減らすタイ政府の政策が後押しになると期待しているという。バイオディーゼル生産から、太陽光など再生可能エネルギー、そしてEVとバッテリー市場への新規参入と突き進んできたEAの戦略に迷いはないようだ。
一方で、アジアを中心に電源を化石燃料に大きく依存している国では、EVへの全面シフトが本当に温室効果ガス削減に効果があるのかといった疑問が静かに広がっている。そうした中で、今年1月24日付の当コラムでも紹介した「カーボンニュートラルのための国産バイオ燃料・合成燃料を推進する議員連盟(バイオ燃料・合成燃料議員連盟)」(会長:甘利明・自民党前幹事長)は6月1日、7項目から構成される日本政府への提言(案)をまとめた。そこではまず、「化石燃料からの脱却や炭素循環への取り組みは急務」とする一方、「ロシアによるウクライナ侵略やエネルギー価格・物価の高騰などの動きを受け、国産、準国産のエネルギーに対して関心がかつてなく高まっている」と背景を説明した。
その上で自動車分野での脱炭素化の取り組みとしてEV化が進められているが、世界でも「中古車を含む保有車両全体では大半がエンジン車だ」と指摘。先日のG7広島サミット及び閣僚会合のコミュニケでは、「G7の歴史初めて新車販売の15倍超に上る世界全体の保有車両からのCO2排出を削減していくことの重要性が認識された」と強調。「保有車両の脱炭素化に向けては・・・バイオ燃料や合成燃料を含む、持続可能なカーボンニュートラル燃料の促進も一つの道筋であることが共通理解となった」と訴えた。そして水素と二酸化炭素を原料として製造される合成燃料(e-fuel)は既存の石油インフラをそのまま利用可能だとそのメリットだとした上で、「e-fuelの本格導入までの移行期においては、バイオ燃料の積極的な導入によって燃料の脱炭素化を進めていくことも重要である」と強調している。
さらに「航空機分野では国際民間航空機関(ICAO)によって国際航空分野におけるCO2排出抑制の動きもあり、SAF(持続可能な航空燃料)の利用が急拡大していくことが見込まれる。他方、我が国は現状、SAF及びその原料となるバイオマス資源の大半を海外からの輸入に依存している。今後、国産SAFの生産能力を拡充するとともに、農業・林業分野、意欲のある自治体等の多様なステークホルダーとも連携しながら、資源用作物を含む国内の未利用のバイオマス資源を最大限利用し、SAF用原料の国内調達比率の向上に向けて取り組むことが重要である。あわせて、海外におけるバイオマス資源の権益の確保を通じて、東南アジアや南西アジア、アフリカなどの地域との連携を深めてゆく必要もある」と宣言している。
こうした合成燃料とバイオ燃料の普及促進の背景を説明した上で、同議連は7つの提言をまとめた。主なものは以下の通りだ。
・「e-fuelの商用化は予算確保などを通じ、現行の2040年までとしている目標を大幅に(少なくとも5年~10年程度)前倒しする」
・「e-fuelの国際的な認知度向上・市場拡大に向けて、米国・ドイツ等の国々や、再生可能エネルギー・水素ポテンシャルのある国々とアライアンスを組む」
・「最も重要な自動車分野の保有車両全体の脱炭素化を進めるという観点では、バイオ燃料の導入比率の引き上げやe-fuelを社会実装するための製造、流通、価格転嫁とインセンティブといった一連の政策パッケージを早急に提示することを通じて、ニーズや地域特性に合わせてEVやe-fuel・バイオ燃料を利用する内燃機関を選択できる可能性を示す」
・「SAFを含むバイオ燃料の原料について、国内調達あるいは海外における権益の確保を進めるとともに供給サイドと需要サイドの連携による安定的なサプライチェーンを構築するために、バイオマス資源の国産・準国産モデルの構築に向けた技術開発や実証・実装に取り組む」
既にバイオエタノールとバイオ燃料が普及しているタイでは、政府のEVシフト加速方針もあり、バイオ燃料メーカーはバイオ燃料の将来に限界を感じ、他の高付加価値製品へのシフトを模索している。バイオディーゼル製造から創業したEAもその1社であり、EVエコシステムの構築を急いでいる。そうした中で、いったん捨てたバイオ燃料を再導入しようとしている日本の動きをどう捉えれば良いのだろうか。ただ、同議連が主張する現在の走行車両の脱炭素化対策には説得力がある。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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