カテゴリー: 自動車・製造業
連載: 編集部の視点で読み解く
公開日 2025.08.08
タイの電気自動車(EV)市場は現在、中国メーカーによる価格競争などを追い風に急成長している。しかし、今年6月には中国EVメーカー「NETA」の破綻が報じられ、アフターサービスや信頼性の課題が浮き彫りとなった。本稿では、こうした背景を踏まえ、タイEV市場の政策対応と信頼構築の方向性を考察する。
目次
タイの自動車産業は、経済状況の悪化や金融機関による融資の厳格化などが原因で景気が低迷中だ。今年1〜5月の国内新車販売台数は前年同期比3.2%減だった※1。
※1 経済紙ターンセタキ(6月19日)
一方、中国メーカーの自動車登録台数は増加しており、特にBYDが2万538台(同+59.2%)、MGが9,106台(同+19.4%)、長城汽車(GWM)が5,439台(同+48.5%)と、主要3社において顕著となっている(図表1)。
タイのEV市場は、中国メーカーが参入した2023年から成長が続いており、タイ工業連盟(FTI)によると、今年1〜5月のバッテリー式電気自動車(BEV)の新規登録台数は5万3,955台と前年同期比で22.85%増を記録。
この背景には、手頃な価格設定に加え、ガソリンより電力が安価なタイのエネルギー事情がある。各社が定期的に新製品を投入していることや、ASEAN地域のEV生産拠点を目指すタイ政府による支援策も大きく寄与したと言えるだろう。
このように中国メーカーが中心となり成長を続けるEV市場だが、すべての企業が成功を収めているわけではない。
今年6月、タイ市場に進出していた中国のEVスタートアップのNETA(哪吒)が深刻な財政問題に直面し、親会社である合衆新能源汽車(Hozon Auto)は組織再編と新たな投資家を探しているというニュースが報じられ、タイ社会に大きな動揺を与えた。
今年1〜5月のNETAの販売台数は、前年同期比48.5%減※2。タイ市場シェアはピーク時の12%から4%に低下し、月間販売台数は約250台、合計1,256台にとどまった。
※2 バンコク・ポスト(7月4日)
当初は、2025年までに「年間販売1万台」「BEVセグメントでトップ2入り」「タイを輸出拠点に」という目標を掲げていた同社。なぜこのような事態に陥ったのだろうか。破綻の背景には、戦略ミスだけでなく、急成長に対する備えの甘さがあったと見られる。
NETAは、2021年12月1日にNeta Auto(Thailand)としてタイに進出を果たした。わずか4年後の2024年2月には、主要モデルである「Neta V-II(値下げ前で54万9,000バーツから)」の現地生産を、バンチャン・ゼネラル・アセンブリー(BGAC)工場で開始した。
しかしその裏で、2023年時点で18億バーツもの深刻な財政赤字に陥っていたことが判明。加えて、ディーラーの販売撤退や顧客の部品待ち、多数のサプライヤーへの未払いなども複数のメディアにより次々と報じられた。今年6月には「EV3.0」政策での生産義務も達成できず、政府補助金が停止となった※3。
※3 バンコク・ポスト(6月17日)
また、中国国内での激しいEV競争に勝てなかったことも大きな要因だ。2022年に中国での販売台数は15万台を超え、前年比118%増の成長率を記録していたものの、2024年1〜9月は5万3,853台と急減し、同期目標の30%にも満たなかった※4。
※4 タイ紙PPTVHD36(2024年11月8日)
2023年以降、国内販売が右肩下がりであったことから、同社は本国市場でかなり厳しい競争に直面していたとみられる。
中国EVメーカーは現在、「EV3.0」および「EV3.5」で義務付けられた国内生産比率を達成すべく、過剰生産と値下げによる販売促進を進めている。タイ市場でもEVの競争は激化しつつある。
一方、NETAの破綻で浮き彫りになったのは、親会社の安定性やアフターサービスの質といった、ブランドの信頼性だ。とりわけアフターサービスへの不満が多く、NETA車に関する苦情は220件を超えた(2025年6月26日時点)※5。
※5 タイ消費者評議会(TCC)(6月26日)
その主な内容は、①自動車の中央処理装置(CPU)の不具合、②サービスセンターの閉鎖、③部品不足、④長期の修理待ちなど。SNSでは、一部のサービスセンターが契約を打ち切り、定期点検は受け付けても部品交換や修理対応は拒否する方針を示したとの声もある。消費者からは「事故を避けながら使うしかない」といった不安の声も上がっている。
タイの消費者はEVを購入する際、既存ブランドにこだわらず、新しいブランドを選ぶ傾向が強い。クルンシィ・リサーチが818名に行った調査によると、自動車ユーザーの約72%が「EV購入を検討する際、ブランドの変更に関心がある」と回答しており、彼らはEVを従来の自動車とは異なる「新しい製品」と捉えていることがわかった※6。
※6 クルンシィ・リサーチの報告書「電気自動車:需要と今後の機会」(2022年3月7日)
そのため、低燃費かつ最新技術を備えた車種が歓迎されやすく、価格重視の姿勢も目立つ。NETAも「美しく、モダンで、手頃な価格のEV」として、こうしたニーズに合致していた。
しかし実際には、多くのユーザーがサービス体制や保証、部品供給、親会社の経営状況といった「信頼性」に関する情報を十分に把握していなかった可能性がある。今回の一件を経て、EVを短期的な選択肢ではなく、長期的な投資対象と捉える意識がタイの消費者の間で広がりつつある。
タイ政府は、EVの普及促進に向けて「30@30」目標を掲げ、奨励策を通じて国内生産の義務付けを進めている。実際にNETAの問題を受け、計画未達の事業者には警告や強制措置を発表したが、今後は消費者やディーラー、部品供給業者といった現場レベルの保護策も強化する必要があるだろう。
NETAのケースは、生産・サービス体制が未整備のまま価格競争に突入したことで、サプライチェーン全体に混乱を招いた。これは、急成長を追う中での“信頼”の軽視がもたらした教訓でもある。
今後のEV市場では、「新しい技術」や「手頃な価格」に加え、企業の継続性や制度遵守への信頼も問われる時代に入っている。NETAの破綻を通じて、ユーザーは親会社が中国市場の激しい競争を勝ち抜く力を持っているかどうか、その動向を含めて見極める重要性にも気づかされたはずだ。
サービス体制や経営基盤を含む「信頼」の構築が、EV市場での成長において欠かせないという視点は、今後さらに重みを増していくだろう。
THAIBIZ編集部
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