
連載: 編集部の視点で読み解く
公開日 2026.10.09
ホンダ・オートモービル(タイランド)の日本人CEOがSNS動画に出演し、タイ語で消費者に語りかける。マツダ・セールス・タイランドの社長が、YouTubeの自動車番組で自らハンドルを握る。いまタイでは、経営トップが「企業の顔」として表舞台に立つ動きが広がっている。なぜ経営者は発信するのか。タイで広がるCEOブランディングから、その狙いと経営戦略を読み解く。
かつて企業から社会への情報発信は、企業広報を介した新聞やテレビなどのメディア露出が一般的で、経営トップは記者発表など、重要な場面でしか表舞台に姿を見せない存在だった。しかし近年は、SNSや動画配信の普及によって、経営者自身が消費者や社会に直接語りかけることが容易になった。
こうした環境の変化とともに広がっているのが「CEOブランディング」だ。経営トップ自身が企業の顔となり、その言葉や姿勢を通じて企業のビジョンや価値観を伝えていく取り組みを指す。
例えば化粧品ブランド「Srichand(シーチャン)」を率いるラウィット・ハンウッサハCEOは、ポッドキャストなどを通じて自身の考えや経験を積極的に発信。チャロン・ポカパン(CP)グループも、経営トップが動画メディアなどに出演し、自社の事業戦略や将来像について自ら語っている。タイのビジネスメディアは、多くのタイ企業がCEOブランディングに注力し始めていると分析している※1。
企業の理念やビジョンは、公式サイトや広告、広報活動を通じても発信できる。それでも経営者自身が語る意味はどこにあるのか。その一つが、企業の方針だけでなく、その背景にある考えまで伝えられることだ。「なぜこの事業に取り組むのか」「経営する上で何を大切にしているのか」。経営者が自身の経験や問題意識とともに語ることで、抽象的になりがちな理念やビジョンにも、「人間味のあるストーリー」が生まれる。経営者という「人」を通じて企業の考えを伝えることで、企業にも「顔」が見えてくる。
こうしたコミュニケーションが、CEOブランディングによる広報の特徴だ。だが、企業が経営者の「顔」を見せる理由は、情報をより深く伝えるためだけではない。
いま企業がCEOブランディングに力を入れる大きな理由が、消費者や社員、取引先など、さまざまなステークホルダーとの「信頼構築」だ。経営トップ自身が社会との接点となり、その人柄や考え方まで伝えることで、企業との心理的な距離を縮め、より長期的な関係を築くことができる。CEOブランディングは、企業を知ってもらうための広報活動にとどまらず、さまざまなステークホルダーとの関係を築くための経営手法としても活用されている。
消費者にとって、経営者の顔や考えが見えることは、商品の背景にある企業の姿勢を知るきっかけになる。社員にとっては、自社がどこを目指し、何を大切にしているのかを理解する機会になる。取引先やビジネスパートナーにとっても、その企業と長期的な関係を築けるかを判断する材料の一つになる。そうするとCEOブランディングは、BtoC企業だけでなく、BtoB企業にも関わるテーマになる。
さらには、経営トップの発信は、企業選びという場面でも意識されている。タイの人材関連プラットフォーム、ワークベンチャーが発表した「2026年企業ブランド・採用戦略スーパートレンド」では、「経営トップのイメージやビジョン、発信が就職先への応募判断に影響する」と回答した割合が、Z世代で63%、Y世代で68%、X世代で74%に上った(図表1)※2。企業の知名度や給与などの条件に加え、「誰が率いている会社なのか」「何を目指しているのか」も、企業を見る際の判断材料になっていることがうかがえる。

こうしてCEOブランディングは、「企業をどう伝えるか」という広報の領域から、ステークホルダーとの関係づくりや人材獲得にも関わる経営の領域へ、その役割を広げている。
CEOブランディングの動きは、タイの日系自動車メーカーにも見られる。ホンダ・オートモービル(タイランド)の岩波浩司CEOは、自社のFacebookなどに掲載される製品プロモーション動画に自ら出演。2026年の「ビッグ・モーター・セール」で新型「シティ」を紹介した動画では、平易なタイ語を交えながら消費者に語りかけた※3。SNS上では、その親しみやすい姿勢に好意的な反応も寄せられた。
また、本号の特集で登場したマツダ・セールス・タイランドのティー・プームポンパン社長も、公式な発表の場だけでなく、YouTubeの自動車レビュー番組などに出演※4。自ら運転しながら製品について語り、豊富な商品知識と親しみやすいコミュニケーションで消費者との接点をつくっている。競争環境が変化するタイ市場で、製品だけでなく「誰が、どんな考えで事業をしているのか」を伝えることは、日系企業にとっても自社の価値を示す一つの手段になりうる。
一方、経営者という「人」を起点に信頼を築くからこそ、日系企業には特有の課題も生まれる。日本人駐在員が経営トップを務める企業では、数年ごとに帰任や人事異動がある。経営者個人への支持が高まっても、交代によってそれまで築いた関係が途切れてしまえば、企業にとっての資産にはなりにくい。
そこで重要になるのが、経営トップの発信によって築いた関係を、次の経営者や組織へどう引き継ぐかという視点だ。そのための方法として、例えば次のような取り組みが考えられる。
経営者個人の意見と企業の公式見解との線引きなど、発信に伴うリスク管理も必要になる。経営トップの交代を前提としながら、一人の経営者が築いた信頼を次へつなぎ、企業そのものに残していけるか。タイの日系企業がCEOブランディングを取り入れる上では、そこまで含めた設計が求められる。
参考
注)各タイトルの日本語訳はTHAIBIZ編集部によるもの

THAIBIZ編集部
サラーウット・インタナサック / 和島美緒
