ArayZ No.116 2021年8月発行タイ農業 振興への道筋
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カテゴリー: 特集
公開日 2021.08.09
世界に冠たる農業大国タイ。しかし現実は多くの課題を抱え、将来その地位は揺らぎかねない。タイの農業がはらむ課題を解決しようと、政府や企業も様々な施策を進めている。
今回は味の素、クボタの取り組みを通してタイの農業の問題点、可能性を探るほか、リブコンサルティングから将来シナリオなどを提示する。
目次
バンコクから地方へ少し足を延ばすと、豊かな田園風景に出合うことも珍しくない。
熱帯モンスーン気候に位置し、年間を通して気候が温暖な上、山岳地帯が少なく土地が平らで国土面積の約4割が農地と言われ、さらにタイを縦断するように流れるチャオプラヤー川流域には肥沃な土壌が広がっている。
その結果、コメの生産量は世界8位、サトウキビは同3位、キャッサバは同3位(いずれも2019年、FAOより)など、世界有数の生産量を誇る。そしてドリアンやマンゴーなどの南国特有の果物も高い人気を誇る。
タイで第一次産業に携わる人口は約1300万人と全就業者の3割近くを占める。日本の136万人(農林水産省、基幹農業従事者数)が全就業者数6676万人の3%にも満たないのと比べると、タイにおける農業の存在の大きさが分かる。
しかし、そのタイの農業も過渡期を迎えている。タイの作付面積1位を占め、過去長きにわたって君臨してきたコメの輸出量世界1位の座は揺らぎ、近年はインドやベトナムの下に甘んじる年もある。
あれほどの人口が携わっているにも関わらず、GDPに占める農業の割合は低下傾向にある。都市化が進む中、農業に従事する人口も減り、農家の高齢化も進んでいる。
タイでは新鮮で多種多様な果物が手軽に手に入るが、一方でそれらは日持ちしない側面もある。一極集中が進む一大市場バンコクへ向けて各地から果物、野菜が集まるが、バンコクに至るまでに廃棄されているものも少なくない。タイの果物、野菜の付加価値を一層高めるためには、流通を考慮した加工食品の開発も必要となる。
ジェトロ・バンコク事務所製造産業部ではタイ政府からの依頼を受けて、昨年から日タイ食品加工事業における産業振興・企業交流支援を実施。バンコクでの関連セミナーや、オンラインによる日タイ関連企業の商談会を行った。日本企業が持つ食品加工技術でタイの農業、食品産業の強化が期待されている。
ジェトロバンコク事務所では今後も日本企業とタイの農業、食品産業の結びつきを強めるべく関連事業を推進していく予定だ。
味の素®の主成分はグルタミン酸ナトリウム。その原料は各国で異なるが、バイオサイクルという考え方に基づいて生産しており、タイではタピオカスターチ(キャッサバから作られたでん粉)と粗糖(サトウキビの絞り汁より精製)が原料に使用されている。全量をタイで調達しており、タイの農業と密接に関わっている。
Ajinomoto Co., (Thailand)Ltd.
味の素初の海外工場としてサムットプラカーン県に1960年4月設立。同年からタイでうま味調味料「味の素®」のほか、1979年から風味調味料「Ros Dee®(ロッディー)」、1993年から缶コーヒー「Birdy®」(いずれもシェア1位)などを展開。
FD GREEN(THAILAND)Co., Ltd.
2001年12月設立。Birdy®などの原料を農家から購入し、味の素へ販売。バイオサイクルに基づいて、味の素の工場から出る副生物を肥料や飼料としてタイの農家に販売。最も多い副生物はAmiAmiと呼ばれる液体肥料で年間16万㎘。
タイ味の素はこれまで、味の素®を作る過程で出た副生物を肥料として農家に販売し、農家が育てた農作物を原料として購入することでタイの農家を支援してきました。
しかし、昨年6月から従来の活動よりギアを一段上げて、タイの農業の持続性を見据えた活動へと拡大しました。それがASV(Ajinomoto Group Shared Value)プロジェクトです。
食と健康や環境対策など4つあるミッションの中で私がリーダーを務めているのが、タイの農家への貢献を目指すミッション〝Thai farmer better life partner〟です。
タイの農業は様々な課題を抱えています。一つは貧困です。人口の40%ほどが農業に携わりながら、GDPに占める割合は約8%に留まっています。ドリアンやマンゴーといった付加価値のある農作物はごく一部で、多くは収益性の低いコメやサトウキビ、キャッサバなどです。
情報の入手においても不利な環境にあります。タイの人は皆がスマートフォンを所有していると言われますが、実際の農家は、スマートフォンは電話機能だけを使っていて、インターネットはあまり使われていません。
計画性のない転作(同じ農地でそれまでと異なる農作物を生産すること)も行われています。粗糖の市場価格が上がればサトウキビ、スターチの値段が上がればキャッサバと、その時の価格で転作を繰り返すため、ノウハウが蓄積されず、生産性も高まりません。
多くの大学で農業に関する技術開発が行われていますが、せっかく良い技術があっても農家へ普及させる社会実装が行われておらず、研究のための研究になっているケースもあります。
他にも土壌の劣化や残留農薬、後継者不足などの課題もあります。
そういった様々な課題を抱えているタイの農業ですが、弊社がタイ全土ですべての農作物に対して活動するには十分なリソースがありません。ターゲットを絞る必要があります。
そこで作物として味の素®の原料のキャッサバ、地域はタイ味の素の工場があるカンペーンペット県を選びました。カンペーンペット県はキャッサバの作付面積が70万ライ(11億2000万㎡)とタイで2番目に大きい県です。大きな農家になれば1000ライ近い畑を所有しています。また、農家の高齢化も進んでいます。8割が小学校教育しか受けていません。
キャッサバはどんな土地でも育つ素晴らしい作物ですが、裏を返せばそれほど市場価値は高くありません。タイでは1ライあたり約3・5tのキャッサバ芋が取れます。収穫は年1回で1tの取引価格は高くて2500バーツ。これは売上です。ここに作付け、収穫時の労働力、運送費、肥料などの費用が引かれ、利益は1ライ当たり年間2000バーツ程です。
感染すると収量が減少するキャッサバモザイク病(CMD)が2年ほど前からタイで広がっています。このウィルスへの農薬は未だなく、感染した株は株ごと畑から取り除くしかありません。
ではなぜ感染が広がっているのか。キャッサバは2mほどに育った茎を20㎝間隔に切り、地中に挿すことで作付けをします。しかし、その茎の見た目ではCMDの判別がつかないため、農家は知らずに感染した茎を植え、感染が拡大します。
感染した株は葉が変形しますが、農家自身が広大な畑から見つけ出し取り除くのは容易ではありません。また、知識がなく見分けがつかない場合もあります。
そして、農家自身のモチベーションも高くありません。感染した株を抜けばその分の収入は失いますが、そのまま育ててしまえば多少なりともその年の収入はあります。
政府は感染した株を畑から除けば補助金を支払うとのアナウンスをしていますが、手続方法が農家に分かりやすく伝わっておらず、実際に支払われるケースまでなかなか至りません。
今年の作付けからカンペーンペット県内の5つの村を選び、総勢187軒の農家と左頁で紹介するような取り組みを進めていきます。
我々が大事にしているのは農家とのきちんとした対話です。やもすれば最新技術の開発に行きがちですが、対話をなおざりに進めても、なかなか利用されないと痛感しています。直接農家と膝を突き合わせて話をし、時間を掛けて本当の課題は何かを引き出すことが必要になってきます。
例えば水不足。タイは灌漑用水が十分に整っていません。そのためキャッサバは4月から6月にかけて作付けするので、そこで雨が降ってほしい。一方10月には、雨が多すぎて芋が腐るとの意見も多く出ます。つまり、キャッサバ農家の水不足は、年間降水量ではなく、4月〜6月の降水量を指します。
では灌漑用のため池を作れば解決するのか。政府から補助金も出ます。しかし、補助金をもらう手続方法が不明確であったり、実際にため池が作られた後、「あれはキャッサバではなくサトウキビに使いたい」という話になったりします。
農家の話もよく聞かないと、表面上の課題は簡単に出てきても、根本にある課題が見えてこないのです。
もちろん単なる知識や技術的な課題もあれば、農家の意識に関する課題もあります。行政上の問題もあります。それぞれの課題が複雑に絡み合っていて、一つ解決すればすべて解決するものではありません。
こういった私どもの取り組みをタイの行政や大学、タイ企業、日系企業に紹介する機会をいただいていますが、多くの方が同様にタイの農業に対して貢献したいと思われています。またタイ味の素と弊社だけではタイの農業を変えることはできません。いかに多くの団体、企業と一緒になってやれるかが重要です。目指しているのはアグリバリューチェーンの形成です。
タイの農業はまだまだポテンシャルがありますが、最後は農家自身に委ねられると感じています。変わりたくても変われない人、変化を望んでいない人など様々な方がいます。我々は、技術開発と農家との対話、この両輪を回し、収量や生産性を上げ、農家の自立を促すことがタイの農業への貢献だと考えています。
まだ始まったばかりで地道ではありますが、様々な方々と共に進めていきたいと思っています。
カンペーンペット県で400人程の農家を集めてセミナーを開催するなどCMDの啓発活動を実施中。また、タイ国立遺伝子生命工学研究センター(BIOTECH)と抗原抗体反応を用いた迅速なCMD検査方法の確立や、コンケーン大学と感染予防の研究もスタート。
タイの農業協同組合省農業局(DOA)がPGPRという微生物肥料を10年掛けて開発。微生物肥料とは微生物を土壌に散布し、その働きで土壌を改善して作物の生育を促すもの。 ただ、DOAでは製造と販売が難しいため、昨年10月にDOAとタイ味の素が技術移転契約を結び、製造と販売を一部行うことになった。 味の素®の製造にも微生物は使用しているため、その技術開発や工業化は得意であり、上述以外にもタイの大学と連携して研究をスタートさせようとしている。
SOMPOインシュアランスタイランド(以下、SOMPOタイ)と提携して、タイで初めてとなるキャッサバ農家向けの天候インデックス保険を開発した。天候インデックス保険とは、あらかじめ設定した降水量を下回った場合に、事前に定めた金額を保険金として支払う商品。損害調査の必要がなく、降水量データのみで判断できるため、迅速な支払いが可能になる。SOMPOタイでは既にコメ、ロンガン、サトウキビで商品化しており、今回キャッサバ農家向けに提供を開始した。
農業においては土も重要。土壌にどんな養分が多いのか、少ないのかを把握することで適正な施肥ができる。タイの農業協同組合省土地開発局(LDD)が窒素やリン、カリウムなど生育に必要な成分の土壌分析を行っているが、人手不足で結果を農家にフィードバックするまでに時間を要している。
そこでタイ味の素はLDDに対して、カンペーンペット県で土壌分析の代行を提案。LDDからは分析キットを提供してもらい、その代わり分析結果をLDDと共有する。LDDも分析の手間を省くことができ、農家へのフィードバックも早くできるようになった。
カンペーンペット県のFDG社工場から近郊の農家に対して、ドローンを使って無償で農薬を散布する取組みを始めた。農家には農薬は持参してもらい、電話番号の提供とFDG社の公式LINEへの登録を求めている。
農薬の散布にドローンを使えば、機械を背負って噴霧するより作業負担は軽く、農薬を曝露する健康リスクもなくなる。タイの労働力も減少していく中で、これからの利用拡大が見込まれる。CMDの上空からの検出も目指している。IoTプラットフォーム提供の日系企業と共同で開発を進めていく。
味の素®は、タピオカスターチや粗糖を原料に微生物によって発酵させ、その発酵液から味の素®を結晶として取り出す。その残った発酵液がAmiAmiになる。サトウキビ作付前の基礎肥料や生育途中の追肥として農地に散布される。作業はFDGが代行する。
「FDビュッフェ」と銘打ち、AmiAmiとは別の副生物を、週に2回1時間100バーツ詰め放題で配布している。地元農家に工場へ来てもらうことで、新たな接点を作っている。
タイで販売する冷凍ギョウザにはタイ産のキャベツが使われているが、一般的に売られているキャベツのサイズは日本に比べて小さい。農家に大きなキャベツの栽培方法を指導し、冷凍ギョウザの生産過程での歩留まりも向上する。
昨年開設された実証型農場「クボタファーム」。 各方面から注目される施設の見どころと、設立に込めたクボタの狙いに迫った。
Siam Kubota Corporation Co., Ltd.
農機の世界大手クボタはタイにおいて1960年代から拠点づくりを始めた。当初は日本から耕うん機を輸出、販売を行った。78年には素材大手サイアムセメント(SCG)との合弁会社サイアムクボタディーゼルを設立し、農業用のディーゼルエンジンの製造、販売をスタート。長年、タイの農業の機械化を牽引してきた。
■ 自動直進田植え機
よく見ると、田んぼの中を進む田植え機のハンドルを、誰も握っていないのが見える。クボタの自動直進田植え機は操作に不慣れな人でもまっすぐ進むことができるほか、作業者は植え付けする苗の補充に専念でき労力の削減に繋がる。
■ 農業用ドローン
病気や害虫などから作物を守るためドローンで農薬を噴霧。暑い中、タンクを背負って人力で噴霧するのは作業負担が大きい。ドローンによる作業の省力化への期待は大きい。
■ ゼロバーン(Zero Burn)
タイのサトウキビ畑では、収穫前に不要な葉の部分を取り除くため農家が畑を燃やす火入れが行われることがある。その煙が大気汚染に繋がる上、葉を燃やしたサトウキビは買取価格も低下。ただ、手で刈るには大変な労力が掛かる。そこで、クボタでは葉を刈り取る機械を開発、展示している。
■ 土づくり
土は農業において重要な役割を担う。トラクターなどで何回も耕し、保水性や通気性などを確保。この部屋の地下部分では、キャッサバ畑の地中の様子が再現されており、どのように根が張り、水が通っているのか、どの深さまで耕す必要があるのかなどが分かるようになっている。
昨年8月、サイアムクボタは農業の機械化と先端農法の〝実証活動〟を行う場としてクボタファームを正式にオープンした。開所式にはシリントーン王女も出席、各方面からの関心の高さが窺われた。
約35万㎡の広大な場内はコメ、キャッサバ、サトウキビなどタイの主要作物の現代農法や、農業による所得向上に関するソリューション紹介、それらのトレーニングなど9つのゾーンに分かれている。
気候や土壌、作物によって最適な農法は異なる。どんなノウハウを導入すれば生産性を高めることができるのか、最新の機械や技術を活用しつつ、タイに適した農作物の生育方法や管理手法の研究・実証を行っている。
もちろん販売ディーラーや農家を招き、最先端の農業技術の体感、販売促進や地域の農業の担い手育成に貢献することも目的の一つではあるが、多くの課題を抱えるタイの農業において単なる機械化の推進に留まらない、生産性向上に向けた取り組みをクボタが自社施設内で開始したのだ。
日本では北は岩手県から南は沖縄県まで13ヵ所のクボタファームが存在。各地の事情に合わせた低コスト、省力、精密技術の実践、実証が進められ、日本農業のさらなる活性化を目指している。
農業の性質上すぐに目に見える結果が出るわけではないが、タイでもクボタファームでの取り組みがタイの農業の底上げに繋がることが期待される。
ただ単に農機を普及させるだけでは生産性を上げることはできません。トラクターやコンバインを購入できる農家はまだ限られています。どうすればより多くの農家の収入が上がって生活が豊かになり、農機の導入も考えてもらえるのか。まずは農家の生産性を高めていくことが我々の一つの責務であると捉えて、クボタファームはスタートしました。
クボタファームによって短期的な成果が出るとは考えていません。我々自身による農業の実証研究を通して、より生産性が高まる農法などを見つけて農家に提供していくことが目的です。農家の方は毎年の収穫に生活が懸かっていますので、新しい方法を試して失敗すると損失が大きくなります。そこで我々が代わりに取り組み、失敗したら別の方法を考え、成功すれば皆様に伝えていくことで、農家の失敗するリスクを減らすことができます。
我々にも知識と経験はありますので、大きな失敗をするわけではありませんが、AよりBの方法が良かった、でもCの方法よりはBが良かったとなれば、Bだけを伝えれば良いとなります。
ただ農業で難しいのは、結果が出るのは多くても年に2回程度しかないことです。コメなら日本では年1回、タイでも年2回の収穫が精一杯です。そのため、これくらいの量の肥料を入れたら、この方法を試したらどんな結果になるのかは、年に1回ないし2回しか答え合わせができません。
さらにタイにはキャッサバやサトウキビ、トウモロコシなどたくさんの作物が栽培されています。水、肥料はどれくらい必要か、どんな質の土壌を作れば良いか、それらも作物によって変わってくるはずです。しかし、我々もタイの全ての作物に深い知見があるわけではありません。日本にはない作物もあり、それぞれの作物、地域に合った方法を見つけるにはまだまだ時間が掛かります。
農機の導入にしても一貫した体系で理解することが必要です。
例えば、クボタファームでも地中のキャッサバを掘り起こすインプルメント(トラクターの後ろに付ける機械)を紹介していて、手掘りの重労働から解放される手段として農家から注目されています。
しかし、そのインプルメントを使うためには機械で何回も土を耕し、その次に別の機械でまっすぐ一列にキャッサバを植え、収穫前には幹の部分を刈る必要があります。クボタファームでも誤解を生まないよう、機械化にも手順があることを伝えるようにしています。一部にはIoTなど最新のテクノロジーを使った製品も紹介していますが、収量をあげるすべての取り組みがスマート農業であって、IoTはその中の一部に過ぎません。
弊社には入社するまで農業に携わったことのない社員もいます。だからこそ、どうすればタイの農業に科学的な視点を持ち込めるか、という意識を持ってクボタファームに取り組んでいます。各地の農家や大学、企業に話を聞きに行ったり、新しい提案をしたりとモチベーションは高く、社員にとっても農業をより深く知るきっかけになっています。
クボタファームが完成したからゴールではなく、今まさに第一歩を踏み出したばかりです。一つの作物の実証が終わればその次の作物、または別の地域といったように、いつまでもゴールには至らないのではないか、それくらいの長期的な取り組みだと思っています。
タイの農業が抱える課題はいくつかありますが、一番大きいのは農業の生産性が低い点です。農業人口、農地面積、GDPに占める比率は東南アジアの中で上位ですが、単位面積当たりの収穫量で見ると、まだ高いとは言えません。
例えば日本では、農機はほとんどが買い替え需要です。新規就農者を除いて、初めて農機を買うという農家はまずいません。農家の方は時にメーカーより知識が豊富で、その知識を我々の農機でどう具現化するかが問われます。
しかし、タイでは一定の割合で初めてトラクターを購入したという人がいます。トラクターを導入することで、どのようなメリットがあり、どれくらいの収入増が見込めるのか、という提案から入らなければなりません。田植えにおいても、日本のように苗を植えるのではなく、種籾を直に田んぼに撒いて自然に芽が出てくるのを待つ直播が行われています。それでも温暖なタイでは稲は育ちますが、収量が伸びません。
そこでタイの農業のコスト低減、生産量向上に貢献するため、様々なソリューションを実証したり、体感していただく場として、クボタファームを設立しました。
クボタファームの建設は2019年から始まっており、当時からお客様をお迎えしてきました。現在は新型コロナウイルスの影響で受け入れを停止していますが、それまでに弊社のディーラー、農家、政府関係者や民間企業の方など約1万7000人が見学に来られました。
タイ政府が掲げる産業高度化政策「タイランド4・0」でも、重点産業の一つとして農業・バイオテクノロジーが挙げられています。タイは農業に携わる人口の比率がとても高く、皆様の注目度の高さを感じています。クボタファームで紹介している、サトウキビや稲わらの野焼きを減らす「ゼロ・バーン」ソリューションについても政府の関心はとても高いです。
ディーラーがクボタファームで見たものを活かして、それぞれの自分の地域に合った〝ミニクボタファーム〟を作ろうという動きが東北部のマハサラカム県や北部のカンペーンペット県などで進んでいます。
さらにサイアムクボタコミュニティエンタープライズ(SKCE)という数十軒程の農家のグループが各地に6ヵ所あり、そこでもクボタファームで実証されたノウハウなどを展開していきたいと思っています。
タイの気候や地域性は東西南北で異なります。それぞれの地域、作物に応じた生産性の高め方があるはずです。クボタファームはチョンブリ県という特定のエリアでの実証に過ぎません。ミニクボタファームやSKCEなどを通じて、地域ごとの最適な進め方を検証することができます。こういった輪が広がることで、我々のノウハウも格段に増やすことできます。
クボタグループの企業理念として、人類の生存に欠かすことができない食料、水、環境における課題解決に貢献することを目指しています。このクボタファームも、まさにその理念を具現化するものです。将来的にはこのタイを、東南アジアにおける農業の生産性向上に貢献するソリューションを提案する拠点へと発展させていきたいと思います。
タイ国における農業が生み出すGDPは2015年〜19年の期間中に年平均2.6%の成長を示してきたが、GDPに占める割合は同期間中に8.9%から8.0%へと落ち込んでおり、国内産業における農業の立ち位置は徐々に縮小してきている。また、農産物の輸出は17年〜19年で3.9%減となり、グローバル競争力が弱まってきていると言えるだろう。
なぜ、こうした停滞が起きているのか。このままでは、タイの農業にどんな未来が待っているのか。リブコンサルティングによる分析を紹介する。
タイの農業が抱える様々な課題を考慮すると、将来においてどのようなシナリオが考えられるのか。不確実性が高まる昨今、将来を正確に予測することは困難である。
しかし、将来シナリオを複数持つことで、望ましいシナリオを実現するために働きかけるきっかけになるだけでなく、今後起こり得る変化に備えるための手段の検討にも有用である。 以下では10年後のタイ農業産業の将来シナリオを記載する。リブコンサルティングが各専門家との議論やデータ分析を通じて、5つのシナリオとしてまとめた。
将来的な農業の衰退から政府や大企業主導の発展までを見越したこれらのシナリオの中で、発生可能性を考慮すると日系企業の経営においてはより起こる可能性が高いと思われる、「大手主導の農業」及び「次世代農家主導の農業」の2つの可能性に絞って動向を見守るのが良いだろう。
次世代の農家が新技術を積極的に採用し、高齢農家から事業を買収して農業の規模を拡大することで、効率化を推進。収益性を重視し、中小企業として戦略的な経営を進めることで、農作物ポートフォリオの適正化が進む。
大手企業が垂直統合を図り、農業に参入し、多くの農家を従業員として雇用することで規模の経済を効かせる。それにより、生産性が向上し、農作物ポートフォリオの適正化も進む(CPグループが鶏肉加工等の産業で行っているモデルが農業でも実現されるシナリオ)。
ほとんどの農家が協同組合に加入し、規模の経済が働くようになる。また、政府主導の農業R&Dが加わり、生産性が向上し、農作物のポートフォリオも適正化される。農業協同組合は、食品の加工にも参入し、地域の農作物の付加価値が向上する。
農業技術が普及せず、農作物の種類も変わらず、農地の大規模化も進まない。その結果、農業の生産性と付加価値が向上せず、農業人口の都市への流出が加速する。食品メーカーなどは国内産の農作物に代って輸入によって安価な材料を調達する。
既存農家の多くが積極的に技術を採用し、政府計画に沿った効率化を図る。技術導入により、農家の収入が大きく向上する。さらに、若い世代も農業へ積極的に関わるようになり、都市への人口流出が軽減される。
労働コストの視点で見ると、タイの最低賃金は年平均3・7%上がっており、00年から20年までの20年間で約2倍になっている。ミャンマーやベトナムなどの農業分野での輸出に力を入れている周辺国と比べて労働コストが高まり、競争優位性が失われる要因となっている。
次に生産性の視点で見ても、他の周辺国と比較して低いことが分かっている。単位面積当たりの収穫量で比較すると、タイはベトナムだけでなくミャンマーやラオスより低く、東アジア平均の6割程度となっている。ベトナムや中国が自動化やスマート農業を推進している実態と比べて、タイは未だに手作業で農作業を行っている傾向があり、生産性向上を妨げている。
その結果、タイの農作物は価格優位性が失われ、市場シェアを落としている。例えば、世界のコメ市場におけるタイ産の市場シェアは11年に28%を占めていたのに対して、17年は13%まで下がっている。
タイの農業が不安定な供給となってしまう理由は主に3つある。
一つ目は、就労人口が減少していることである。労働者人口に対する農業従事者の人口の割合は、00年は半数近くを占めていたのに対し、20年には約3分の1にまで減少している。また、農家の収入も伸びておらず、魅力的な職業ではなくなってきていると言える。
二つ目は、不安定なポートフォリオである。タイの農産物輸出のトップ3は食料品輸出全体の約53%を占めているが、中国では約23%、ベトナムでも約48%とタイに比べてポートフォリオを分散できている。
さらに、自然災害の発生頻度が増加傾向にあるため、リスク管理の視点からもポートフォリオの分散がより重要になってくる。弊社の調査では干ばつや洪水などの農作物に影響を与える自然災害の発生頻度は1980年代に比べて2010年代は1・5倍に増加していることが分かっている。
三つ目は、ポートフォリオにも関連するが、農家の構造上の課題もある。タイはこれまでコメを主要作物として輸出してきたが、世界で様々な国がコメを輸出し始めたため、タイ産米の価格が下落し、農民の所得も下がっている。 しかし、タイの農民はコメ以外の作物に移行しにくい経済的な事情がある。タイの農家の約半数は土地を所有しておらず、農作地に対して毎月賃貸料を払っている。それに加えて種や肥料などの様々なコストがかかる。
もし、農民がコメの栽培を止めて他の作物に移行しようとすると、様々な障害がある。
例えば、ドリアンは販売価格も高い果物だが、それを作るためにはまず大きな初期投資が必要となる。そして、栽培を始めてから現金化するまでの期間が長く、通常は2、3年かかる。そのため、農民にとってはリスクが大きく、一般的な農家はそういったシフトを実現できる余力がない。
こうした構造的な問題から、米の価格が下がっていても、それを今まで通りに売り続けるしかない。その結果、農家の収入も上がらない。
こうした要因が不安定な供給体制を促進させてしまっており、輸出販売量の上下変動を大きくしている。
タイが抱える農業の課題を解決しようと、スタートアップ企業が徐々に成長してきている。ここで顕著な動きをしている3社紹介したい。いずれも、農業の生産性を高めるために革新的な技術やビジネスモデルの提供にチャレンジしている企業である。
人工知能(AI)を活用し農業の効率化を支援しており、農業ソリューションと金融サービスを提供するアプリケーション「Ricult」を農家向けに提供している。これにより、ビッグデータ、機械学習、GPSセンサーを農業に活用し、生産性を向上させるだけでなく、農家が金融機関から融資を受けるための支援も行っている。タイのほかアメリカ、パキスタンにも進出。
独自の食用コーティング技術により、農産物の賞味期限を延ばしながら栄養素を維持することができる。野菜や果物の輸出業者は、生産ロスを低減できるだけでなく、輸送期間を延ばし従来よりも遠方エリアで販売できるようになる。天然原料から作られるため、消費者も安心。今後は、肉など他の食品向けの技術も開発予定だ。
農家と消費者を繋ぐ、新たなマーケットプレイスを提供。まず消費者は農産物を栽培前から予約し、農家と一緒に育てているように感じることができる。その後は農場を訪ねて経過を観察しながら、収穫時期になると農産物を手にできる。農家側が販売価格を設定できるため、生産性向上を後押しするソリューションとなっている。
以上、タイの農業における課題、将来シナリオについて紹介した。最後にスタートアップの動向について紹介した。
リブコンサルティングでは本記事の根源となるホワイトペーパーを保持しており、ご関心のある方に無償提供している。必要な方は是非お問い合わせいただきたい。
LiB Consulting (Thailand) プリンシパル
ベン(Sra Chongbanyatcharoen)
文部科学省の奨学金を受け日本に留学、一橋大学経済学部卒業。リブコンサルティング入社後は東京で勤務した後、タイオフィスで勤務。日系企業の構造改革支援に加え、財閥系企業や上場企業などタイのエクセレントカンパニーの経営支援も担当している。タイオフィスを代表するトップコンサルタント。
LiB Consulting (Thailand) プロジェクトマネージャー
ペス(Darin Lanjakornsiripan)Ph.D.
文部科学省の奨学金を受け日本に留学、東京大学理学部、東京大学大学院博士課程卒業。数学オリンピック金メダル取得。 主に、通信業界、農業・食品業界、住宅業界、自動車製造業などで、戦略立案から実行支援までを一貫して支援している。タイオフィスの戦略チームをリード。
成果主義・現場主義を重視した日本発の経営コンサルティングファーム。
「“100年後の世界を良くする会社”を増やす」を理念に掲げ、
企業や政府機関へのコンサルティングを通じてタイ国を良くするため、
戦略から実行まで「成果コミット型」で支援している。
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THAIBIZ編集部
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