ArayZ No.130 2022年10月発行始める前に確認したい M&Aタイ最前線
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カテゴリー: ビジネス・経済
連載: Deloitte Thailand - M&Aの基礎
公開日 2022.10.10
日本企業が関連するM&Aを件数で見ると、2020年に一度その件数を減らしていますが、近年は再び増加傾向にあり、21年には過去最高の件数を記録しています(図表7)。もともとは大企業を中心に、経営戦略実現の手段としてM&Aは認識されていましたが、近年関心を集める理由としては以下のような背景があると考えています。
日本市場が成熟するなかで、新たな事業領域への進出する手段としてM&Aを検討する企業が増えていることが想定されます。M&Aはすでに事業を運営している会社を買収するため、新たな工場やオフィス開設、人材採用といった準備を含め、自社でイチから事業を立ち上げるよりも短期間で稼働可能です。特に海外での人材確保は難易度が高いと言われ、また独特な商習慣がある場合は、それに知悉(ちしつ)した人材がいる企業を買収した方が、早く事業を展開できる可能性が高いです。
デューデリジェンスの段階でそのような人材やノウハウが十分あることが分かれば、効果的なM&Aになり得ます。
同時に、M&Aを通じて事業の切り離し(カーブアウト)に着手したり、事業ポートフォリオの見直しを行い、コア事業でないと判断した事業を他社に売却したりといったケースも増えてきています。こういった流れは今後も続いていくものと考えられ、日本全体において以前よりもM&Aは身近になってきたと言えるのではないでしょうか。
タイは特に自動車関連産業を中心に、製造業の重要な製造拠点という位置づけのイメージを多くの方がお持ちであると思います。しかしながら、近年タイにおいては政府も力を入れているBCG領域(バイオ・循環型・グリーン経済)が注目を集め、その領域でのM&Aを検討している企業が増えています。
とりわけ太陽光発電やバイオマス発電といった再生可能エネルギーについてM&Aを検討する企業が増加しています。タイにおいても50年までにカーボンニュートラルを達成することを目指しており、それを事業機会として捉えているケースが多いと言えるでしょう。
おっしゃる通り、今後さらに電気自動車(EV)の市場拡大を狙った投資が増えていくものと思います。EV自体の製造はもちろん、バッテリーや充電ステーションといったEVに関連した周辺領域でも新規参入を検討している企業があると思われ、そういった領域で今後M&Aが行われるようなケースも増えてくるのではないかと予想されます。
日本ではDXに取り組む企業が増えていますが、タイにおいても同様の流れがあります。特にデジタルに関連した人材はタイ国内でも奪い合いになっており、そのような領域でケイパビリティ(経営能力)がある企業を買収していく流れは、今後タイでも加速するものと思っています。こういった新しい領域こそ、自社でゼロから着手するのは大変なため、M&Aを活用して導入することは効率的と言えるでしょう。
一方で、タイ企業が日本企業にM&Aを持ちかける案件が多いかと言うと、一概にそうとは言えません。もちろん食品やエネルギー関連などを筆頭に、タイ企業側が持っていない日本企業の技術やノウハウに興味を持つケースはありますが、そこまで多くないというのが現状です。だからこそ、今までになかった新たなシナジーを創出するスタートアップ等に期待が寄せられています。
M&Aの実行時には、売り手から事業計画が出てきますが、楽観的な見通しの元にアグレッシブな事業計画となっていることが多くあります。事業計画を元にした価値評価(バリュエーション)の際には、どの程度が現実的な事業計画なのかをよく見極める必要があります。買収先の会社が、当局提出用と内部用で二つの帳簿を使い分けているケースがあります。内部用の帳簿の方が実態を表しているケースも多く、デューデリジェンスの際には注意をする必要があります。
また、買収先の会社の内部管理体制についても契約を結んで終わりではなく、デューデリジェンスの際に内部管理体制の実態を把握し、出てきた課題を元にPMIを通じてしっかりと整備していく必要があります。実際、内部管理体制がしっかりしていなかったために、買収後にトラブル(社内での不正発覚など)に巻き込まれてしまうケースも散見されます。加えて、交渉時に相手側が契約内容を細かく確認しておらず、後から問題が発生するケースもあり、これはタイならではと言えるかもしれません。
タイに関しては、経済成長のピークを超え市場が成熟してきていることもあり、すべての事業が右肩上がりということにはならないでしょう。そのような状況下で、どのような事業領域であれば今後成長が見込めるのか、さらにその中での成功の鍵は何なのかといった点をしっかりと見極めていく必要があります。
そういった場合に、売り案件が出てくるのを待つのではなく、市場調査を行った上でアプローチし、自らM&Aの機会を探っていくということもオプションの一つとして考えられます。もちろん、自ら行うには限界があるかと思いますが、より戦略に合致する企業を選ぶことができるというメリットがあります。その際は会計・法務・バリュエーション等、複数の専門家の意見を聞き、多面的に検討することが重要ですし、我々としても今後さらなるサポートに注力していきたいと考えています。
明確な戦略がないまま知見の無い業界へ… 結果的に多額の赤字を負担
●トラブル内容 A社はM&Aを行う明確な戦略を持っておらず、知り合いの金融機関に紹介を受けたという理由だけで、自社とは全く関係のない食品製造会社を買収した。買収後、同社で製造工程上の課題が見つかったが、この分野で知見のなかったA社は課題に上手く対処することができず、結果的にいくつかの大口顧客を失うことに。以降、2年にわたって食品製造会社の売り上げは低迷。 | ●対策案 ・ どのケースにも言えることだが、買収後に自分たちでどのように経営を行うか詳細な戦略を立てることが不可欠である。 ・ M&Aの検討に当たっては、ターゲットとする会社のクライテリア(事業内容や会社規模など)を明確にしておくこと。紹介された案件ベースで検討することは望ましくない。 ▶︎焦らず粘り強く調査・検討を! |
DDの結果を踏まえず、売り手の希望するバリュエーション水準とシナジーで買収
●トラブル内容 すでにB社内では対象会社を買収する意志が固まっていたため、DD結果を踏まえた価格交渉・検討を十分行わず、実現不可能なシナジーの検討・買収へと進んでしまった。B社による経営が始まった後も、シナジーの実現には至っていない。 | ●対策案 ・ 収価格が高すぎると判断された場合は真摯に交渉する必要がある。場合によっては勇気をもって検討を止める決断も重要。M&Aのプロセスが先に進むほど「案件をクロージングさせる」ことが目的となってしまう場合をよく見るが、組織の上の人間ほど冷静に物事を判断できるよう注視したい。 ・ 日常的にM&Aを検討することで、特定の案件に固執することがなくなる。 ▶︎結果次第で引き返すことも重要です! |
クロージング直後に案件担当者が変更。 重要な情報が引き継がれずPMIが後手に
●トラブル内容 クロージングまで案件をリードしてきたメイン担当がPMIを前に異動。C社は把握していなかったため、DDで重要事項として挙げられていたタスクが漏れてしまった。 | ●対策案 ・ 準備段階としてのM&A検討から始まり、DDで発見された課題・重要事項をPMIで活かすためにも、案件全体を管理・監督する専任の担当者を設置することが求められる。 ▶︎密なコミュニケーションで回避を! |
前項で挙げた事例も踏まえた上で、日本企業はどのようにM&Aに臨めばいいのか。 今後、新たに検討する方々が意味のあるM&Aを行うためにも、各フェーズ(特に初期段階)の心得を紹介する。
● M&Aは目的ではなく手段
M&Aに取り組む企業の中には、本社の中期経営計画などでM&Aにおける目標金額・予算を達成・使用することだけを目的に案件を探すケースが意外と多い。この場合、M&Aを行うことがゴールになり、「どのような企業を買収したいのか」「買収することでグループ全体にどのような成長機会があるか」といった具体的な事業イメージや戦略がないまま契約締結まで進むことになる。準備・初期段階で検討を繰り返し、より明確な戦略を立てることがM&A成功の要件の一つである。
● 能動的なアプローチが成功への鍵
M&Aのきっかけとして、売り案件を金融機関等から紹介されるケースがある。紹介された企業の事業体制や、自社が買収した場合にどんなメリット・デメリットがあるかなどを具体的に検討した上でM&Aを選択するのは問題ない。しかし、売り手側の情報を全く把握せずにM&Aの実施を決めてしまうのはリスクを伴う。情報をただ待つだけではなく、自社で積極的に買収候補となり得る企業を洗い出した上でコンタクトするといった、能動的なアプローチを行うことが重要である。
● 固執せず複数の仮説と選択肢を
M&Aにシナジー効果を求める企業は多いが、実際にその効果を生み出すことができるかどうかは事前の検討にかかっていると言っても過言ではない。自社事業との相性やノウハウの有無、スタッフ体制など複数の仮説を持つように留意したい。同時に、選択肢を複数持つことも一つだ。M&Aに限らず、業務提携や新たなベンチャービジネスの立ち上げ等、他のアプローチも含めて事業拡大の方法を模索していくことが望ましい。
● DD調査は以降の重要タスクに
DDは財務や税務、法務、ビジネス、人事、ITといった様々な観点をもとに調査が行われる。これは買収先が抱える課題や問題点を洗い出し、バリュエーションを見極める上で欠かせないが、本社からのプレッシャー等から焦って契約締結を済ませる企業も少なくない。しかし、企業価値と売却額の差異や実現不可能なシナジー想定などが見受けられた場合は、しっかりと交渉すべきである。そして企業側は、M&Aにかかる期間が案件ごとに大きく異なることを理解する必要がある。
● ポーズだけのシナジー検討は不要
DDによって懸念事項が見つかったとしても、「会社全体が案件成立に向けて盛り上がっている状況ではもう止められない」と目を瞑るケースもある。加えて、売り手の提示する買収金額に納得感がないものであったとしても、無理やり買収後のシナジーを描くことで買収の自己正当化を図ろうとする場合もある。この段階での無理な設定は自分達の首を絞めるだけであり、客観的かつ現実的に検討することが求められる。
● クロージング後からM&Aが始まる
Pre Phaseでも触れたが、受け身であるからこそ、クロージングがM&Aのゴールと思っている企業が多い。外部アドバイザーによってDDが行われたとしても、クロージングで完結してしまっているため、価格交渉やPMIを見据えた対象企業の本質的な理解まで進まないのが現状である。この場合、譲渡された事業がうまくいかないのも必然だが、このような状況を避けるためにもM&Aの目的を共通理解することが重要である。
● 担当者の変更を想定して
前項の事例にも挙げたが、クロージング後に担当者が変わることは少なくない。この引き継ぎがうまくいかず、PMIに関わる各種タスクに取り掛かるのが遅くなったり、そもそも取り掛かれないといった話もよく耳にする。その可能性を念頭に置き、事前に担当者変更の場合の引き継ぎルール等を決めておくことで確実に回避したい。
● PMI前に並行して方針・施策を検討
PMIは基本的にクロージングが終わった翌日を1日目とし、100日目、1年など期間を設けて各タスクを実行に移していくが、クロージング後に具体的な計画を考えていては遅い。DDやバリュエーションを経て見えたタスクをいかに現場で取り組んでいくか。スムーズに移行するために、方針や施策を事前に検討しておくことが大切である。
● M&Aの目的とシナジーの再確認を
そもそもの買収の目的が曖昧になっている場合は、きちんとしたモニタリング(検証)が行われない。当初想定していたシナジーをしっかりと定量化し、モニタリング指標として設定することで自分達の目的が達成できているかを測定することがベストである。
本特集ではM&Aに焦点を当てた基本的な考え方を紹介してきたが、 M&Aによって新たに増えた事業を効率的に運営するために 「事業再編」についても理解しておくことが大切である。
タイでは前述の通り、自動車産業を中心に東南アジアの中で早くから日本企業の進出が始まり、今ではタイ国内に複数の法人を抱える日本企業も珍しくない。しかし事業拡大として手を広げる一方で、「間接部門の機能が重複して非効率である」「一部の事業がグループ内の企業と被り、お互いが競合となってしまっている」といった問題が発生する可能性を孕んでいる。そういった場合に、M&Aに加えてタイ法人の「事業再編」を検討・実行する日本企業が近年増えてきている。
一般的な事業再編とは、事業の切り離しや結合などを用いて事業ポートフォリオの組み替えを行うことであるが、タイにおいて考えると、新設合併やグループ内での事業・持分譲渡※を通じ、グループ内に抱える各法人や事業を整理する手法である。
間接部門における人員やポストの共通化を図ることでコスト削減へと繋げたり、グループ内で重複する事業をいずれかの法人に一本化することでモニタリングしやすくするといった効果が期待できる。また、複数ある事業の見直し(強化すべき事業に資源を投入)やM&Aをはじめ他社と協働で新規事業に着手する、あるいは撤退するといった「選択と集中」を行うことにより、ガバナンス機能の強化や企業価値の向上といったメリットもある。
タイにおける具体的な方法としては、主に「製造子会社と販売子会社の統合」「統括会社の設立」「株式を本社に集約(外部株主の排除)」が考えられる(図表8)。
事業再編を考える際、もちろんM&A同様に事前の検討が不可欠であり、実際に取り組むに当たっては4つのフェーズをもとに計画を立てるのが一般的だ(図表9)。
それぞれの段階における留意点を次で紹介する。
※出資する親会社が、その出資持分を他に売却譲渡して子会社の経営から撤退する方法
①自社の経営資源で改善できるか
事業再編を行う理由は各社それぞれだが、抱える課題に対して自社の経営資源で改善できるかどうかといったベースの考え方は変わらないと言えるだろう。現在の体制のまま改善できる場合はそれに越したことはなく、その上で重複する業務や事業を整理・削減することで効率化を図ることができる。ただ、急激な再編は現場の反発を生む可能性もあり、そのスピード感は現場を見ながら進める必要がある。
②考え得る再編パターンを洗い出す
事業再編には前述のようなメリットもあるが、当然デメリットも存在する。最適な再編案の検討や社内での合意形成にあたって調整する必要があり、外部株主が存在する場合には、再編内容により交渉が発生する可能性もあるなど相応の時間を割く必要がある。また、株式譲渡や事業譲渡に伴う譲渡益に対する課税や、ライセンスの再取得にかかる経費、従業員の離反や従業員の移管に伴う費用等のコストもかかってくる。
したがって、事業再編に際しては慎重を期する必要がある。まずは考え得る再編パターンを洗い出して検証し、最適な一手を導き出すことが重要である。特に、事業再編の目的についてはしっかりと初期に検討及び合意形成を行わなければならず、初期の段階から外部専門家を起用することも一案である。
※本文中に登場する考え方や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
ArayZ No.130 2022年10月発行始める前に確認したい M&Aタイ最前線
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Deloitte Touche Tohmatsu Jaiyos Advisory Co., Ltd.
Financial Advisory Associate Director
谷口 純平 氏
商社を経て、デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。2020年からバンコク及びシンガポール事務所に出向。戦略策定からPMIまで、シームレスに事業成長をサポートできることが強み。
【谷口 純平】
+65 (0) 8-763-6373
[email protected]
Deloitte Touche Tohmatsu Jaiyos Advisory Co., Ltd.
Financial Advisory Manager
柴 洋平 氏
大手電機メーカー等を経て、デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。2022年8月からDeloitteバンコク事務所に出向し、M&A関連業務や市場調査業務などに従事している。
Deloitte Touche Tohmatsu Jaiyos Advisory Co., Ltd.
デロイトタイの日系企業サービスグループ(JSG)では、多数の日本人専門家を抱え、タイ人専門家と共に、タイにおけるあらゆるフェーズでの事業活動に対して、監査、税務・法務、リスクアドバイザリー、フィナンシャルアドバイザリー、コンサルティングサービス等を日系企業のマネジメントの皆様に提供しています。
Website : https://www2.deloitte.com/th/en.html
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