カテゴリー: ビジネス・経済, ASEAN・中国・インド
公開日 2023.10.17
中国経済の変調と成長の限界への懸念が広がる一方で、着実に関心を集めているのがインドを中心とするグローバル・サウスだ。日本貿易振興機構(ジェトロ)は9月1日に「インドセミナー~地域別の「今」を現地駐在員がレポート」と題するオンラインセミナーを開催した。同セミナーではニューデリー、ムンバイ、チェンナイ、アーメダバード、ベンガルールの各事務所の担当者が各地域の基礎情報から投資概況、日系企業動向を解説した。今回はニューデリー事務所によるインド全体の概況報告を紹介する。
目次
セミナーで最初に登壇したのはジェトロ・ニューデリー事務所アドバイザーの波多野知行氏だ。インドの基礎情報としてまず、「2022年の名目GDPは3.5兆ドルと、既に旧宗主国の英国を抜いて世界第5位になっている。一般の予想では2027年ごろには日本(現在4.3兆ドル)に追いつく見込みだ」と報告。人口については、人口減少、高齢化が進む中国とは対照的に「インドは当面、人口ボーナスを享受できる」と指摘した。ただ、インドは失業率に注意する必要があるとし、「インド全体では6~7%だが、30歳未満の失業率が16~17%もあり、失業対策をきちんとしないと、若年層が経済成長の果実を享受できない。インド政府にとって失業対策の大きな柱が製造業振興だ」と強調した。ちなみに、インド在留邦人数は2022年10月時点の外務省データで8145人だったという。
波多野氏は次に、1人当たり国民総所得(GNI)の推移を表したグラフを示した上で、「インドは2021年に2150ドルとちょうど日本の1970年代初頭と同程度、50数年前の日本ということになる。タイは足元で7000ドルを超えている。タイは1993年にちょうど2150ドルだったので、今のインドはタイの30年前と想像してもらえれば良い。私自身も1993年にタイに駐在していて、当時、タイは日系企業がたくさん進出し、工業団地がたくさんでき始めたころで、今のインドと類似点は多い」と述べた。
続いて、所得別の世帯数の推移のグラフにより個人所得の増加ぶりを説明。「2015年当時、低所得の世帯が半分を超えていたが、2030年には2割を切ってくる。それに伴って5割未満だった中間層以上の世帯が8割を超えてくることになり、これから大きなマーケットが出てくることが分かる。中間層以上は相応の教育を受けられるので、社会不安のリスクの低減、ポピュリズムの台頭リスクの低減につながり、インドに投資する企業にとっては順風だと考えている」との認識を示した。
波多野氏は「インド産業政策と日系企業動向」について、日銀の植田和男総裁が8月26日のジャクソンホール会議で提示した資料にある中国への海外直接投資が急減しているグラフを紹介した上で、貿易・投資で脱中国の動き、特に中国からインドやベトナムへのシフトの動きが顕著になっていると指摘。一方、インドのモディ政権による政治改革について、2014年に首相就任してからまもなく10年になるが、「特筆される政策は物品・サービス税(GST)の導入だ。インドでは30以上の州で税率が異なっていたが、全国一律の物品・サービス税の導入で非常にビジネスがやりやすくなった。産業界からも高い評価を得ている」と報告した。
その上でインドの経済政策の軸である製造業振興策「メイド・イン・インディア」については、インドは慢性的な貿易赤字のため、インド・ルピーが下落、輸入物価は上昇し、インフレが高進して庶民の生活が苦しくなっていると背景を説明。「インド政府としては何としても輸入代替の製造業を振興させ、雇用問題を解決し、貿易赤字を削減するという大きな目標を掲げている」と強調した。その上で、「現在の国内総生産(GDP)に占める製造業の割合は15%で、これを25%にしたいというのが大きな目標だ。タイが27%なので、25%というのは妥当だろう」と見方を示した。
在インド日系企業動向については、2022年10月時点で、「1400社の日系企業がインドに進出している(拠点数は4901)。タイは約6000社、中国は2万社と言われているので、まだまだ日本企業の数は少ない」と指摘。足元では進出企業の数は伸び悩んでいるが、最近は「チャイナ+1」、地政学リスクを勘案して、進出の相談が急増しているので、この数字もだんだん上がってくるだろうと見通しを示した。
日系企業の進出地域では、デリー近郊(北部)に619社、バンガロール、チェンナイなど南東部に463社、ムンバイなど西部に271社だと説明。「最近では南東部に興味を持っている会社が多い印象だ」と述べた。また進出業種についてはスライドで、「自動車関連が多いが、業種は多様化している。近年は小売り、外食も増加中で、中小企業の割合は15%だ」と報告した。
波多野氏はまた、タイとインドの貿易動向について「2022年度(2022年4月~2023年3月)のタイ印の貿易総額は169億ドルで、同じ期間の日本とインドの貿易総額(220億ドル)の約8割ということで、結構大きな額の貿易が両国間で行われている」と報告。インド商工省のデータでは、慢性的な貿易赤字になっていることが示されているとした。特に「コロナ以後、急激に輸入が増えているのは、輸入代替となる製造業がインドではまだまだ未成熟であることの証左ではないか」との見方を示した。
そして、「最近は在タイ日系企業からの相談が増えている」とし、最近3カ月間でも在タイ日系企業10社以上から相談を受けたことを明らかにした。相談内容は「現地生産を真剣に検討したい」、「お客様からインドでの現地調達がなかなかできないので、ぜひ来てくれ」、「インド特有のリスクを教えてほしい」などだという。
そして「インド進出日系企業が直面する課題と対応」については、ジェトロが行った「2022年度海外進出日系企業実態調査」を引用し、2022年の営業利益見込みを「黒字」とした在インド日系企業の割合は71.9%。過去からの推移をみると黒字と答える日系企業は徐々に増加傾向だと説明。今後の事業の拡大に関する質問では、「拡大」と答えた在インド日系企業の割合は72.5%と、「アジア・オセアニア地域内ではトップになった」と強調した。これはチャイナリスク、地政学リスクを反映したものだろうとしている。
インドにおける経営上の問題点では、インドでも「従業員の賃金上昇」や「調達コストの上昇」が回答比率の上位となった一方、「通関等諸手続きが煩雑」「税務の負担」を問題視する回答も多かったという。インド進出日系企業が直面する課題と対応では、「ASEANに比べ産業インフラが脆弱、法規制も煩雑・頻繁に変更されるので、コンプライアンス対応コストがかかる」「タイ(BOI)のような効率的なワンストップ・サービスが未整備」「そして税務リスクは高く知見のある人材登用等が事業経営に重要」などが挙げられた。
さらに、駐在員給与を役務対価とみなし物品・サービス税(GST)を課税するという「看過できない問題」が発生しており、商工会、大使館と連携して税務当局への説明・交渉を行っていることを明らかにした。
大手金属メーカーに39年間勤務し、海外市場中心に営業、企画、業務提携、M&A、事業経営に携わってきた波多野氏は最後のまとめの中で、「インドはASEANよりも事業リスクは大きいのかなと感じている。私自身、タイ、インド、米国で、実際に製造業で事業経営をしてきたが、インドは売価が想定以上に安かったり、コストが想定以上に膨らんだり、売り上げがなかなか伸びなかったり、精緻な事業計画が非常に重要かなと思っている。リスクの定量化、出口戦略も重要だろう」と強調した。
TJRI編集部
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