タイで実感する中国勢の大量国外脱出 ~EVだけでなく、ECや観光でも、そしてノミニー~

タイで実感する中国勢の大量国外脱出 ~EVだけでなく、ECや観光でも、そしてノミニー~

公開日 2024.09.02

8月29日付バンコク・ポスト(ビジネス3面)によると、タイ商務省は特に中国からの安価で低品質の輸入製品から国内企業を守るため、検査の強化や関連法の修正などの対策を検討する国の作業チームを発足させた。これは地元メディアで連日報じられていた電子商取引(EC)などを通じた中国製の低価格製品の大量流入への対策が待ったなしになってきたことを示している。共産党体制の下で需給を無視した過剰生産に伴う中国製品の世界市場への氾濫は電気自動車(EV)、太陽光パネルだけでなく、一般消費財にまで拡散してきている。

筆者のフェイスブック上でも先月からタイ市場に本格参入し、強い警戒感を引き起こしている中国ECのTEMU(テム)の広告が突然表示されるようになった。コンドミニアムの宅配便置き場には早くもTEMUの段ボール箱が積まれていた。中国の不動産バブル崩壊、経済悪化、過当競争に伴う、EV企業だけではない「中国人と中国企業の国外脱出」がいよいよ本格化していることをタイでも実感できる。中国企業のタイ進出ラッシュはタイにとって朗報なのか、持続可能なのか、リスクは何か、今後3~5年ぐらいでその1つの結論が出るのかもしれない。

グローバルサウスに攻め込む中国

「冷戦終了後、先進国の大企業は世界の商業を支配し続けた。・・・これらの巨獣(leviathans)は今、自動車から衣料品までの産業において、中国企業が驚異的なスピードで海外進出する中で脅威にさらされている。新しい商業戦争が始まった。その戦場は中国でもなく、先進国でもなく、急成長するグローバルサウスの国々だ」

英エコノミスト誌8月3日号は、巻頭記事で現在の中国企業の世界進出ぶりをこう概観。同号の表紙は、中国国旗をデザインしたパラシュートで中国人と思われる3人のセールスマンが降下していくイラストだ。同記事は、中国企業の事業拡大には2つの形があり、1つはサプライチェーンのグローバル化であり、「中国企業による新規外国直接投資(FDA)は昨年、前年比3倍の1600億ドルに達した」と指摘。もう一つは、中国企業がすでに先進国以外の50億人の消費者にアクセスしていることで、「2016年以来、中国企業のグローバルサウスでの販売額は4倍の8000億ドルまで拡大、先進国での販売額を上回るようになった」と報告している。

そして、こうした中国企業が途上国への進出を加速している要因は、「中国国内での経済成長の鈍化と競争激化だ」と断言。「中国製EVや風力発電設備は開発途上国に拡大している」などの中国企業の途上国進出は、欧米と中国の政策の結果であり、「先進国がEVや太陽光パネルなどの中国製品を貿易障壁で排除する中で、一部の中国企業は生産拠点をグローバルサウスにシフトすることで障壁を回避しようとしている」と分析している。こうした動きは中国の巨大経済圏構想「一帯一路」政策に伴うグローバルサウスでのインフラ投資と外交関係の強化も背景にあり、「西側諸国が内向きとなる中で、中国と新興国が接近している」と警鐘を鳴らしている。こうした状況は今まさにタイでも起こっている。

タイの製造業の飛躍につながるか

「中国企業の国内でのビジネスの継続が難しくなってきているというのが1つの背景だろう。中国では習近平体制が継続しており、強権的かつ独裁的な政治が今後も長く続くだろう。その結果、紛争への不安が高まっており、中国国内にとどまることにリスクを感じている中国企業が非常に増えている。そして、中国経済の停滞に伴い、若者の失業率の上昇、大手不動産企業のデフォルトなどが増えて、中国企業、中国の経済ファンダメンタルが大幅に低下している」

タイの日系不動産会社GDM(Thailand)の高尾博紀社長は8月29日にSANSAN(サンサン)主催の「在タイ日系製造業における現状と未来」と題するオンラインセミナーで、中国企業がタイにも大挙押し寄せている背景をこう解説した。そして中国企業の進出の現状について、工場や土地の取得の事例、産業別の具体的進出状況を紹介。その上で、特徴的な動きとしてまず「EVサプライチェーンの急速な進出」を挙げた上で、「EVシフトが恒久化するか、一時の流行で終わるのかは2027年ごろには見えてくるのではないか」との予想も示した。

さらに「EV、電子部品以外でもさまざまな業種がタイに出てきている。もしこのまま”Made in Thailand”が世界中に販売され、 品質、コストともに認められれば、タイの製造業がもう1個上のレベルに行く可能性もあるのではないか」との見方を示した。また、米中貿易摩擦、政治的対立で、例えば、通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)関連のサプライヤーにタイに進出してきていると紹介。「中国の国営企業、上場企業のタイ進出、現地視察も増えている」などと報告した。

工業団地の新規取引の8割は中国系

タイの自動車市場は、販売面ではバッテリーEV(BEV)の伸びが鈍化する中でも、タイ政府のEV振興策を受けた中国のEVメーカーとサプライヤーのタイ進出は加速している。8月13日付バンコク・ポスト(ビジネス4面)が不動産コンサルタント会社コリアーズ・タイランド調べとして伝えたところによると、今年上半期の工業団地の新規販売・リース面積は4020ライ(1ライ=1600平方メートル)に達し、タイ工業団地公社(IEAT)が設定した年間目標面積の4000ライを早くも上回った。コリアーズの幹部は「投資家は主にEVの部品メーカーで、最大の土地購入者は中国の新しいEVブランドだ」と明らかにした。また第2四半期の新規取引は1725ライで、このうち8割以上が中国の「スマート自動車産業」だとしている。

一方、中国企業による開発途上国などへの安値製品の輸出ラッシュと工場進出ラッシュは、EVにとどまらず、太陽光パネル、そして一般消費財にまで広がっている。

TEMUに代表される、安価な中国製品の大量流入は消費者としては安値で購入できるメリットはある。しかし、タイ国内地場企業にとっては競争に負けて廃業を余儀なくされ、結果的に雇用が減少することになる。一方、工場進出は地元雇用増につながる可能性はあるものの、単に中国人労働者の流入が増加し、中国人コミュニティーだけに利益をもたらすのではとの疑念もある。

最近、在タイ日系コミュニティーで話題となっているのがタイの就労許可証(work permit)の保有者数で、長年、日本人が圧倒的トップだったが、中国人の増加トレンドが続いている。新型コロナウイルス流行でいったん落ち込んだ後、2021年をボトムにその後再び急増ペースとなり、2022年には日本を上回り、増加し続けている。

タイ人の間でも中国への警戒感

そして、中国勢のタイ進出絡みで過去2週間ほどタイメディアで話題になっているのが、タイの外資規制関連だ。タイの「外国人事業法」では、業種により外国人の株主比率を49%に制限しているが、この外資規制を実質逃れているのが「ノミニー」と呼ばれる名義借りの慣行で、外国企業とみなされないように登記上でタイ国籍の人・法人の名前を借りて登記する。8月30日付バンコク・ポスト(ビジネス1面)などによると、タイ商務省は、チェンマイやプーケットなどの主要観光地で実際の外国人株主比率を隠すためにノミニーを使っている疑わしい事例を徹底審査する方針だという。

同省はすでに、①観光関連②不動産取引③ホテル・リゾート④ロジスティクス-の4事業分野でノミニーの疑いのある事例を2万6019件調査したという。8月12日付バンコク・ポスト(ビジネス1面)によると、安値製品の大量流入や、ノミニーを使った違法ツアー、レストラン、スーパーマーケットがタイ国内に拡大し、適切な防止策がなければタイの生産者やサービス提供業者が被害を受けるとしてタイ政府に懸念を訴えているという。バスツアーでも中国の業者がノミニーを使って営業をし、競争が激化していると伝えられている。

GDMの高尾社長は先のセミナーで、幾つかの「とある中国製造業社長の話」を紹介しているが、「中国国内におけるリスク認識などからタイ進出を決めた。中国に戻る意志がなく、すでにタイに土地を取得している」事例や、「中国資本であることを隠すために複数のオフショア国を経由してタイ法人に出資している」事例もあるという。筆者は今年2月5日付けコラムで、「中国バブルのもう1つの現象が、中国EVメーカーのタイなど東南アジアへの怒涛の進出だ。それは昔の華僑同様に、混乱する本国から脱出し、海外で生き残り、定住していくことだとすれば、中国メーカーのタイ進出の長期的な展開は極めて興味深い」と書いた。まさにこうした現象がタイで顕在化しつつある印象だ。

THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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