連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2024.09.30
米アップルが9月20日に、独自の生成AI(人工知能)システムを搭載した「iPhone(アイフォーン)16」を発売したことで、世界的に生成(Generative)AIへの関心が一段と高まっている。日本では、ユニコーン企業として注目を集めるサカナAIに日本の3メガバンクなど大手企業が出資したとのニュースが大きく報じられた。さらにタイでも、米マイクロソフトが今年7月からの1年間で100万人のタイ市民にAIスキルを提供する取り組みを始めたと伝えられている。
未だにIT初心者の筆者にとっては、生成AIがどのように日々の生活、社会、そして経済を変えていくのかなどに独自の知見はほとんどない。記者として、生成AIを使えばそれらしき文章が自動的に生成されてしまうらしいことへの警戒感や、記事のコピペは厳禁である職業的倫理観もあり、まだ生成AIを使って文章を作ったことはない。そこで今回は、各種報道、リポート、専門家の見方などを紹介することで、AIの将来の可能性、現在の課題などAIの現在地を考えてみたい。
「クルンシィは今年、ITとデジタルソリューションの開発に150億バーツを投資する。われわれは『クルンシィAIチーム』とともに能力を大幅に強化してきた。このチームは、AIと機械学習、データ分析の発展を推し進め、個人能力の開発にもフォーカスする」
三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)傘下のアユタヤ銀行(クルンシィ)のサヤム最高情報・デジタル責任者は9月19日にバンコクのトゥルー・デジタル・パークで開催された「クルンシィ・テック・デイ2024」で、同行のAI技術にフォーカスしたIT・デジタルイノベーション戦略を披露した。同氏は「金融業界を含めさまざまな産業で、AI技術の重要性が高まる中でクルンシィはそのアプリケーションを研究、探求、テストし続けてきた。今年はクルンシィのAIチームの拡充・強化によりAI開発の取り組みに重点を置く」などと宣言。具体的事例として、コンドミニアムの価値の審査、現金自動預払機(ATM)への現金補充の最適化、そして従業員の行内ノウハウの検索・要約のためのチャットボット展開へのAI活用などを挙げた。
そして同行のデジタルトランスフォーメーションの主要戦略の4つの柱の1つ目に「クルンシィAI」を挙げ、「われわれの目標は個人と企業の両方のニーズのためのデジタルソリューションの加速であり、迅速でより直感的、顧客経験の拡充を重視していく」とアピールした。また、アユタヤ銀行の大和健一頭取は、持続可能な地域銀行のリーダーになるとの同行の戦略を強調、この戦略では「デジタル」「データ」「エコシステム」「パートナーシップ」の4つが主要な要素だと訴えた。
「シリコンバレーの“テックボス”は過去数週間、難しい時を過ごしていた。AIは、求めている巨額の利益をもたらさないことを懸念する投資家が増えている。専門家はチャットGPTのようなサービスに必要な大規模言語モデルの限界を指摘している。大手ハイテク企業はAIモデルに数十億ドルを投じてきた。しかし、米国勢調査局の最新データによると、物品・サービスを提供するためにAIを活用している企業はたった5.1%に過ぎず、今年初めの5.4%というピークから低下している」
英エコノミスト誌は8月24日号の「AIは熱狂(Hype)を失いつつある」という金融経済面の記事で、AIの現状についてこのように表現した。そして、「当初の高揚感と過剰投資⇒幻滅⇒技術の復活⇒インフラ構築」などとつながる「Hype Cycle」は過去にも「鉄道」「インターネット」でも見られたと指摘。AIでもこのサイクルが再現されるかどうかを論じている。
エコノミスト誌はさらに、9月21日号の巻頭記事「AIにはブレークスルーが必要だ」で、AIが大量の電力を消費するという問題を説明している。同記事は「チャットGPTが世界を席巻してから2年が経ち、生成AIは困難にぶつかっている。より大規模なモデルを構築、活用するためのエネルギーコストが急上昇し、ブレークスルーがより難しくなっている。大規模言語モデルは電気への欲求が極めて強い。モデルが大きくなればなるほどコストは大幅増加していく。生成AIが経済的に実行可能になるのは困難だ」と分析。AI半導体を開発・製造しているエヌビディアや、チャットGPTを開発したオープンAIなどへ巨額の投資をしてきた投資家を怯えさせていると表現している。
ただ一方で同記事は、これまでも多くのテクノロジーが限界に直面したが、人間の創意工夫で発展を続けてきたと強調。具体的には「人間を宇宙に送り出した技術は現在、地球上で利用され、1970年代の石油ショックは省エネルギー技術や原子力を含む代替発電技術の進歩につながった」などと技術革新の成功例を挙げる。その上で「AIの発展は、制約がいかに創造力を刺激するかを示している」とし、大規模言語モデル向けなどに特化した半導体開発も進んでいると指摘。今年上半期にAI半導体開発のスタートアップ企業に流入した投資資金額は過去3年間の合計を上回ったと報告している。
アユタヤ銀行の調査会社クルンシィ・リサーチは7月に公表した「AI-driven Pricing」と題するリポートで、特に物品・サービスの適切な価格水準を決定するためのAIシステムに注目している。「過去データと現状分析を統合することで、AIシステムは需給関係、消費者行動の予想、市場状況、これらに影響を与える要因を正確に迅速に評価できる」と指摘。この結果、企業は最適な価格水準を設定し、効率性と生産性のレベルを引き上げることが可能になると説明した。
そして「AIドリブン・プライシング戦略の実行は、消費者ニーズへの対応、事業の成長促進、イノベーション支援など幅広い分野でポジティブな結果をもたらす可能性があり、経済全体の発展を加速させる」と強調。消費者が「支払っても良いと思えるプライシングはそのニーズと購買力の両方の満足度を高める。一方、企業にとっては、AIを通じた最適な価格水準の正確な決定能力は企業の競争力を強化することができる」との認識を示した。具体的には、リアルタイムで需給要因を分析するAIの能力は、AIを利用しない時と比べ販売と売上高を押し上げる価格決定戦略を可能にすると説明している。
そして、同リポートは全米ファストフードチェーンのウェンディーズが今年、メニューの価格調整などにAIによる「ダイナミック・プライシング」を導入したことを紹介。これは需要ピーク時の値上げにより売上高を増やす試みであり、低所得者層に悪影響を与えるとの批判も受けたが、同社は、AI導入は値下げも含む商品価値の向上を意図するものだと明確に説明。リポートは同社のAIプライシング戦略の導入は、透明性の高い対話や消費者に対する責任の重要さを強調する実例だと評価した。
人工知能(AI)、そして生成AIはIT初心者にとって、その仕組み自体は「ブラックボックス」のようなもので、理解は難しい。そして、生成AIが従来、人間が担ってきた仕事の大半が生成AIで代替できてしまうのではとの不安も広がっている。主に金融分野でのデジタル変革を実現するAIリサーチ会社NexusFrontierTechの共同創業者兼最高技術責任者(CTO)の水野貴明氏は筆者の取材に対し、「現在、AIと呼んでいるものは実際に知性があるわけではなく、入力したテキストなどに対し、膨大な学習データをもとに、“もっともらしい”続きや、画像などを出力するもので、人間と同じようにいろいろできるわけではない」と現時点でのAIの本質を説明する。
そして、「AIが得意な、反復によって獲得可能な技能、知識を正確に知っていることが重要なホワイトカラーの職は影響を受けるだろう。簡単な事務処理や書類仕事はAIに置き換わる」とする一方、「AIはこれまでのデータをもとにありそうなパターンを生成するものなので“外れ値”は期待できない。クリエーティビティーや新しい面白さは外れ値に宿るので、そうしたものは今のAIには難しい」との見方を示す。そして、「自分は今、コンピューター業界における10年とか、20年に1度しかない大きな変革の中にいると感じており、非常にワクワクしている」と締めくくった。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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