メコン5におけるスタートアップ市場動向(後編)

ArayZ No.130 2022年10月発行

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メコン5におけるスタートアップ市場動向(後編)

公開日 2022.10.10

みずほ銀行バンコック支店メコン5課が発行する企業向け会報誌 『Mekong 5 Journal』よりメコン川周辺国の最新情報を一部抜粋して紹介

松井 勇太|国際戦略情報部 グローバルアドバイザリー第二チーム 参事役

前編では、タイとカンボジアにおけるスタートアップ市場を取り上げた。後編では、ベトナムとラオスの市場動向について整理した上で、メコン5の全体における同市場について総括していく。
※ミャンマーは政情不安により除く。

ベトナムのスタートアップ市場動向

ベトナム向けの海外直接投資(FDI)は、新型コロナウイルス(以下コロナ)の影響を受け2020年に入り一時的に動きが鈍化したものの、近年日系企業をはじめとした投資の動きは堅調な推移を続けてきた。FDIの動き同様に、ベトナムのスタートアップ市場もファンドを含む外国からの資金流入等が目立つようになる等、活性化が進んでいる(図表1)。

ベトナムへの直接投資フロー(国・地域別推移)

ベトナム政府としてもスタートアップ市場の拡大を推進しており、いくつかの施策を打ち出しているが、現時点ではまだ限定的である。

その一方で、18年のスタートアップの資金調達額は前年の約3倍に増加。21年においても、コロナの感染拡大の影響の反動といった要因もあると考えられるが、国内外からの投資が増加し、前年の4倍へと膨れ上がるなど拡大の一途を遂げている。コロナの世界的な感染拡大によるサプライチェーンの見直しの動きを踏まえ、その存在感を高めてきたベトナムに対する海外投資の増加がスタートアップ市場へも波及した結果とも考えられる。

その他にもスタートアップ市場が拡大している要因がいくつか考えられる。一つは、多くのスタートアップが基盤とするWEB環境の成長・通信機器の普及拡大である。10年前の11年は2,785万人であったベトナムのインターネットユーザー数が、21年時点で6,872万人(国民の約70%)に達しており、今後もこの増加傾向は続くものと思われる。Eコマースやテック系分野等における基盤の構築が進んでいることが、起業家数や国内外からの投資増加に繋がっている。

2つ目として、コロナによるロックダウン等を受け、各産業における構造変化や新たな課題が顕在化したことにより、スタートアップが有する技術活用の場面が拡大していることである。言い替えれば、スタートアップがその技術を活かせる分野が表面化し、国内における需要が拡大しているということだ。

また3つ目の理由として、起業家層が厚みを増してきたことも挙げられる。起業経験者、民間企業経験者や海外の教育機関経験者等が、学んだ知識や経験を活かして新たな事業を立ち上げるケースが増えている。資金調達額上位のスタートアップで、そのような経験を持つ創業者が多いことからも市場成長要因の一つとして考えられるだろう。 幅広い国・地域からの支援が特徴  さらに、近時のベトナムのスタートアップにおける資金調達に目を向けると、投資ファンドやベンチャーキャピタルを含め海外からの調達が多い(図表2)。

特定の国・地域だけでなく、幅広い国・地域からの資金調達が行われ、ASEAN周辺国や東アジア諸国及び欧米からの注目も集めていることが窺える。なかでも韓国の動きが目立っており、テレビ通販大手のGSホームショッピング等による資金面以外での支援も散見される。韓国企業の投資先拡大やテスト市場としての活用という狙いが背景に見えるものの、ベトナムのスタートアップ育成に貢献している。

従来のベトナム企業は、業界シェアの大多数を占めるような所謂大企業は少なく、スタートアップにおいても大手の存在があまり見られなかったことが特徴の一つであった。しかし、近年では民間からの資金提供機会の増加もあり頭角を示すスタートアップも増加している。21年末時点で、同国内のスタートアップは4,000社弱と言われているが、Eコマース大手であるティキをはじめ、企業価値が1億米ドルを超える企業が11社に増加していることもその現れと言えよう。

ラオスのスタートアップ市場動向

ラオスは、カンボジア同様に経済水準が依然低い状態が続いている。国連開発計画委員会(CPD)が認定した基準における後発開発途上国(LDC)であり、そこからの脱却を目標に掲げている状況だ。コロナ以前は高い成長率が続いていたが、経済の安定化や法規制の整備、交通・運輸網の整備、教育や人材育成等、多くの分野で社会課題は変わらずである。また世界最大の不発弾汚染国でもあり、社会経済開発や人道的観点からも早期除去が求められているという側面もある。

このような環境下、起業家らの事業に必要な人材や資金供給等のスタートアップ市場の成長に必要な要素が不足しており、国内スタートアップの目立つ動きは現状見られない。今後、現地のスタートアップが台頭してくるには相応の時間を要すると考えられるが、日系スタートアップの視点で見れば、社会課題の多さは自社の技術や製品にとって需要が大きい市場と捉えることもできる(図表3)。

また、事業の本格開始を検討するに足る現地環境が不透明な分野も多いと思われるが、現地ニーズに着目して事業の実証実験の場として捉えるのも一案である。その過程で現地実態を見定め、事業化を検討する進め方もあろう。スタートアップの技術を活用し、現地課題の解決に結びつけていく活動は、SDGs(持続可能な開発目標)の概念にも合致しており、活動を通じた社会貢献による企業価値向上もその取り組みの意義付けとなる点も見逃せない。

おわりに

2回に渡り、メコン5各国におけるスタートアップ市場の概観を見てきた。タイ、ベトナムでは近年現地のスタートアップ市場が盛り上がりを見せており、今後もこの傾向は当面続くものと推察される。また自国内だけではなく、海外からもそのスタートアップ市場が注目を集めつつあるため、出資も視野に入れた現地スタートアップとの協業等も海外事業戦略の一つとなろう。日系企業においては、この市場拡大の潮流を上手く捉え、海外事業拡大を図るビジネスチャンスに繋げてほしい。

他方でカンボジア・ラオスは状況が異なり、国自体の経済水準が依然低いことを背景に自国のスタートアップが台頭していくには相応の時間がかかると思われる。しかしながら、基礎的インフラの未整備等をはじめ現地の社会課題が山積しており、日系スタートアップの技術を活用する可能性が広がっている市場でもあることから、実証実験等を含めた事業拡大の場と捉えることもできる。現地の事業展開が、自社の事業拡大に留まらず社会貢献にも繋がるという観点も勘案しつつ、第一歩を踏み出すことを真剣に検討してほしい。

そして各国毎にスタートアップ市場の動向やステージには差異があるものの、スタートアップの活動が期待されている点は共通している。アジア市場、特に先進国の技術や情報が流入しやすい環境下では、あらゆる分野でリープフロッグ現象が起こり得る可能性を秘めており、スタートアップ市場も例外ではないだろう。

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