タイにおけるカーボンニュートラル動向

THAIBIZ No.152 2024年8月発行

THAIBIZ No.152 2024年8月発行タイ老舗メーカーのブランド再生術の極意

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タイにおけるカーボンニュートラル動向

公開日 2024.08.09

みずほ銀行バンコック支店メコン5課が発行する企業向け会報誌『Mekong 5 Journal』よりメコン川周辺国の最新情報を一部抜粋して紹介

下村 彰 |みずほ銀行 バンコック支店 Mekong5課 Vice President

現在、世界各国でカーボンニュートラル実現に向けた取り組みが進められており、Mekong 5各国においても程度の違いはあれど、取り組み意識が高まっていることは疑いがない。本特集では、Mekong 5各国におけるカーボンニュートラルに向けた取り組みの背景と国家目標について記載するとともに、タイにおける具体的な足もとの取り組みについて紹介する。

Mekong 5各国のカーボンニュートラルに向けた取り組みの背景と国家目標

カーボンニュートラルに向けた取り組みの背景には様々な要因が存在するが、ここでは主要な点についていくつか採り上げる。一つ目は温暖化による自然災害の影響への懸念が挙げられる。Mekong 5各国は全世界的にみても気候変動の悪影響に対する脆弱性が高い国と言われており、Global Climate Risk Index 2021(異常気象により2000〜2019の過去20年間で最も悪影響を受けた国のランキング)によると、ミャンマーは2位、タイは9位と高ランクに位置し、今後の異常気象や自然災害による社会経済や人々の生活に与える影響が懸念されている(図表1)。

出所:Global Climate Risk Index 2021より、みずほ銀行バンコック支店作成

二つ目は国際ルールへの対応だ。2023年5月にはEUの「炭素国境調整メカニズム(以下、CBAM : Carbon Border Adjustment Mechanism)」が施行された。これは、環境規制の緩い国からの輸入品に対し、水際で課税を行う国境炭素税の一種であり、対象製品(鉄鋼、アルミニウム、セメント、肥料、電力、水素)をEU側で輸入する者がCBAMの対象となる。

現状は移行期間ということで温室効果ガス(GHG)排出量の報告義務のみが求められているが、2026年1月からは段階的に課税が始まる。今後、EU域外の国でも国境炭素税の導入が進む可能性や、CBAMに関しては対象製品の拡大のリスクがあり、国際ルールへの対応は国や企業の競争力維持の観点からも重要な問題の一つとなっている。

三つ目はサプライチェーン上の脱炭素化要求の高まりだ。欧米のグローバル企業を中心に自社由来のGHG排出量だけでなく、より上流の取引先における排出量についても削減を求める動きが増加しており、当該企業とのビジネスを模索・継続する為には、脱炭素化や再エネ化への取り組みが不可欠となっている。

また、その他の要因としてはタイの国家戦略であるBCG(Bio-Circular-Green)経済のように、サステナビリティ実現の為の投資誘致や産業育成を目的とした国家としての成長戦略もカーボンニュートラルを推進する背景の一つとして挙げられるだろう。

現在、Mekong 5各国については2050年までのカーボンニュートラルおよびネット排出ゼロを表明しており、パリ協定に基づく国別排出削減目標(NDC)も提出済み(図表2)。まずは2030年の目標達成に向けて、今後更なる取り組みが求められていくこととなる。

*1 BAU:人口や経済などの活動量の変化は見込みつつ、排出削減に向けた追加的な対策を見込まないまま推移した場合の将来の排出推計量 *2 条件付き:国際的な支援等を前提にしたもの *3 タイでは「カーボンニュートラル」を“CO2排出ゼロ”、「ネット排出ゼロ」を“GHG排出ゼロ”と定義 *4 CO2e: 各種温室効果ガスの排出量に地球温暖化係数を乗じてt-Co2相当量に換算した値
出所:各国のNDC、各種報道等より、みずほ銀行バンコック支店作成

タイにおけるカーボンニュートラルへの取り組み

前述の通り、タイ政府は2030年のGHG排出量のBAU比30〜40%削減、2050年のカーボンニュートラル達成に向けて、脱炭素への取り組みを推進している。現在タイ政府が取り組んでいる国としての新たな目標設定、規制の導入に関するトピックスについていくつか紹介する。

①新たな国家エネルギー計画(NEP)の策定

タイにおけるカーボンニュートラル達成の為には、タイの一次エネルギー供給のうち約8割を占める化石燃料(原油、天然ガス他)の比率を下げ、再生可能エネルギー比率を高めることが求められている。タイ政府は2023年中に新たな国家エネルギー計画(NEP)を策定する予定としていたが、 2021年8月に「国家エネルギー計画への政策的方向性」としてその枠組みが公表(図表3)されて以降、未だ正式な公表には至っていない。

出所:「タイにおけるカーボンニュートラルに向けたエネルギー政策」(タイエネルギー省)、各種報道等より、みずほ銀行バンコック支店作成

2024年中には本計画が発表される予定となっており、再生可能エネルギー比率向上やエネルギー効率向上等に向けたロードマップが制定される見通しとなっている。

②ユーティリティ・グリーン・タリフ(UGT)の導入

タイエネルギー規制委員会は2024年1月に「Utility Green Tariffの提供基準と使用手当レート案」を公表。事業者(電力消費者)が電力会社から直接再生可能エネルギー由来の電力購入が可能となる制度の導入を進めている。これまでタイにおいては事業者が再生可能エネルギー電力を使用する為にはI-RECと呼ばれる再生可能エネルギー証書を活用した手法が用いられてきたが、本制度が導入されれば事業者にとっては選択肢が増えることが想定される。

③気候変動法案の策定

天然資源・環境省傘下の気候変動・環境局(タイの気候変動対策の中核部局として2023年に新設)が温室効果ガス排出を包括的に規制する気候変動法案を起案中。現在の草案では新たに「法人向けの温室効果ガス排出量の報告」や「カーボンタックス」、「排出権取引」などの内容が盛り込まれており、タイも国際水準の炭素排出制限の導入を目指す方針となっている。

タイにおける日系企業のカーボンニュートラルへの取り組み

タイの国営エネルギー企業や大手財閥グループなどでは、脱炭素化に向けた目標宣言、具体的な温室効果ガス削減行動計画の作成、新規事業への展開を試みる企業が増加しているが、近年、在タイ日系企業についても同様に脱炭素意識の高まりが確認される。

JETROの2023年度海外進出日系企業実態調査によるとタイで何らかの脱炭素化に「既に取り組んでいる」、もしくは「今後取り組む予定がある」と回答した日系企業は549社の内390社と71%を占めた。この割合は、企業規模や業種によっても差があり、大企業(82.5%)や製造業(76.9%)で数値が高く(=脱炭素への取り組みが活発)、中小企業(64.8%)や非製造業(64.2%)で数値が低いという結果が出ている(図表4)。

脱炭素化に取り組む理由としてはJETROの2021年度の同調査によると、ASEANにおいては「本社(親会社)からの指示・勧奨」(67.3%)や「取引先からの指示・要望」(33.3%)に基づくものが多い。また、2022年度の同調査によると、タイにおける脱炭素化に関する具体的な取り組み内容としては、「省エネ・省資源化」(65.5%)や自社工場への太陽光発電の導入等の「再エネ・新エネ電力の調達」(47.6%)といった取り組みが多いという結果が出ている。脱炭素化の取り組みとして、まずは自社のコスト削減にも寄与するものから開始している、という会社が多くを占めるのが足もとの状況であろう。

また、最近では自社サービス/製品にカーボンクレジットを付与し、脱炭素意識の高い顧客にアプローチするような動きや、上述した地場国営エネルギー企業や財閥系企業とMOUを締結し、 グリーントランスフォーメーション推進や新製品/新技術の共同開発を行っていくような、脱炭素をビジネス機会の一つとして捉えた取り組みも増加している。

おわりに

以上のように、Mekong 5エリア、中でもタイにおけるカーボンニュートラルへの取り組みは政府レベル、民間レベルの双方で進んでいる。一方で、今後の当エリアの経済発展を踏まえると更なるエネルギー需要の増加が見込まれており、各国が掲げる目標の達成にはより一層の取り組みが求められる。

タイにおいては前述の通り各種法規制の整備や新たな目標等の設定が見込まれていることに加え、足もとではカーボンクレジットや再生可能エネルギー証書(I-REC)の活用も増加傾向にある。今後のカーボンニュートラル達成に向け、更なる需要の拡大が期待されている。

在タイ日系企業にとっては、自社のカーボンニュートラルへの取り組みを進めていくとともに、保有する省エネ/脱炭素技術をタイに導入していく新たなビジネス創出の機会と捉えることも出来る。2023年12月にはアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)首脳会合が東京で初めて開催され、日本政府としても日本の技術や経験をタイを含むAZECパートナー国に共有していく方針が示されており、今後、官民一体となった取り組みも期待されている。

近年、Mekong 5エリアにおいては中国のプレゼンス向上にも伴い、日本の経済的な重要性は低下傾向にある。今後の当エリアとの関係強化の鍵の一つとして、カーボンニュートラルを軸とした日系企業のビジネスチャンスが拡大していくことを強く期待したい。


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