THAIBIZ No.162 2025年6月発行激動するタイ市場を走破せよ! 三菱自動車が挑む日本のHEV最前線
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公開日 2025.06.10
不動産業界は今、大きな変革期を迎えている。環境への影響が最も大きい業界の一つとして対応に迫られているほか、超高齢社会への移行が進むタイでは家族構成や生活様式にも変化が見られ、住宅の在り方を見直すタイミングが到来している。
こうした変化に伴い、タイの不動産セクターも変貌を遂げつつある。中でも注目を集めている企業が、複数世代と自然とが調和する空間を生み出すメガプロジェクト「The Forestias」の開発を手がけるMagnolia Quality Development Corporation Limited(以下、「MQDC」)だ。同社の創業者ティッパーポーン・アリヤワラーロム氏に、次世代の住宅開発ビジョンについて話を聞いた。
目次
ティッパーポーン・アリヤワラーロム ⽒
Founder of Magnolia Quality Development Corporation
Limited(MQDC)
Founder & Chairman of the Executive Committee, DTGO Corporation Limited (DTGO)
ボストン大学工学部卒業。社会貢献とビジネスの両立を目的として1993年にDTGOを設立。1994年にMQDCを設立し、健康・持続可能なライフスタイルを実現する不動産ブランドとプロジェクトを展開。建築設計スタジオやトレーディング、家具・建材調達・開発など、多角的な事業も手がける。
MQDCは1994年、DTGO Corporation Limited(DTGO)の子会社の不動産開発会社として設立された。創業者のティッパーポーン氏は、「大学で電機工学を専攻していたため自宅の新居建設における設備設計を担当したことが契機となり、住宅建設へ関心を持ち始めた。また、参加していた地方の社会貢献活動を通じて、利益の一部を社会的事業に還元するビジネスモデルをつくりたいという思いが芽生えた」と、経営者としての志の原点について語った。
MQDC設立後、ティッパーポーン氏は国内各地の不動産プロジェクトを視察し、ある深刻な問題に気づいたという。それは、「低所得層ほど、実質的に高い住宅コストを負担している」という現実だった。
同氏は「手頃な価格の住宅には、構造の弱さや雨漏り、ドアや窓の不具合、内部設備の故障など、目に見えない問題が数多く潜んでいる。そのため居住者にとって、長期的に維持費用の負担が重い実態があった」と説明した上で、「だからこそ当社は、顕在化しにくい部分も含めた住宅のすべてにこだわり、30年間の長期保証を提供している」と強調した。
さらに、MQDCでは現在、総売上の2%を社会的活動に充てる方針を掲げている。このように、社会貢献に重きを置く経営姿勢は、同氏の志が基盤となっている。
MQDCは、「Cloud 11」「Happitat」「Magnolias」「Mulberry Grove」「The Aspen Tree」「Whizdom」といった不動産ブランドを展開するほか、複数の住宅ブランドを統合したメガプロジェクト「The Forestias」などを手がけている。
ティッパーポーン氏は、各ブランドのコンセプトについて「一般的に不動産ブランドは価格帯で分類されるが、当社では居住者のライフスタイルや世代に基づいた分類にこだわっている。そうすることで、各ターゲット層のニーズに合った住宅を提供できるからだ」と説明する。
例えば、「Whizdom」は若年層を対象に設計された住宅ブランドであり、「Mulberry Grove」は複数世代が同居する大家族向けのブランドとなっている。
MQDCの特徴の一つとして、自社内に設置された2つの研究機関が不動産開発の設計において重要な役割を果たしている点が挙げられる。
ティッパーポーン氏は、その背景について「不動産業界は、環境への悪影響について批判を受けることが多い。私たちは、その現状を変えたいという強い思いから研究チームを立ち上げ、後に『持続可能性のための研究・イノベーションセンター(RISC)』へと発展した」と説明する。
RISCでは、建築手法の改善、居住者の生活の質の向上、そして環境の持続可能性に焦点を当てた研究を行っている。同氏によれば、一般的な建築資材の多くには有害な化学物質が含まれており、それが居住者の健康に悪影響を及ぼす可能性があることが社内調査により判明した。
そのため同社では、RISCの研究に基づき安全な資材の厳選を徹底し、室内空気の質をコントロールする仕組みや代替素材の活用などの革新的技術を積極的に取り入れている。
若年層向けコンドミニアム「Whizdom」がその一例だ。現代の若い世代はコンドミニアムでの暮らしを好む傾向があるが、ユニットのサイズは年々縮小しており、一日あたり大人一人分の酸素しか確保できないと言われている。
酸素が不足すると疲れやすくなるなどの身体的症状が出てしまうが、換気をしようにも、都市部では粉塵や大気汚染のために窓を開けることすら難しい場合もある。
ティッパーポーン氏は「こうした課題を解決するためにWhizdomでは、全室に空気供給および粉塵除去のフィルターシステムを導入した。また、若者の忙しい生活スタイルに対応するため、朝食の提供サービスも行っている」と説明する。
同氏は「私たちは20年以上にわたり研究に投資し、常に知見をアップデートしてきた。実際の住宅建設や検査を経て多くの知見も得てきた」と、長年の実績に胸を張る。
さらに「当社では、引渡後の初年度に年4回の住宅検査を実施し、その後も年1回の定期検査を行っている。こうしたノウハウは実践的なルールとして体系化され、『MQDCスタンダード』の礎となっている」と、高品質の担保を強調した。
MQDCが誇るもう一つの重要な研究機関が、未来予測に特化した「FutureTales Lab(フューチャーテイルズ・ラボ)」だ。このセンターでは、「住まい」「教育」「働き方」「余暇」「移動」「持続可能性」といった多角的な分野におけるデータ分析と将来予測を行っている。
同機関の設立背景についてティッパーポーン氏は、「数百年にわたって存続している企業について研究した結果、その多くが代々受け継がれてきた家族経営の企業であることが分かった。企業のみならず、国家や民族など、長きにわたり繁栄する組織は企業経営の参考にもなる」とした上で、「中でも、最も長命なのは、常に環境に適応し続けている“自然”だ。
世界は常に変化しているため、私たちも世代交代、技術革新などあらゆる『変化』について探求しなければならない。こうした発想からフューチャーテイルズ・ラボを設立し、未来に関する研究と、社会に有益な知見の提供に取り組んでいる」と説明する。
RISCとフューチャーテイルズ・ラボに加え、同社には不動産プロジェクトを支える専門分野別の研究チームも存在する。設計、クリエイティビティ、ブランド開発などに特化した専門チームが各プロジェクトの発展を支援しており、徹底した研究体制がうかがえる。
MQDCの持続可能性を重視する方針は、バンコク・バンナー地区に位置する大規模住宅開発プロジェクト「The Forestias」にも反映されている。敷地面積は398ライ(約63万6,800平方メートル)を超え、多様なライフスタイルや世代に対応した複数の住宅ブランドが統合されている(図表1)。
「人と自然とのつながりを再構築し、世代を超えた調和の実現を目指す」という独自コンセプトに沿った、広大な緑地が最大の特徴だ。
ティッパーポーン氏はThe Forestiasの誕生にまつわるエピソードについて、「プロジェクトの着想は、ハーバード大学教授の『人々の健康に最も影響を与えるのは、室内の空気環境である』という重要な指摘から生まれた。たとえ住宅に無害な建材を使っていても、住む人が家具などから有害物質を持ち込んでしまうことがある。本当に良い住宅とは、“呼吸できる家”であり、通気性がよく、自然や森に囲まれた住まいだ。そうして、世界最良の空気清浄機である“木”が、The Forestiasのコンセプトとなった」と語る。
The Forestiasの敷地全体の50%以上は緑地で覆われており、中心に据えられた森は、30ライ(約4万8,000平方メートル)以上の広さを誇る。
日本の植物生態学者である宮脇昭氏が提唱した「宮脇方式」に基づいて植樹されたものだ。これは、在来種を多層的に植えることで、自然の森林構造と機能を模倣するという生態的アプローチだ。人工的な整列を避け、木々が自然な成長を遂げるように設計されている点が特徴だ。
植林前には一時的に動物を移動させ、再植林後に再導入した。生物多様性についてはMQDCが毎年モニタリングし、その数値は重要な主要業績評価指標(KPI)として活用されている。現在、敷地内で確認されている動植物は500種を超えている。
意図的に森林を創り出す目的についてティッパーポーン氏は、「気候変動問題の解決に貢献するためだ」と明言し、「最も効果的な貢献方法の一つが、木だけでなく、昆虫、動物、空気も含めた自然を大切にすることだと考えている」と説明する。
The Forestiasの建物は、有害物質を含まない安全な材料を使用し、自然換気を最大化する工夫が施されており、“呼吸できる家”というコンセプトに沿った設計となっている。さらに、地区冷却システムを導入することで、エアコンのコンプレッサー設置を不要とし、環境熱の削減にも貢献している。
住民のウェルビーイングのために、ハーバード公衆衛生大学院と提携し、軽い運動をサポートする緩やかな傾斜のキャノピーウォークウェイ(空中歩道)も設けている。
世界的に人気のテーマパークを彷彿とさせるエンターテインメントの要素も、The Forestiasを語る上では欠かせない。MQDCが同プロジェクトの建築デザインの前段階で「幸福感をもたらす重要な要素」について調査した結果、「フェスティバル」の数値が最も高かったという。
そこで同社は、体験デザインにおいて豊富な知見と高い知名度を有するITECエンターテインメント(現TAIT)と提携し、The Forestiasにテーマパークを思わせる体験デザインを取り入れた。
ティッパーポーン氏は「このプロジェクトは、自然と共に暮らす生態系のモデルを目指している。人々の暮らしの中に自然を取り戻し、世代を超えた共生、ウェルビーイングの促進、そして自然への深い敬意を育むことを目的としている」と、隅々まで徹底されたこだわりの背景にある考え方を明かした。
タイの家庭は、祖父母、親、子ども、孫の4世代で構成されていることが一般的だが、高齢化が進む昨今、世帯規模の縮小や独居高齢者の増加といった新たな傾向が見られ、こうした潮流はMQDCの事業戦略にも影響を与えている。
The Forestias内にある高齢者向け住宅「The Aspen Tree」では、世代間で異なる住宅ニーズなど様々な事情により、従来は当たり前だった「大家族での共同生活」が叶わない高齢者も、孤独感なく快適に暮らせるという。高齢化に伴う住宅課題に解決策を提示するブランドとして、注目を集めている。
2024年10月にオープンしたThe Aspen Treeは、50歳以上の入居者を対象とした、生涯にわたるケアに重点を置いた住宅ブランドだ。高齢化と脳の健康に関する高い専門知識を持つカナダのベイクレスト社と提携して開発された。
医療サービスは「ヘルス&ブレインセンター」を通じて提供される。同センターは一次医療クリニックとして機能し、ここで収集された健康データは個別の予防プログラムの設計に活用される。生活の質にも重点を置いており、スイミングプール、フィットネスセンター、アート&クラフトルーム、庭園など、レクリエーション施設も豊富だ。
ティッパーポーン氏は「高齢者の認知症の原因の一つは“孤独”だ」とした上で、「The Aspen Treeでは、自然に囲まれた生活や、人々と出会う場の提供を通じて、高齢者を社会に再び迎え入れている」と説明。
同じ敷地内に若年層向けのWhizdomも併設することで、世代を超えた日々のコミュニケーションを可能としており、まさにこれからのタイ社会に適合した空間と言えそうだ。
これからの不動産業界は、単なる住宅の提供だけでなく、環境問題に対応し、変化するライフスタイルに適応する必要がある。MQDCは、敷地内の温度を低くする技術の開発や独自開発した空気清浄機の活用など、持続可能なまちづくりに向けて今なお研究を継続中だ。
時代の変化に柔軟に対応する同社のアプローチは、タイの不動産業界の新しいモデルとなりうるだけでなく、他業界にも活用できる数々の示唆に富んでいる。
(執筆:タニダ・アリーガンラート 編集:白井 恵里子)
THAIBIZ編集部
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