カテゴリー: ビジネス・経済, カーボンニュートラル
公開日 2025.05.09
Banpuは、石炭や天然ガスなどの化石燃料の採掘・取引や発電事業を主体とするエネルギー大手である。特に石炭事業は中国やインドネシア、オーストラリア等に鉱山を多数保有しており、タイのみならず東南アジアの石炭事業の最大手に位置付けられる。
石炭事業で着実に成長を遂げた同社だが、市場価格の浮き沈みの収益への影響や脱炭素の要請の高まりを受けて、過去10年間事業の多角化に取り組んでおり、その成果が実を結びつつある。
同社はタイ政府の探鉱事業を請け負う会社としてBan Pu Coal Company Limitedの名前で1983年に創業し、1989年5月にタイ証券取引所に上場した。創業時の名前が冠する通り石炭採掘・販売が主力事業であり、タイ国内に留まらずインドネシア、中国等の周辺国まで展開。その勢いは2000年以降加速し、2014年までの15年間で売上高が約15倍に増加した。
順調に成長を遂げた同社だったが、一方で危うさも見られた。当時の同社の事業ポートフォリオを見ると大半が石炭の採掘・貿易事業で占められており、化石燃料を巡る社会情勢に経営が大きく左右されるリスクが潜んでいた。この影響が初めて顕在化したのが、石炭市場価格が5年間で約6割下落した2011年から2015年である。石炭価格の下落と連動して売上高、利益率ともに徐々に減少し、2015年には純利益率がマイナスまで低迷した(図表1)。
純利益がマイナスに転じた2015年に同社のCEOに就任したのが、創業時から在籍し、CFOとして大規模発電事業のファイナンスや海外石炭事業のIPOに携わったソムルディー氏である。
同族経営が一般的なタイの財閥においては珍しい生え抜き出身として注目を集めた同氏は、石炭以外のエネルギーやeモビリティ等の新規事業への参入、事業エリアの拡大等、事業の多角化に向けた様々な取り組みを展開した。この背景として、前述の不安定な石炭価格からの影響の脱却に加えて、脱炭素の要請に伴う石炭需要の減少への対応が迫られていたことも挙げられる。
就任間もない2016年には電力事業子会社のBanpu PowerのIPOを実施し、同事業強化の方針を明確に打ち出した。脱炭素の要請が高まる中で需要が拡大していた太陽光発電プロジェクトの中国と日本での立ち上げから始まり、2020年にはベトナムで風力発電プロジェクトも展開した。
石炭以外のエネルギー資源採掘では天然ガス事業にも参入。2017年に米国のシェールガス採掘の権益を一部取得したところから始まり、2019年には同国のデボン・エナジー社が運営するシェールガス事業を約7億7,000万USDで買収し、事業規模を大幅に拡大した。
さらに、CO2削減などの環境配慮に関する要請に応えるため、クリーンエネルギー技術の実用化を目指す子会社Banpu Infinergyを2017年に設立。同社は2020年にグループ内での再編を経てBanpu Nextに名前を変え、再生可能エネルギー開発、エネルギー貯蔵システム(BESS)、EVフリートマネジメント等の新たなサービスを展開している。
これらの施策の結果、同社の事業ポートフォリオは一定の変化を見せており、2024年時点ではアジアを中心とした電力事業と米国のガス事業で売上全体の約3割を占めるまでに至った(図表2)。しかし同社の売上高と利益率の推移は依然石炭価格と連動しており、結果に目を向けると石炭依存からの完全な脱却には至らなかったと言わざるを得ない。
2024年4月、ソムルディー氏の後任として創業家出身のシノン氏が就任した。34歳の若さでCEOに就任した同氏は、2014年にBanpuに入社して以来、前述のBanpu PowerのIPOや再エネ関連新規事業を担うBanpu Nextの設立などの重要なプロジェクトに参画し、今後の同社の屋台骨となる事業分野の経験を蓄積。
2022年以降Banpu Next系列やスタートアップ事業分野の多数の子会社の取締役を兼務し、グループの再エネ関連事業を牽引した。若い新社長による一族経営への回帰は既定路線であり、ソムルディー氏は同氏にバトンを繋ぐ役割を十分に果たしたと見ることが出来るだろう。
シノン氏のもと脱炭素実現に向けた同社の動きは加速しており、「Energy Symphonics」投資計画に基づく低排出エネルギーへの事業ポートフォリオの移行が進められている。特に二酸化炭素回収・利用・貯留(CCUS)技術を活用した低排出の天然ガス事業を収益の柱とすることを目指しており、2030年までにグループ全体の設備投資額の約6割を同事業に投入する計画を打ち出している。
Banpu Next主導の再生可能エネルギー関連事業は再エネ発電を収益の柱としつつ、引き続きEV関連事業やBESS事業の展開も進めていくとみられる。足元では日本で266メガワット時(MWh)規模の新たなBESS事業を立ち上げる等、先進国向けの展開も見られており、今後脱炭素の要請が高まるにつれて国内外問わず同社サービスのニーズが高まると予想される。
同社は2025年以降の目標として投資回収率の向上と安定収入化を掲げている。非石炭事業の豊富な経験を有するシノン氏のもと、石炭依存からの脱却によるこれらの目標達成が期待されている。
MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
Managing Director
池上 一希 氏
日系自動車メーカーでアジア・中国の事業企画を担当。2007年に入社、2018年2月より現職。バンコクを拠点に東南アジアへの日系企業の進出戦略構築、実行支援、進出後企業の事業改善等に取り組む。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
Consultant
森 雅典
2019年にMURC入社。中堅中小企業向けの経営戦略立案等に従事した後、サステナビリティ戦略部にてESG情報開示を支援。2024年4月から1年間MURCタイに出向し、タイをはじめ周辺国へのビジネス展開、市場調査等の業務を担う。
MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
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三菱UFJリサーチ&コンサルティングは、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)のシンクタンク・コンサルティングファームです。国や地方自治体の政策に関する調査研究・提言、 民間企業向けの各種コンサルティング、経営情報サービスの提供、企業人材の育成支援など幅広い事業を展開しています。
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