カテゴリー: ビジネス・経済
公開日 2025.09.10
1994年の発電事業の民間企業参入自由化に呼応し「Gulf Electric Co., Ltd.」を設立した当時29歳のサーラット氏が、一代でタイを代表する巨大コングロマリットを造り上げた(図表1)。本稿では電力事業から始まりインフラ、デジタル分野にまで拡大したGulf社を取り上げる。
創業者のサーラット氏は29歳の時、1994年に開放されたタイのIndependent Power Producer(IPP:独立系発電事業者)に参画すべく会社を立ち上げた。設立後、初めての案件として、Electricity Generating Public Company Limited(EGCO)と電源開発株式会社による合弁で2件のIPP開発案件を落札した。
その後も継続的に案件を受注していき、タイ国内ではIPPを6件、Small Power Producer(SPP:小規模発電事業者)を19件、その他再生可能エネルギー発電等にも参画するなど総発電量2万3,000メガワット(MW)を超える一大発電事業者にまで発展した。海外でもオマーンや米国などに事業展開している。
しかし、同社の立ち上げは必ずしもスムーズなものではなかった。例えば、タイ南部プラチュアップキリカン県に新規の石炭発電所を開発する案件では、周辺住民からの強い反対運動にさらされ、国道を封鎖される事態となった。収拾がつかなくなった同社の開発案件はタイ石油公社(PTT)に救済される形でサラブリー県ケンコーイ市において再度開発が行われたという苦い歴史もある。
同社の事業が急拡大した要因は、創業者のサーラット氏がタイ政府の閣僚の親族と婚姻関係にあり政府との強いコネクションを有していることと、土木工学学士と経営工学修士を修了し事業をよく理解していること、加えて、適切なパートナー探索と交渉能力の高さといった自身の才覚や手腕に依るところが大きい。
手腕を示す例として、前述の石炭発電所の案件では、天然ガスのパイプラインを保有するPTTによる救済を勝機とみなし、発電に伴うガス利用を垂直統合した大胆な経営手腕は高く評価されてきた。
今日のガス事業では、液化天然ガス(LNG)を調達し、PTTのパイプラインを活用した天然ガスの売買を行っており、工業団地やその他発電事業者に向けてガスを供給するビジネスを展開している。
さらに、LNGを主語に様々な周辺ビジネスの開拓を進めており、最近の先進的なプロジェクトとしては、タイ工業団地公社(IEAT)と官民連携し、マプタプット港を主軸にマプタプット工業団地の石油化学工場へのガス供給をメインとした最大1,080万トンの貯蔵能力を誇るGulf MTP LNG Terminal Company Limitedを開発している。
Gulfグループ内ゼネコンのGulf MTP社は同ターミナルについて、 今年6月に総投資額600億バーツの追加開発を株主総会において承認したことを公表した。既に着工しているプロジェクトに加えて、追加開発の着工もPTT系列のPTT Tankと共に年内に開始したいとし、2029年の商業運転開始を目指している。
Gulf社はこの開発を「東部経済回廊(EEC)の根幹をなすインフラ」と評価し、「自社のサプライチェーンのみならず国家のエネルギー安全保障を大きく向上させるための開発」と報道陣に発表した。
同社はインフラ分野においても、新たな挑戦としてタイの高速道路2路線の延伸案件も落札している。この高速道路は東部と首都圏にのみ集中している高速道路網を他地域に伸ばす初の試みであり、西部カンチャナブリー方面の高速81号線と東北部コラートに向かう高速6号線(両方とも仮称)の、国道局との30年間にわたる官民連携事業(PPP)となる開発だ。
Gulf社含めBangkok Mass Transit System Public Company Limited(BTSC)やSino-Thai Engineering & Construction Public Company Limited(Sino-Thai)、RATCH Group Public Company Limitedの4社合弁による落札で、Gulf社は保守・運用の業務を担う予定である。
こうした試みを行うのはなぜか。今までは発電とインフラという祖業に近しいところを成長させてきたGulf社であったが、2017年の上場にて調達した資金運用において通信・デジタル分野にも参入している。
この高速道路案件についても通行料徴収と広告管理、高速道路内サービスエリアの店舗運営などの通商・デジタル事業との連携と多角化への一歩として大きく捉えられており、まずはマイノリティ出資ながらも自社の新領域を拡大する意欲的な姿勢が垣間見える。
デジタル分野への参入については、2020年に同社が通信大手Advanced Info Service PCL(AIS)のホールディングスカンパニーであるIntouch Holdings PCLの株式を4.59%取得したことに始まる。
全く異なる分野への投資ということで、純投資の意味合いが強いのではという見方が大半であったが、1年も経たない2021年4月には18.93%まで比率を拡大した。また、同年6月の一株65バーツの公開買い付けにより、最終的には41.73%まで保有しSingapore Telecommunications Limited(Singtel)を抜いて筆頭株主となった。
タイの通信3本柱の一つであるAISはGulfグループの傘下に入り、国内有数の通信事業者とそのライセンスを買い上げたことになった。その後も周辺事業とのアライアンスを進め、今ではGulf社の事業多角化はこの分野で集中的に行われている。
Intouchを軸とした通信は携帯電話・インターネット事業、Thai Comによる衛星通信やSingtelとAISと協業しながら進めるデータセンター事業、またGoogleとの協業で完全分離型クラウドサービスの提供事業など拡大している。
また、2025年年初には商銀大手のKASIKORNBANK PCL(カシコン銀行)の株を買い集め、同社の金融参入について注目を浴びた。
後日サーラット氏はカシコン銀行の株式保有についての理由を述べ、「カシコン銀行は配当がよかった」と単純な動機を話し、「債務問題を抱えるタイの現況で、不良債権を多く抱えかねない銀行を一本釣りするつもりはない」と回答するなど、当面は金融に手を付けないような反応であったため騒動は沈静化している。
一方で、デジタル分野の強化という方向性を考えると、シナジーのある金融業との関連は強化する方向であることが想定され、今後の動きが注視される。
MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
Managing Director
池上 一希 氏
日系自動車メーカーでアジア・中国の事業企画を担当。2007年に入社、2018年2月より現職。バンコクを拠点に東南アジアへの日系企業の進出戦略構築、実行支援、進出後企業の事業改善等に取り組む。
MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
Consultant
池内 勇人 氏
製造業全般の現場管理サポート、業務効率化サポートや新工場立ち上げなどを経験。2021年にMURCタイに入社、タイをはじめ周辺国へのビジネス展開支援、市場調査、企業ベンチマークなどの業務を担う。
MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
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