
連載: アジアのコングロマリット - 三菱UFJリサーチ&コンサルティング
公開日 2026.03.10
前回(THAIBIZ1月号)は、タイ国内最大手の自動車部品メーカーであるタイ・サミット・グループ(通称「オレンジのサミット」。以下、TSG)について取り上げた。今回はもう一つの「サミット(Summit)」の名を冠するSummit Auto Body Industry(通称「青のサミット」。以下、SAB)について、その沿革、TSGとの相違点、ネットワーク、今後の方向性を中心に整理する。

前回取り上げたTSGと同様に、SABも自動車サプライヤーとして内装部品からボディパネル、さらにはコントロールケーブルに至るまで、広範な事業範囲をカバーする、タイ自動車産業における重要プレイヤーの一つである(図表1)。

ただしSABの全体像は極めて複雑で分かりにくい。それは、「サミット」というブランド名を冠しながらも完全に独立した経営を行うTSGとの混同、そしてタイ特有のパワーバランス、すなわち政界、軍部、財界などの既存権益層との多層的な関連が存在するためである。
前回取り上げたように、両グループはルーツは同じだが、意外にも祖業である自動車クッション・シートの修理屋に近い事業を営んでいたのは、サンサーン氏が率いるSABであった。同氏は1972年に前進となるSummit Auto Seat Industryを設立し、自動車の国産化を大々的に公表していたタイ政府に強く呼応し、国内きってのシート製造サプライヤーに躍進、投資を重ねドアパネルやサンバイザーなどの内装部品にとどまらず、金属加工を中心とするプレス部品も請け負うようになっていった。
1986年に同氏は高まる需要に呼応する形で外装事業を手掛けるSABを設立した。同社では、これまでの内装のみならず、大型プレス機の導入による外装パネルを製造し、社内・グループ内でのユニット納品を請け負うようになり、タイ国内の主要OEMにとって不可欠なTier1サプライヤーとしての立ち位置を確立した。
アジアにおける財閥のような巨大資本の存続には政府や財界などとのネットワークの構築が不可欠であるが、同グループは、この点において常に戦略的なポジショニングをとってきた。その上で欠かせない人物が、スリヤ・ジュンルンルアンキット氏である。
同氏はサンサーン氏の弟であり、TSGの経営を担った現国民党のアイコン的存在であるタナトーン氏の叔父にあたる。同氏はタイ政界におけるキングメーカーの一人と目されるベテラン政治家で、タクシン政権下では運輸相、さらにはプラユット軍事政権に近い国民国家の力党の中枢として工業相を務めた。
スリヤ氏は、政府筋と同グループをつなぐ重要なパイプ役を果たしている。タイの自動車産業政策、特にタイ投資委員会(BOI)の優遇措置やインフラ整備計画などは、工業省や運輸省の裁量に大きく左右される。一族から閣僚を輩出している事実は、政策決定プロセスへのアクセスを容易にし、日系メーカーとの取引においても政府との強固なコネクションを持つサプライヤーとして信頼性を高めている。
サンサーン氏の長男で現社長であるコーンクリット・ジュランクール氏は、タイ工業連盟(FTI)の青年部などの公的団体でリーダーシップを発揮し、政府の産業振興策に積極的に協力する姿勢を示している。
また、SABの主要な製造拠点は、レムチャバンやラヨーンといった東部経済回廊(EEC)に集中している。EEC開発は軍事政権が主導した国家プロジェクトであり、政府筋との調整が不可欠な領域である。同社は工場の設立や運営、さらには後述するゴルフ場事業において、土地利用権や許認可をめぐる既存権益層との摩擦を最小限に抑えるため、キーパーソンを顧問に迎え入れるなどしている。
このような行動はクーデターが繰り返されるタイの政治風土において、事業の継続性を確保するための生存本能にもみえる。
タイの自動車産業は今、市場縮小や中国勢の攻勢など未曾有の危機に直面している。これに対しSABは、製造業への依存度を下げ、不動産、サービス、金融、教育といった非製造業部門を強化している。同社の多角化は製造業とのシナジーを求めるものというよりは、リスクの分散を目的としたものである。具体的には下記のような事業が該当する。
金融事業:傘下の「AIRA Capital」を通じて、リース、ファクタリング、証券業務を展開している。これは、自社の広大な取引先ネットワークを活用した金融サービスの提供であり、製造業の設備投資需要を取り込む狙いがある。
航空事業:タイの格安航空会社(LCC)大手「ノックエア」への出資。これは、タイの観光産業の成長を直接的に享受することを目的とした投資である。
教育事業:「バークレー・インターナショナル・スクール」の運営。タイに駐在する外国人や現地の富裕層向けに高度な教育を提供しており、教育ビジネスという「景気に左右されにくい安定収益」を確保している。
食品事業:日本から人気スイーツ「クロワッサンたい焼」を輸入・販売するなど、消費者の嗜好に合わせた小回りの利くビジネスにも進出している。
これらの非製造業部門は、現在、次男のナタポン・ジュランクール氏が統括しており、長男のコーンクリット氏が担当する製造部門とともに、グループの両輪を成している。この中で最も目に見える成果を上げているのがゴルフ場開発・運営およびホテルなどのホスピタリティとレジャー事業である。
サンサーン氏は早くから「製造業は景気変動に弱く、マージンが削られやすい」という危機感を抱いており、1990年代からレジャー産業への投資を加速させた。旗艦施設であるサミット・ウィンドミル・ゴルフ・クラブは、バンコク近郊のスワンナプーム空港からわずか数分の距離に位置し、高級住宅地を併設したタイ屈指の名門コースとして知られている。

2024年には、世界的なホテルチェーンであるヒルトンと提携し、ヒルトン・バンコク・スワンナプーム・ゴルフ・リゾート&スパを開業した。これは、単なるゴルフ場経営から、国際的な高級観光やMICE(報奨旅行、会議、展示会)市場を対象とした総合リゾート開発への転換を意味している。
今後、SABは製造業を土台としつつも、サービス・不動産グループとしての性格を強めていくと予想される。彼らが保有する不動産、蓄積された資本、そして政界とのネットワークは依然として強力な武器であり続ける。SABの変容は、日系企業にとっても重要な教訓を含んでいる。
製造業分野での忠実な下請けとしての要素は次第に薄れ、今や自らの生存のために日本に限らない多国籍資本とのアライアンスや、非製造業を主とした異なる方向性へと進みつつある。この変化を正しく認識し、新たな共生関係を再定義できるかどうかが、今後の日本とタイの経済関係の成否を分けることになるだろう。

MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
Managing Director
池上 一希 氏
日系自動車メーカーでアジア・中国の事業企画を担当。2007年に入社、2018年2月より現職。バンコクを拠点に東南アジアへの日系企業の進出戦略構築、実行支援、進出後企業の事業改善等に取り組む。

MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
Consultant
池内 勇人 氏
製造業全般の現場管理サポート、業務効率化サポートや新工場立ち上げなどを経験。2021年にMURCタイに入社、タイをはじめ周辺国へのビジネス展開支援、市場調査、企業ベンチマークなどの業務を担う。
MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
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三菱UFJリサーチ&コンサルティングは、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)のシンクタンク・コンサルティングファームです。国や地方自治体の政策に関する調査研究・提言、 民間企業向けの各種コンサルティング、経営情報サービスの提供、企業人材の育成支援など幅広い事業を展開しています。
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