
カテゴリー: 自動車・製造業, ASEAN・中国・インド
連載: タイ・ASEANの自動車ビジネス新潮流 - 野村総合研究所
公開日 2025.12.09
タイの電動自動車(EV)の国産化政策がより厳格化される方針である。これまでバッテリーセルの輸入コストを最大15%まで国産化率に算入することが認められていたが、2026年からは国内加工に限られる*。
これにより、主にフリーゾーン(FZ)に進出している中国系OEMが国産化率40%の条件を満たすためには、バッテリーセルまたは代替部品の国産化を進める必要がある。本稿では国産化政策を概観し、日系企業の事業可能性について触れる。
*11月25日、アヌティン首相政権下初のEV委員会が開催され、輸入バッテリーセルを国産化率に算入できる規則が2026年6月30日まで6ヶ月間延長されることが決定。ただし、2026年1月1日以降、算入可能な輸入セルの最大価値はEVの工場出荷価格の10%に引き下げられる。

タイ政府が発表しているEVの国産化政策は、主にFZでEVを生産するメーカーを対象にしている。EVで圧倒的なシェアを持つ中国系OEMは、FZに進出することで部品・材料を無税で輸入する特典を享受する一方、国産化率40%の達成を義務付けられている。
国産化政策は主に4つの部署により管轄されている(図表1)。

全体の方針を決めているのはEV委員会である。自動車関連政策は本来工業省の管轄だが、EV政策はEV委員会の権限が強い。首相ないし副首相が委員会の議長を務め、タイ投資委員会(BOI)や財務省物品税局が事務局として支え、さらにその下に工業省、交通省、エネルギー省などの関連機関が加わる。
中国は政府・企業・業界団体が一体となる「All China」体制でEV委員会の意思決定者に対してさまざまなチャネルでアプローチし、国産化政策や補助金政策などを自国に有利になるよう導いてきた。一方、日系は個別企業のネットワークや限られた政府ルートに依存してきたため、後手に回ったと言わざるを得ない。
関税局は、FZ関連の法規を発令し、手続き・審査を担当。工業省経済産業局(OIE)と工業省傘下の独立機関であるタイ自動車研究所(TAI)が、国産化の認定を行う。前者は製品(自動車の生産のプロセス)、後者は部品(バッテリー、モーターなどの9つの部品)の監査を行い、認定書を発行する。
EVの特典を申請するメーカーは、関税局に提出する国産化認定申請書に項目別に国内付加価値と輸入金額を記載し、国産化価値を計算するとともに、証明書類として両機関等の認定書を添付する(図表2)。

OIEは完成車(製品)の認定を行っており、FZにおける自動車の生産プロセスを監査する。認定に当たって、①最終組立はFZ内で行うこと、②4つ以上の重要生産プロセスのうち半分以上をFZ内で行うこと、を条件としている。また、TAIは9つの重要部品の監査と認定を行う(図表3)。

冒頭で触れたように、バッテリーセルの輸入金額(FOB価格)が国産化価値に認められなくなったことで、FZでの免税恩典を享受しているEVメーカーは、①バッテリーセルの正負極材からの国産化(一次プロセス)、②セルの組立(二次プロセス)+3部品の国産化、③バッテリー以外の重要部品の国産化、の3つの選択肢が与えられる(図表4)。

多くのEVメーカーは、セルへの投資負担が大きいことから③を選択し、バッテリー以外の重要部品の国産化を進めることが予想される。
なお、TAIは9部品の国産化監査・認定を行っているが、各部品について国産化に必要とされる加工の方法を定めている。例えば、トラクションモーターでは、ローターないしステーターの巻線などの3つの加工方法から一つを国産化することが条件となる。
以上から、EVメーカーは今後、トラクションモーター、コンバーター、減速機などの重要部品の国産化を行うために、大半のEVメーカーは現地サプライヤーから調達することになる。
日系、欧米系および中国系サプライヤーは、上述の重要部品の国産化をすでに計画している。なかでも中国系サプライヤーが最も大胆な投資を計画しており、E-Axle(モーター、減速機、インバーターが一体となったユニット)ではShanghai Electric Drive、減速機単体ではベアリング大手のWanxiang Qianchao、バッテリー・電動部品ではBYDの子会社BYD Auto Components等が国産化を進めるとみられる。
これに対して日系サプライヤーでは、報道によれば、デンソーが2027年にインバーターの生産を計画。ホンダ系サプライヤーのアステモもBOIからPCUインバーター向け投資の認可を受けた。日系サプライヤーがインバーター投資を優先しているのは、昨年タイ政府がハイブリッド車向けの投資恩典の条件として、インバーターなど主要部品の国産化を義務付けたためだ。
中国系OEM向けの電動部品では、本土での取り引き実績を持つ中国系や欧米系サプライヤーが引き続き有利とみられる。一方、各社が来年以降に国産化率40%を達成するには、電動部品の現地生産が間に合わない可能性もあり、単価の高い部品から優先的に国産化を進める動きが強まると考えられる。
主要部品の量産基盤を持つ日系サプライヤーにとっては、特に内燃機関車とEVの双方で共通して使われる足回り、ステアリング、ブレーキ、車体部品などに事業機会が広がる。しかし、中国系との競争激化により、日系OEMがタイやASEANで生産拠点を縮小・移転し、受注が減少する中長期リスクも念頭に置く必要がある。
中国系OEMとの取り引きには注意点も多い。要求される供給価格が低く、採算性の確保が難しいうえ、支払い遅延や他サプライヤーへの転注、発注から開発期間が短いことによる納期リスク、さらには地政学的な不確実性といったリスクも抱える。
特に懸念されるのは試験を含む十分な開発期間が得られないことで、万が一瑕疵が生じればサプライヤーの賠償リスクも発生する。こうした事業機会とリスク、さらに日系OEMの将来の拠点戦略を総合的に見極めながら、柔軟に対応できる体制を日系サプライヤーは整えていく必要がある。

NRI Consulting & Solutions (Thailand)Co., Ltd.
Principal
山本 肇 氏
シンクタンクの研究員として従事した後、2004年からチュラロンコン大学サシン経営大学院(MBA)に留学。CSM Automotiveバンコクオフィスのダイレクターを経て、2013年から現職。
野村総合研究所タイ
ASEANに関する市場調査・戦略立案に始まり、実行支援までを一気通貫でサポート(製造業だけでなく、エネルギー・不動産・ヘルスケア・消費財等の幅広い産業に対応)
《業務内容》
経営・事業戦略コンサルティング、市場・規制調査、情報システム(IT)コンサルティング、産業向けITシステム(ソフトウェアパッケージ)の販売・運用、金融・証券ソリューション
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