

カテゴリー: ビジネス・経済
連載: SBCS - タイ経済概況
公開日 2025.08.08
アジア通貨危機のことをご存じだろうか。1997年に起きた経済危機で「アジア」と名称がついているが、発端はタイであり、タイからアジア各国へ波及した出来事だった。
当時のタイは、バーツと米ドルの為替レートを一定割合で保つドルペッグ制を採用していた。具体的には、タイバーツと米ドルの交換レートは1米ドル25バーツ程度でほぼ固定されていた。つまり、為替レートの変動が非常に小さく抑えられていたのである。
一方、当時のタイは発展途上国だったこともあり、1年定期預金の銀行金利は10%前後と高水準だった。このため「100ドルを2,500バーツに両替して預けておけば、1年後には2,750バーツ、再び両替すれば110ドルになる」という好条件が成立していた。
しかし、これはバーツをドルに両替したいといった人が現れた場合、必ず決められたレートでドルを払う必要がある、ということを意味していた。ドルが無限にあれば問題ないが、当然タイにとってドルは外貨なので有限だった。
このような為替操作の結果、バーツの価値が本来あるべき価値より高く維持されていると考えた人々が現れた。その代表がヘッジファンドと言われる人たちだ。
彼らは本来、バーツはもっと安く(たとえば100ドルに対して3,000バーツ等)あるべきなのに、ドルペッグ制によって2,500バーツという高値になっていると判断した。
そこで彼らは大量にバーツを売り始めた。手元のバーツを売却するだけではなく、バーツを借りてきて売り浴びせた。タイ政府はドルを売却してバーツを買い支えたが、1997年の6月末にはついにドルが尽きてしまった。
そして同年7月2日、ついにタイ政府は為替レートを市場の動きに任せる変動相場制に移行した。バーツを売られても買い支えるためのドルはないため、バーツは急落し、1998年には1ドル50バーツを超える水準にまで下落した。
ヘッジファンドは、安くなったバーツを買い戻して借り手に返済し、莫大な利益を得た。そして同様の動きは他のアジア諸国にも波及した。


実は当時、大学生だった私はバックパッカーをしており、1997年2月、8月、そして1998年2月と通貨危機の前後にタイを訪れていた。
この間、居酒屋でアルバイトをして貯めたお金が、来るたびに多くのバーツに替わる。もの凄く不思議な感覚を持ったのを覚えている。この経験が理系だった私が経済に興味を持つきっかけとなったと言っても過言ではない、強烈な原体験となった。
さて、旅行者にとって有利だった通貨危機だが、タイ人にとっては深刻な災難だった。当時、景気が良かったこともあり、外国からドル建て資金を借りてビジネスを拡大していた企業が多かった。
しかし通貨危機によって、以前は100ドルの借金を返済するのに2,500バーツ稼げばよかったものが、5,000バーツ必要になってしまった。実質的に借金が倍になったうえに、借入金利が高かった。結果、多くの企業が倒産の憂き目にあったのである。
かなり減ったが現在もなお、この時期の傷跡を見ることができる。鉄筋コンクリートの骨組みだけがむき出しのまま放置された建物や橋脚があるが、これらのいくつかは、アジア通貨危機で工事が止まったままになっているものだ。また、この通貨危機以降、タイ政府はバーツが実需以外で外国に出て行くことを極端に警戒するようになった。
このように、物理的にも制度的にも通貨危機の「亡霊」は現在もところどころで顔をのぞかせている。
ちなみに、タイではアジア通貨危機のことを「トムヤムクン危機」、リーマンショックを「ハンバーガー危機」と呼んでいる。
タイ国家経済社会開発委員会(NESDC)の5月19日の発表(図表1)によると、2025年第1四半期の経済成長率は前年同期比+3.1%だった。業種別に見ると、農業は同+5.7%と前期の同+1.1%から大きく加速し、製造業も同+0.6%と前期の同+0.3%からやや加速した。一方、サービス業は観光需要が伸び悩み同+4.2%と前期の同+4.7%から減速した。また、同委員会の2025年通年の成長率見通しは、米国の相互関税や家計債務の高止まりの影響で、同+1.3〜2.3%と前回予想から下方修正された。


米国のトランプ大統領は7月7日(現地時間)に、タイとの「相互関税」について、4月に発表した36%のまま据え置くことを発表した。この税率は変更がなければ8月1日から適用される。
同日に発表された他国との税率と比較すると、ASEAN加盟国のラオスとミャンマー(いずれも40%)よりは低いが、カンボジアと同水準であり、マレーシアの25%、7月2日に合意に至ったベトナムの20%、7月15日に合意に至ったインドネシアの19%よりも高い。
・・・・
タイ投資委員会(BOI)は6月27日、電気自動車および電気・電子(E&E)製造業に対し、国内部品使用促進のための税務インセンティブ制度の強化を発表した。新たな制度では、バッテリー電気自動車(BEV)は総原材料価値の40%以上、プラグインハイブリッド車(PHEV)は45%以上、E&Eは40%以上を国内調達部品とする企業に対して法人税の2年間50%減免が追加される。
対象は、既存BOI認定事業のうち優遇措置期限内のものおよび新規投資案件。また、本インセンティブを受けるには、タイ工業連盟(FTI)による「Made in Thailand (MiT)」認証を取得することおよび2026年末までの申請が必要。
タイ政府は5月20日の閣議で、13業種の技能労働者の基準賃金を新しく制定することを承認した。対象業種は観光バスやトラック運転手、各種クレーンオペレーター、電気自動車整備士、プログラマー(C言語)、ムエタイトレーナー等で、今回定める基準賃金の日額は485〜800バーツ。
6月20日に官報掲載され、90日後に施行される。施行後、基準賃金が制定されている業種の数は141となる。なお、基準賃金は業種のほか、3つの技術レベルによって金額が異なり、適用を受けるのに労働省の技能開発局が定めた検定試験に合格しなければならない。
・・・・
タイ賃金委員会が6月17日にバンコク都の最低賃金(日額)を372バーツから400バーツ(約+7.5%)に引き上げることを発表した。7月1日に閣議決定および官報掲載され、同日より施行された。
また、2024年4月13日施行の主要観光地のホテル従業員の最低賃金400バーツは、今回の発表で全国の客室数が50室超または飲食店が併設されるホテル従業員およびナイトクラブ等、法律に定められた娯楽施設の従業員にも適用。今回の引き上げで恩恵を受ける労働者は約70万人。
なお、7月1日時点で最低賃金が400バーツである地域はバンコク都のほか、EECエリアのチョンブリー県、ラヨーン県、チャチューンサオ県、および南部主要観光地のプーケット県とスラーターニー県サムイ島。バンコク都の隣接5県では372バーツのまま据え置かれた。


SBCS Co., Ltd.
Executive Vice President and Advisor
長谷場 純一郎 氏
奈良県出身。2000年東京理科大学(物理学科)卒業。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。山形事務所などに勤務した後、2010年チュラロンコン大学留学(タイ語研修)。2012年から2018年までジェトロ・バンコク勤務。2019年5月SBCS入社。2023年4月より現職。
SBCS Co., Ltd
Mail : jhaseba@sbcs.co.th
URL : www.sbcs.co.th
SBCSは三井住友フィナンシャルグループが出資する、SMBCグループ企業です。1989年の設立以来、日系企業のお客さまのタイ事業を支援しております。
Website : https://www.sbcs.co.th/





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