どうなる? 変わるタイ経済2026

THAIBIZ No.170 2026年2月発行

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どうなる? 変わるタイ経済2026

公開日 2026.02.10

ASEANの中で、タイの経済成長の鈍化が際立っている。インドネシアやフィリピン、ベトナムが成長を続ける一方、タイは外需に依存した経済構造の限界に直面している。

こうした中、タイの経済界では、外部環境の変化だけでなく、自国の産業構造を見直し、成長モデルの軸を組み替えようとする動きが広がりつつある。

果たしてタイは経済停滞から抜け出せるのか。タイ有力シンクタンクであるタイ開発研究所(TDRI)の分析と提言を手がかりに、変わり始めたタイ経済の現在地とこれからを俯瞰してみたい。

日本と約40年の繋がりを持つ、タイ初民間系政策提言機関

1984年に設立されたTDRIは、政府から独立しながら、経済・産業政策に関する分析や提言を行ってきた、タイを代表するシンクタンクだ。創設者である元国家経済社会開発庁(NESDB)のサノ・ウナクン長官は、従来の官僚制度の枠組みに縛られない自由かつ柔軟な提言を行う組織として、TDRIの理念を確立した。

また、設立当初から、日本企業による資金のサポートや知見の共有を受けてきており、この関係は、タイの経済政策を支えるTDRIの役割を確固たるものにしたほか、今日まで続く日タイのパートナーシップを築いている。

現在所長を務めるソムキアット氏は、鋭いデータ分析と現実的な提言で知られ、タイの経済界はもちろん、在タイの日系企業の間でもその発言が注目されている一人だ。

ソムキアット・タンキットワーニット 氏
タイ開発研究所(TDRI) 所長

東京工業大学で修士号・博士号を取得。野村総合研究所での勤務経験を経て、1996年よりTDRIに入所、現在は所長を務める。貿易・産業政策の専門家として、タイ政府への政策提言や国際的な協力関係の促進に尽力している。

国際政治・気候・テクノロジーが同時に押し寄せる世界経済

ソムキアット所長はまず、近年の世界経済について、以下の3つの変化が同時に進んでいる点に注目。これらが今後のタイ経済にとって避けて通れない課題になっていると指摘する。

①国際社会の脱グローバル化、地政学的な緊張の高まり:自由貿易を軸とした経済環境から、報復関税や地政学リスクが投資や貿易に影響を及ぼす局面へと移行。米中貿易対立による生産拠点の移転が加速している。

②気候変動への対応強化:世界的な潮流として、脱炭素化は環境問題にとどまらず、エネルギー供給や産業競争力とも結びつく経済・産業政策上の重要課題に。タイ政府はネットゼロ達成目標を2065年から2050年へと前倒しし、企業活動や投資判断にも環境対応が強く求められるようになった。

③人工知能(AI)を中心とするテクノロジーの進展:生産性の向上にとどまらず、国家間の競争力や産業構造そのものを左右する要素となっている。米中間のAI覇権争いは、テクノロジーが国家の競争力確保のために戦略的に扱う対象となったことを示している。

経済成長率7%から2%へ、輸出に依存するタイ経済の鈍化

外部環境の変化が、なぜこれほどまでにタイ経済に強く影響しているのか。その背景には、タイが長年築いてきた成長の仕組みがある。タイ経済は、自動車をはじめとする製造業や食品加工などで、グローバル市場向けの生産拠点として発展してきた。

しかし、このモデルは、貿易摩擦や地政学リスク、需要の不確実性が高まる局面では、輸出の減速がタイ経済全体の鈍化に直結する。タイが誇る製造業と輸出への依存度が高いがゆえに、外部環境の影響を強く受ける。

実際、タイの国内総生産(GDP)は長期にわたり低下している。かつて7%だった成長率は、近年では2%前後にとどまっており、アジア周辺国・ASEAN内でも差は広がっている(図表1・2)。

出所:TDRIなどのデータを基にTHAIBIZ編集部が作成
出所:TDRIのデータを基にTHAIBIZ編集部が作成

インドネシアやフィリピン、ベトナムが内需拡大を背景に成長を続ける一方、タイは外需依存型の構造から抜け出せていない。同所長は「このまま低成長が続けば、タイが高所得国入りを果たすのは40年以上先の2070年頃までずれ込むか、あるいは現実的に目標達成が不可能になる恐れがある」と強い懸念を示す。

投資は増えたが製造業は疲弊、見極めるべき現実のギャップ

外需依存型の成長が鈍る中で、特に見逃せないのが投資額と産業の実力がかみ合っていない現実だ。同所長は、近年のタイ経済を「数字は動いたが、産業の競争力は十分に高まっていない」と冷静に捉える。資本市場を見ると、金融セクターは引き続き高い収益性を維持している一方、製造業では業績悪化が目立ち、タイ証券取引所(SET)の統計では2024年、製造企業の3割以上が赤字に陥ったという(図表3)。

出所:TDRIのデータを基にTHAIBIZ編集部が作成

政府はThailand 4.0やターゲット産業政策を掲げ、投資誘致を進めてきた。しかし、投資額の拡大が必ずしも産業競争力の強化や雇用の質の向上につながったとは言えない。実際に、製造業は疲弊しつつある。このギャップを直視せずに次の成長を語ることはできない。

製造業を蝕む3つの「低迷」、歪んだ競争環境

では、なぜ製造業は減速したのか。同所長は、製造業が競争力を高める好循環を生み出せずにいる背景として、3つの「低迷」を挙げる。

①労働力の低迷:少子高齢化の急激な進行に加え、教育の質と産業ニーズのミスマッチにより、企業が必要とする人材を十分に確保できていない。若年層の減少や熟練人材の不足は、生産性の伸び悩みにつながっている。

②投資の低迷:投資額は一定規模を維持してきたものの、その中身を見ると、国内企業の技術力やサプライチェーンの底上げにつながる投資は限られている。海外直接投資(FDI)も、部材や技術を海外に依存する形が多く、国内産業との結び付きが弱い。

③生産性の低迷:研究開発や技術導入が実用化や商用化に結び付かず、付加価値を十分に生み出せていない。市場競争が十分に機能せず、効率の低い分野に資源がとどまり続けている点も、生産性向上を妨げている。

これら3つの「低迷」は相互に絡み合い、製造業全体の競争力を押し下げている。同所長は、問題の核心は、企業の努力や投資が競争力の向上につながる「公平な競争環境」が十分に機能していない点にあると指摘する。競争は存在しても、その競争が生産性の向上や産業の底上げにつながらない。これが、現在の製造業が直面する本質的な課題だという。

価格競争は産業を強くしない

競争の公平性が機能しにくくなっている背景には、中国製品の過剰生産による価格競争がある。自動車や電機、鉄鋼など多くの分野で供給が需要を上回り、生産者物価指数(PPI)は長期にわたりマイナス圏で推移。国際市場では値下げが常態化し、価格が競争の軸になっている。

しかし、価格を下げ続ければ、企業の収益は削られ、技術投資や人材育成に回す余力も失われる。価格競争は産業を強くするものではないのだ。

一方で、すべての市場が価格競争に陥っているわけではない。国際貿易の新たな前提条件となりつつある環境配慮型製品などは、品質や信頼性が重視されている。グリーンスチールのような分野はその一例で、需要が増加しており、競合も限定的だという。

また、タイはOEM生産(相手先ブランド製造)に強みを持ってきたが、受託生産にとどまれば価格競争から抜け出せない。ニッチ市場でブランドを構築し、自ら価格を決められる立場を確立することが、ビジネスの持続可能性を高める鍵になる。ソムキアット所長は、タイは価格ではなく「品質と信頼」を軸にした“価値”競争への転換が不可欠だと強調する。

タイ再成長に向け、製造業が3つの「低迷」を打開する策

価格競争に依存しない成長へと舵を切るためには、何が必要なのか。同所長はまず、製造業の「低迷」を打開する策として、タイ政府へ次の3点を提言する(図表4)。

出所:ソムキアット所長への取材内容を基にTHAIBIZ編集部が作成

①労働改革:少子高齢化が進む中、単に人手を増やすのではなく、既存の労働力に「より長く、より質の高い仕事」に就ける環境を整えることが重要。女性や高齢者の就労促進に加え、海外からの高度人材の受け入れや、教育の質の底上げが欠かせない。

②投資環境の最適化:補助金や優遇策によって投資額を積み上げるだけでは、産業は強くならない。外資による投資も、部材や技術を輸入するだけの従来モデルから脱却し、タイ国内の企業やサプライチェーンと結び付く形へ転換する必要がある。投資を「量」ではなく「中身」で評価する視点が求められている。

③生産性の向上:実用化・商用化を目的としたテクノロジー導入や研究開発に注力し、価値創出を目指すことが経済成長の鍵となる。

また同所長は、これら3つは個別の対策ではなく、「公平な競争」を機能させるための一体的な改革だと位置付ける。価格ではなく“価値で競う”経済へ転換できるかどうかが、タイ再成長の分岐点になる。

次の成長モデルは「量より質」、鍵は日タイ共創と公平な競争環境

量を積み上げる成長から、質で伸びる成長へ。タイが目指す転換を実現するには、企業の努力や投資が正当に評価される「公平な競争」が機能する環境が欠かせない。その土俵が整ってはじめて、価格ではなく価値で競う成長モデルが成立する。

ソムキアット所長は、この競争環境の整備は製造業の国内政策にとどまらず、日タイの経済協力のあり方とも深く関わると指摘する。2027年には、日タイ経済連携協定(JTEPA)の発効20周年、日タイ修交140周年という節目を迎える。自由貿易を前提に設計された当時から、世界経済の環境は大きく変わった。

同所長によれば、今後求められるのは、単なる取引量の拡大ではなく、産業の競争力を高める価値創出のための協力だ。例えば、水素を活用した重工業の脱炭素化やサプライチェーン全体の環境対応、サイバーセキュリティや食料安全保障といった分野では、日本が持つ技術や知見が生きる余地は大きい。

また、中国との競争が激しさを増す自動車・電気自動車(EV)分野では、品質や安全性、長期的な信頼が競争力となる。日系企業は、その価値が正当に評価される環境を、交渉を通じて整えていくことが重要だとする。

今後は、新規投資の呼び込みだけでなく、すでにタイに根付く6,000社超の日系企業をどう次の段階へ引き上げるかが、日タイ双方に問われている。ソムキアット所長は、「RE100(事業で使う電力を100%再生可能エネルギーで賄うことを目標に掲げ、実行を約束する国際的な企業イニシアチブ)」の実現という実務的な課題に向き合うことが、工場や設備への既存投資を高度化し、次世代産業が育つための基盤づくりにつながると述べる。

価格ではなく価値で競い、努力が報われる環境をどうつくるのか。変わり始めたタイ経済の中で、日本企業には「進出企業」から「変革を共に進めるパートナー」へと役割を進化させる姿勢が求められている。

THAIBIZ編集部
サラーウット・インタナサック / 和島美緒

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