
公開日 2026.02.10
目次
TDRI Annual Public Conference 2025
昨年11月17日に開催されたTDRIの年次会議では、同所の研究員に加え、エクニティ副首相兼財務相や国民党のナタポン党首、元首相・民主党のアピシット党首なども登壇し、タイの産官が集結。成長が鈍化するタイ経済を再建するための新たな開発モデルと、それを支える新産業政策が示された。本章では、産業と投資・貿易を軸に、今後の基準になっていくタイにおける政策の考え方と具体策を整理する。

TDRIの試算によると、タイの潜在成長率は現在およそ2.3%にとどまっている。GDP成長率はその年の景気に左右される一方、潜在成長率は景気の波を除いた、労働力、資本(工場や機械)、生産性(技術や効率)から計算される国の基礎体力のようなものだ。
ソムキアット所長は、この潜在成長率が2%台まで落ちてしまったことが問題だと指摘。この水準が続けば、人口減少と生産性停滞が重なり、タイはいつまでも中所得国の罠から抜け出せない。一方で、労働、投資、全要素生産性(TFP)の3点を改革することで、潜在成長率を4.7%まで引き上げ、2041年に高所得国入りする余地があると述べる。
その具体策と比率は、前ページで挙げた①労働改革(+0.55%)、②投資環境の最適化(+0.43%)、③生産性の向上(+1.4%)だ(図表5)。ただし、重要なのは、これが単なる経済モデル上の数値目標ではない点だ。

TDRIはこの成長を支える条件として、「どれだけ良質な雇用(Good Jobs)を生み出せるか」を政策の中心指標に据える必要性を強調している。投資額や輸出量が増えても、賃金が上がらず、スキルが蓄積されなければ、生産性は伸びない。
この問題意識は、産業、投資、貿易といった分野の議論に共通する前提となっており、本会議では、その前提を踏まえた具体的な政策設計が議論された。
産業セッションでは、プッティパン・ヒランヤタクン研究員とノパルット・ジンダソムバットチャロン研究員が登壇。従来のように一律の税制優遇を与える手法では、グローバル最低法人税率15%の導入により、誘致効果が弱まりつつある。
今後は、税制優遇を出す代わりに、人材育成や工程高度化といった具体的な条件を組み込み、成果と引き換えに支援する仕組みが必要だと訴えた。また、両氏はその上で以下のセクターについて、それぞれの策を提案した(図表6)。

①PCB(プリント基板)産業:投資は急増しているが、高度人材が不足し、生産拠点にとどまるリスクがある。税制優遇の条件として、タイ人技術者の育成や高度工程の導入を求める設計に。
②ペットフード産業:輸出は世界2位を誇るが、OEM依存度が高く、ブランドや研究開発が弱い。税制優遇よりも、技術導入やブランド構築に直接つながる支援策が有効。
③ウェルネス・ツーリズム:需要がある一方、専門人材不足やサービスのばらつきが課題。集客よりも、供給側の人材育成や基準整備を優先する必要がある。
本セッションでは、「次に何が来るか(What)」を当てにいく産業政策は終わり、これからは「どのように産業を育成し、タイ人の雇用と所得に結びつけるか(How)」というプロセスと手段を設計する段階に入ったことが示された。
投資・貿易セッションでは、ネーウィン・シンシリ研究員が登壇。投資政策の課題として、関税や規制の設計が現実と乖離している点を指摘した。例えば、自由貿易協定(FTA)の拡大により中国からのEV完成品は関税0%で輸入できるのに対し、バッテリーなどの重要部品には関税がかかるため、国内で生産するより輸入した方が安い。
医療用ロボットも同様に、完成品よりモーター部品の関税が高くなっているという。加えて、オンラインプラットフォームを通じて、低品質な製品やダンピング品が大量に流入し、中小企業の売上が大きく落ち込む事例も出ている。
タイが抱える構造的な問題と新たな脅威の双方を背景に、政策が今の経済環境に合わなくなっているとの認識を共有した。こうした問題を踏まえ、同研究員は次の3つの政策転換案を提示した。
①国内生産が不利にならない関税・制度設計への見直し:完成品と部品の関税構造のねじれを是正し、国内生産が不利にならない環境を整えることが必要。
②不公平な輸入に対する市場防衛の強化:低品質品やダンピング品に対しては、規格や基準を厳格に適用。プラットフォーム事業者にも責任を求め、公平な競争条件を確保する。
③投資を国内産業の高度化につなげる仕組みづくり:政府調達やスマートシティ計画などでは、特定企業に依存しないオープンな基準を採用し、ローカル企業がサプライチェーンに参入できる余地を広げる。
本セッションで得られたのは、歪んだ関税構造を正し国内産業を鍛えると同時に、不公平な輸入からは厳格な基準で市場を守るという、攻めと守りをバランスよく再構築する重要性だ。これにより、タイが単なる組立拠点から付加価値を生み出す中核拠点へ移行する方向性がより明確になった。
最後のトークセッションでは、これまでの産業・投資政策を実行段階で阻んできた要因として、政治の不安定さと行政の縦割り構造について改めて議論された。国民党のナタポン党首は、過去20年で首相が頻繁に交代してきた状況を挙げ、長期的な産業政策を継続して実行すること自体が難しかったと指摘。
また、国家経済社会開発評議会(NESDC)のスパーウット顧問は、現在の国家計画が各省庁のボトムアップ型の寄せ集めになっており、全体戦略として機能していない点を問題視した。元駐米大使のピサーン氏も、交通事故対策や非感染性疾患(NCDs)対策などを例に、複数の機関が個別に予算を使い、成果に誰も責任を持たない構造を批判した。
こうした課題から議論の焦点となったのが、政府の役割そのものを見直す必要性だ。政府は自らプレイヤーになるのではなく、規制緩和や制度設計を通じて民間を支える「イネーブラー(Enabler)」へと転換すべきだという点で意見が一致した。具体的には、政府が個別の判断や承認を握り続けるのではなく、不要な規制や許認可を減らし、民間が事業を進めやすい環境を整える役割へと転じるべきだとした。

本セミナーで共通して示されたのは、今後の政策は「国内の価値創出につながる形」へと転換していくという方向性だ。こうしたルールの変化の中で、企業は支援策や制度を活用しながら、タイの産業と自社の双方にどのように価値を生み出すかを設計する必要ある。次章では、実際にタイで事業を展開する企業が、こうした変化をどのように自社の戦略に落とし込んでいるのかを見ていく。

THAIBIZ編集部
サラーウット・インタナサック / 和島美緒


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