カテゴリー: 対談・インタビュー, 特集, バイオ・BCG・農業
連載: タイ企業経営者インタビュー
公開日 2023.06.07
アジアの医療ツーリズムの先進国とされるタイでも、新型コロナウイルス流行期には外国からの旅行者が急減する中で、医療ツーリズムを強みとするタイの大手私立病院の経営も悪化した。しかし、コロナ流行により人々の健康への意識が高まり、さらにタイ政府によるバイオ・循環型・グリーン(BCG)経済モデルの対象として「医療・ウェルネス」も位置づけられる中で、タイの医療産業の成長期待は着実に高まっている。
今回は、東南アジア諸国連合(ASEAN)初の日本人専用病棟「サミティベート日本人医療センター」を含む57病院を運営しているタイの大手私立病院グループのバンコク・ドゥシット・メディカル・サービス(BDMS)の最高執行責任者(COO)で、サミティベート病院グループおよびBNH病院の最高経営責任者(CEO)を務めるチャイラット・パントゥラアムポーン(Chairat Panthuraamphorn)医師に今後の医療産業のトレンドやポストコロナの医療事業、日本企業との協力などについて話を聞いた。
(インタビューは5月17日、聞き手:mediator ガンタトーンCEOとTJRI編集部)
目次
チャイラットCOO:BDMSは、57病院のネットワークを持っており、そのうちの2つは、トンロー地区に位置し在タイ日本人の利用が多いサミティベート病院スクムビットと、サミティベート病院シラチャだ。サミティベート病院は、日本国外の病院では初めて日本医療機能評価機構(Japan Council for Quality Health Care:JCQHC)規格の認定を取得した。
日本はタイへの外国直接投資ではトップクラスのため、2019年4月にサミティベート病院スクムビットに「日本人医療センター」を開設したほか、サミティベート病院シラチャには「日本人専用フロアー」を設けた。この2つの地域を選んだのは、ともに日本人居住者が多いからだ。サミティベート病院では、日本人の医師や看護師が勤務しているほか、トイレ、診察台などの設備では日本のブランド製品を使用、病室や診察室でも清潔、安全、静粛性、そしてプライバシーを重視し、日本人が落ち着ける雰囲気づくりを心掛けている。
チャイラットCOO:日本人駐在員だけでなく、その奥様など家族全員の健康をサポートしている。特に女性は美容に興味があるため、フェイシャルケアやタイ料理教室などのワークショップを開催、また、泰日協会学校(バンコク日本人学校)と泰日協会学校シラチャ校とも連携して子供たちの健康をサポートしている。新型コロナが流行した際には、ワクチン接種サービスも行ったほか、近隣諸国にいる日本人駐在員に対し、コロナへの対応について無料で相談できる遠隔医療もタイの病院では初めて提供した。
チャイラットCOO:多くの日本の病院や大学と提携している。日本人は消化器疾患が多いので、胃がん治療で有名な神戸の医療法人薫風会・佐野病院と提携している。また、小児科が得意な社会医療法人愛仁会・高槻病院とも覚書(MOU)を締結した。
さらに、今後も仕事でタイに来る日本人は増えると予想しており、今年は福岡県の産業医科大学(UOEH)とMOUを締結し、タイの東部経済回廊(EEC)にある企業が必要としている「産業医学」について情報交換することになった。日本式医療サービスを学び、日系企業の従業員の健康管理に活用したいと思っている。また、今年5月には、タイにはまだない重粒子線治療で有名な山形大学を訪問し、同治療を受ける必要のある患者を送るサービスで協力する予定だ。
チャイラットCOO:多くの日本の病院を訪問したが、日本の医療水準は非常に優れており、見習いたい。医療技術では、スタートアップ企業がまだ少ないころにはソニーやオリンパスなどの日本企業と協力し、新しい医療技術を病院に導入してきた。
スタートアップ企業では現在、米国、中国、イスラエルの多数の企業と協力している。BDMSは「誰にも病気になってほしくない」という信念から、在タイ日本人に役立つ技術、特に「セルフケア」「アーリーケア」「リスクケア」といった予防医療技術を持っている日本のスタートアップ企業との連携を歓迎している。
チャイラットCOO:これまで、医療の中心は病院と医師、そして医療機器、薬などの物理的なものだったが、これからの医療は、ウェルネスやセルフケア、予防医療、遠隔技術などが重要になるだろう。なぜなら、「Y世代」などの新世代は病院に行きたがらないからだ。一方、健康への関心を高めている「Z世代」は、情報へのアクセスが得意だ。そのため、医療は「X世代」などの旧世代だけを対象としたものから、すべての世代の人々のニーズに応えるサービスを提供するようになる必要があると考えている。
また、未来の医療技術はブレークスルーもあるかもしれない。例えば臓器移植は、現在ドナー(臓器提供者)から提供される臓器を使用しているが、今後バイオ人工臓器や3Dプリンターで作られた臓器になる可能性もある。
チャイラットCOO:在宅医療は、慢性疾患を持っている患者さんにとって必要不可欠だ。この分野でわれわれが取り組んでいるのは、例えば「Samitivej Engage Care」という体重や血糖値、血圧などの健康測定データを追跡するアプリケーションだ。このアプリで異常値が発見されると通知し、ビデオ通話で医師に相談することができる。
また、日本は在宅医療の世界的なリーダーであるため、日本の国立長寿医療研究センターを訪問して情報交換をし、さまざまな高齢者ケアでの協力を検討していく。
チャイラットCOO:2019年は、外国人患者からの収入が多かったが、2020年に入ると新型コロナウイルスの流行で大幅に減少した。現在、収入は2019年とほぼ同水準まで回復してきた。タイは医療ツーリズム分野では有名で、外国人顧客は中東やCLMV諸国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)からが多い。
しかし、医療ツーリズムの顧客を受け入れるには、医療分野だけでなく、他の分野も対応できるようにする必要がある。タイは、観光、グルメ、ハーブやタイマッサージなどの国内総生産(GDP)に貢献できる強みを医療と組み合わせ、エコシステムを構築すべきだ。そして、こうした関連産業の共通の強みをセールスポイントにするために、シンガポールのようにテクノロジー、または、ストーリーテリング(物語)やソフトパワーを活用する必要がある。これらでは資金面を含め国の支援が必要だ。
チャイラットCOO:現時点では自由化は医療用大麻に限るべきだ。医療用大麻は保健省の監督下にある病院内で使用されるため、管理が容易だ。一方、大麻を完全に自由化する場合には、医師やタイ医師会などの組織の同意、そして、国民が十分な情報と知識を持っているかどうかを検証する必要がある。つまり、すべての関係者が意思決定に参加し、準備しなければならない。
チャイラットCOO:タイに投資している在タイ日本人の健康をサポートすることで、恩返しをしたいと思っている。サミティベート病院は今後、EEC地域に拠点を持つすべての日系企業を訪問し、日本から学んだ予防医療を含む産業医学の知識を活用し、各社の従業員に潜在する健康リスクを検査し、従業員の健康コストの削減にも貢献していきたいと考えている。
TJRI編集部
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