賢慮という知のあり方を問う タイビジネス戦略

賢慮という知のあり方を問う タイビジネス戦略

公開日 2017.12.19

職業柄、非常に多くの経営者の方々と日々仕事をする機会に恵まれていますが、一番多い質問の一つが、「成功事例を教えてください」、「今すぐ使えるアドバイスを教えて欲しい」というものです。成功事例を学び、それを真似ることで事業が上手くいくのであれば、私も何十年も悩み続ける必要が無くなり、それはそれで素晴らしいことなのですが、現実はそれほど甘くはありません。それぞれの企業がおかれている文脈(コンテクスト)を理解することなく、適切な処方箋を考えることはできません。

私と話せば、上手くいく法則を教えてもらえると思われている方もいらっしゃるようですが、どのような文脈で、どのような時間軸・空間軸で、何を目的として事業をするのか、という「どう在りたいのか」「どうしたいのか」という自分自身のことを深く理解する作業なく処方箋などは出せないのです(「直ぐに役に立つ」ことを売りにした専門家やセミナーも開催されていますが)。

これは時間をかけてじっくりと取り組むべき本質的な問いです。ある文脈で適切な処方箋は、状況や目的が変われば大変な副作用を引き起こします。処方箋の有効性は状況と目的に応じて決まるのです。新興国のビジネスでこれまでの日本的な仕事の運び方が上手く機能しないのは、日本的な経営が悪いのではなく、新たな状況では、有効に機能しないことがあるということです。常に状況と目的に応じて有効な処方箋を考え続けるという経営の「方法に対する原理」が重要なのです。

また、戦略とは組織が持っているモノではなく、経営者の意志とともに、組織に命を吹き込み、組織構成員の1人1人の行為によって形づくられていくコトですので、戦略形成のプロセスの中で試行錯誤を通じて実現していくべき実践なのです。たとえ、成功事例と同じ文脈であったとしても、企業を取り巻く環境は非常に速いスピードで変化をしています。この変化のスピードが、3年後も5年後も一定速度であれば、そこに合わせて戦略を計画し準備をすることが可能です。

東南アジアは小さな子供のように日々成長をしていきますが、日本は高齢者です。何年かぶりに幼児に会うと、大きく成長し見わけもつかなくなりますが、私たちの場合には、10年ぶりに同窓会であったところでそれほどの変化はありません。この時間の感覚のズレが私たちを浦島太郎にしてしまいます。新興国市場の競争の次元も毎年上昇しており、コストや品質のみの競争からより高度な次元の競争へと移行しています。生物の世界でも、競争が激しくなると同じ種類の生物は淘汰され1種類だけが生き残るようになっています。

他の企業がやっていることを、そのまま真似して生き残れるのは、競争環境が緩やかな場合です。経営学の研究成果をみてみると、競争優位は、築いたその時点から失われつつあるというのが現実であり、過去の成功体験も、それが足枷になり、変化への対応を鈍くさせてしまうということが指摘されています。

アジアのビジネススタイルを学ぶ

日本の歴史の教科書には米国や欧州の国々の記載がたくさんありますが、それと比べるとアジア諸国のことはあまり深く知られていません。たとえば、カンボジアの紙幣に日本のODAで建てられた橋が載っていることや、ラオスの首都ビエンチャンのワッタイ国際空港の入り口には日本の支援に感謝する石碑が設置されており、街中を走るバスには日本の国旗と感謝の文字が入っていることをどれほどの日本人が知っているでしょうか。他にも挙げればきりがありませんが、今後アジアとの共栄の重要性が益々高まる時代ですから、こうした国々の歴史や日本との関りについてしっかりと学んでいくことも大切です。

一方で、親日国といわれるタイにおいても、1970年代には日本製品の不買運動などの反日運動が起り、日本国首相に卵が投げつけられたり、JETRO前でプラスティック爆弾が爆発したりするなかで、多くの駐在員が国外退去をしたことや、その後、どのようなプロセスを経て(先人の努力によって)今日に至っているのかということも、あまり詳しくは知らないという方が多いのではないでしょうか。もちろんこうした不買運動は、貿易不均衡やオーバープレゼンス、そして、公害問題などが要因として挙げられますが、過去の研究が示しているように、日本人や日本企業の傲慢さに対する現地住民の不満や現地の特権階級との癒着による腐敗といった要因も指摘されているのです。

話をビジネスに戻しますと、ビジネスの世界でも、アジア流の「型」があります。アジア圏ではファミリービジネスが主流で、タイの上場企業に占めるファミリービジネス(家族所有型企業)は全体の50%近くに達し、約9%の日本と比べても高い割合です。「所有と経営」の分離というのは経営学を学ぶと必ず出てきますが、ファミリービジネス(FB)には、ここに「家族」が関わってくるので、スリーサークルモデルとも呼ばれます。また、FBでは、ファミリーの視点とビジネスの視点の双方を管理していくことが求められますから、経営学では、価値観、ビジョン、戦略、投資、ガバナンスをパラレルで管理していくパラレル・プランニング・モデルなども提唱されています。

近年の研究では、FBの原動力として、永続的・本質的な価値を追求する継続性(continuity)、強い価値観を核として結束し慈悲深く組織をまとめるコミュニティ(community)、外部のパートナーと長期的・互恵的な関係を築くコネクション(connection)、強いリーダーシップによる素早い意思決定を通じた環境適応というコマンド(command)、が挙げられています。家族であるが故の問題も生じますが、一方で、家族経営の特質と強みについても深く理解しておかなくてはなりません。

新興国の事業では、何を知っているかに加えて、誰が何を知っているかを理解しておかなくてはなりません。そこで、知り合いを通じて誰かを「紹介してもらう」ために、特に明確な目的もないままに表敬訪問をしがちですが、紹介者は、紹介すれば終わりではなく、紹介先にとってメリットがない場合や、その結果、ビジネスのプロセスで何らか問題が生じた場合には、その埋め合わせをしなくてはならず、非常にリスクの高いことなのです。こうしたネットワークのルールやコミュニティにおける作法は、その社会に深く入り込み、文脈を共有していなくては理解をすることは難しいものです。

日本国内では組織(出身大学や所属企業)が皆さんの信用を肩代わりしていましたが、海外では表敬訪問や情報収集ではなく、「あなたは誰の紹介で何をしに来たのですか?」「組織としての意思決定ができますか?」を明確に伝えることができなければ勝負になりません。

THAIBIZ編集部

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