“顔”が見えるアヌティン政権で動き出した景気の処方箋「タイランド10プラス」構想

THAIBIZ No.171 2026年3月発行

THAIBIZ No.171 2026年3月発行タイの若者に“届ける”には? – サントリー流マーケ戦略

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“顔”が見えるアヌティン政権で動き出した景気の処方箋「タイランド10プラス」構想

公開日 2026.03.10

2月時点で、アヌティン政権の継続が決定した。加えて、実力派として高い評価を得てきた副首相兼財務相のエクニティ氏、スパジー商務相、シハサック外務相の3名も留任し、少なくとも経済運営の中核が大きく揺らがない形が整った。景気対策への期待が高まる局面で、政権の“顔”が見えていることは、企業にとっても一定の安心材料となるだろう。

政治報道で見えにくい経済の手触り

しかし、日々のタイ語ニュースを追っていると、紙面や放送の中心は別のところにある。連立政権の力学がどう変わるのか、選挙管理委員会をめぐる不正疑惑はどうなるのか。政治の話題は溢れている一方で、「政治に紐付いた経済政策」のニュースは驚くほど少ない。これは今回に限った現象ではない。

タイの報道は「政治と経済が分かれている」とも言われるように、いつも同じ構図だ。経済施策の方向性を掴むには、ニュースの見出しではなく、エクニティ氏やスパジー氏の取材対応や、経済番組への出演などの“限られた機会”を丁寧に拾う必要がある。

3本柱を同時に回す発想「タイランド10プラス」

そうした「数少ない経済ニュース」の中で、タイ誇り党(プームジャイタイ党)が昨年12月に打ち出した経済政策「タイランド10プラス」の露出が相対的に増えている。そこで本稿では、エクニティ氏の発言を軸に、同政策の基本設計を整理して紹介したい。

同氏が繰り返し強調しているのは、選挙後の経済運営は「一つの処方箋では効かない」という現実である。具体的には、①短期の景気回復、②長期成長に向けた経済構造の転換、③格差是正のための所得分配、これらを三位一体で動かすことが「タイランド10プラス」の核だと位置付けている。

タイランド・ファストパスで4,800億バーツを解放

一方で現実問題として、選挙結果の確定手続きなどの影響で、2027年度予算の執行が遅れる恐れがある。そこで同氏が掲げるのが、タイ投資委員会(BOI)の投資加速策「タイランド・ファストパス」の活用である。

同政策のために確保されている4,800億バーツを解放、認可を待つ民間投資を前倒しで動かし、資金を早期に経済促進に当てる。これによって短期回復を下支えしつつ、長期成長の基盤づくりも同時に進められるという発想だ。

同氏は、こうした投資策の実行は今年中に加速させる意向で、追加予算を必要とせず、法的制約にも抵触せずに直ちに継続実施できる点を強調。また、政権の体制が移行期にあっても実行を止めない姿勢を示している。

重点3領域はスマート農業・近代産業・プレミアムサービス

同氏は、政策の狙いも明確だ。重点分野の第一は「スマート農業」であり、テクノロジー導入によるコスト削減と、農産物のプレミアム化によって世界の食市場に対応していく。

第二は「近代産業」で、電気自動車(EV)やスマートエレクトロニクスといった領域の投資を継続する。

第三は「プレミアムサービス」で、観光を高付加価値領域へ引き上げ、ウェルネス産業や“新しい観光”の成長を促す。従来の「数を追うモデル」から、より稼ぐ力を高める方向へ舵を切ろうとしていることが読み取れる。

コンラ・クルン・プラス2で消費刺激に“稼ぐ力向上”をプラス

加えて、国内消費と現場の生産性を同時に引き上げる施策として注目されるのが、飲食費・日用品の半額を政府が補助する「コンラ・クルン・プラス」だ。政権継続を見越して昨年2回目が実施されたが、2回目では参加者にリスキリング/アップスキリングの条件を加える方針を示している。

過去の短期実証では、研修を受けた店舗の月収が1万バーツから5万バーツへと明確に増加した事例があったとされ、単なる消費刺激策ではなく、“稼ぐ力”の底上げを政策の中に織り込む意図がうかがえる。

2回目も、資金が大手に集中しないよう中小店舗に対象を絞り、地方へ所得を分配する。財源は今年度または来年度予算を想定しているという。

狙いは「GDP3%プラス」

「タイランド10プラス」は、国内総生産(GDP)成長率を3%へ引き上げることを目標として掲げ、政策体系を図表1の通り整理している。

出所:各資料を基にTHAIBIZ編集部が作成

第一は「包摂的成長」で、生活者支援と格差是正を軸に据える。生活者支援では「低所得者プラス」として、例えば、電気料金を最初の200ユニットについて1ユニット当たり3バーツ未満に抑える案(年間約630億バーツ規模)を提示し、生活費負担の軽減を重視する。

また、低所得者向けの国家福祉カード(いわゆる貧困者カード)については新規登録を再開し、権利の見直しを含め「全面的に作り直す」としている。見直しでは「本当に貧しい人」に絞り、必要な人に漏れなく付与できる制度へ作り直すという。これにより、必要な人により手厚く支援できるとした。

高齢化対策としては「高齢者プラス」を掲げ、高齢者雇用の促進(雇用に関する税控除を2倍、上限3万バーツ)や高齢者向け所得税控除、全国的な高齢者ケアセンター整備などを打ち出す。さらに「コミュニティプラス」で地元就業と所得確保を支え、「SMEプラス(メイド・イン・タイランド)」で政府調達、低利融資、信用保証制度の強化を通じて中小企業を支援し、「ビジネスプラス」で大企業の成長と裾野の底上げを同時に進めるとする。

教育・グリーン・投資迅速化・AIを束ね競争力を強化

第二は「競争力強化」で、構造改革による長期的な国力向上を重視する。「教育の公平プラス」として、無償教育と就職支援、そして市場ニーズに沿ったリスキリング/アップスキリングを強化する。

環境分野では「グリーン経済プラス」を掲げ、2050年へ前倒ししたネットゼロ目標の下で、地上設置型や浮体式の太陽光発電などのクリーンエネルギーを促進する。また、併せて、グリーン法規・基準、グリーンファイナンス、カーボンクレジット取引市場などの整備を進め、「環境配慮型の生産で付加価値を上げる成長の道」を描く。

インフラ投資では「タイランド・フューチャー・ファンド」などで民間資金を呼び込み、政府の追加借入を抑え、財政負担を増やさない形を模索する。「トレードプラス」では新市場開拓に加え、武器・装備品調達と農産品購入をセットにしたバータートレード(相互取引)も視野に入れる。

行政手続きの迅速化を掲げる「タイランドプラス(タイランド・ファストパス)」は、外国投資を実体経済へ早く落とし込むための装置であり、「AIプラス」では人工知能(AI)をデータ分析や業務、災害警報に活用し、国民のAIスキルの底上げも図るとしている。

景気刺激と債務対策を加速させる「クイック・ビッグ・ウィン」

第三は「即効性のある景気刺激と債務対策(クイック・ビッグ・ウィン)」だ。中核は前述の「コンラ・クルン・プラス2」であり、消費刺激と販売スキル向上を組み合わせる。債務対策では、10万バーツ未満の不良債権(NPL)を対象とする「早期完済で再出発プラス」を掲げ、金融機関再建開発基金(FIDF)を活用した債務再編と金融教育をセットで進める。

さらに、全世帯を対象に政府が保険料(1世帯当たり1,000バーツ)を負担する災害保険を創設し、AIで災害の発生が検知された場合には10万バーツを給付する仕組みも提示している。資産形成の面では、配当課税を行わない個人貯蓄口座(TiSA)の整備を掲げ、過去に閣議提出した施策を再検討して制度化を目指すという。

投資誘致で所得を生む、6つの「稼ぐ産業」政策

第四は「産業政策による所得創出」である。タイ誇り党は投資誘致を重視し、ペットフードや健康・機能性食品などの未来食品(フューチャーフード)、データセンターおよびクラウドサービス、プリント基板(PCB)などのスマートエレクトロニクス、EVとサプライチェーンなどを挙げる。

企業側が見るべき次の焦点 ―「現場に落ちる」瞬間を追う

政治の話題が渦巻く時期ほど、経済政策は見過ごされやすい。タイの報道の特性を踏まえれば、政府が何を優先し、どの資金をいつ動かすのかを理解するには、こうした断片をつなぎ合わせる作業が欠かせない。

アヌティン政権の継続と主要閣僚の留任が確定した今、企業側としては「タイランド・ファスト・パス」の実行速度、「コンラ・クルン・プラス2」の設計、そして「タイランド10プラス」が掲げる重点産業がどの程度「現場の制度・予算・実務」に落ちるのかを、次の焦点として見ていく必要があるだろう。

参考:タイ誇り党「10プラス対策で4年間で3%のGDP成長目標を発表」(2025年12月24)
クルンテープ・トゥラキット「2026年に政権を樹立する第一党・タイ誇り党の経済政策の概要」(2026年2月9日)
クルンテープ・トゥラキット「タイ誇り党は10プラス政策を加速、エクニティ氏はタイの信頼回復と経済刺激を目指す」(2026年2月10日)

>>本連載「THAIBIZ NOW」の記事一覧はこちら

Mediator Co., Ltd.
Chief Executive Officer

ガンタトーン・ワンナワス

在日経験通算10年。2004年埼玉大学工学部卒業後、在京タイ王国大使館工業部へ入館。タイ国の王室関係者や省庁関係者のアテンドや通訳を行い、タイ帰国後の2009年にメディエーターを設立。日本政府機関や日系企業のプロジェクトをコーディネート。日本人駐在員やタイ人従業員に向けて異文化をテーマとした講演・セミナーを実施(講演実績、延べ12,000人以上)。

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