

カテゴリー: ビジネス・経済
連載: THAIBIZ NOW
公開日 2025.12.09
タイは今、「受け身外交」から「戦略外交」へと大きく舵を切っている。アヌティン首相率いる現政権は、国境紛争・安全保障と輸出・貿易を切り離さない構えだ。国家の主権を守りながら経済的なメリットも同時に引き出すという姿勢を強め、タイの国際的立ち位置を再設計しようとしている。


目次
タイは11月9日、前月に署名したばかりのカンボジアとの和平に向けた共同宣言の履行を停止した。同国とシーサケート県の国境付近で地雷が爆発し、タイ人兵士2人が負傷したことを受けてのものだ。これに対し立会人の一国である米国は、一時的にタイとの関税交渉を中断する姿勢を見せ、安全保障と通商の駆け引きに緊張が高まった。
しかしタイ政府は一貫して「国境問題と通商交渉は切り離すべきだ」という原則を崩さず、アヌティン首相はトランプ大統領と電話会談を行った。その結果、米国側もこの立場を受け入れ、和平問題を関税協議に持ち込まない方針を確認した。
こうした外交上の緊張の裏で、タイ政府は新市場開拓という攻めの経済戦略を着実に進めている。スパジー商務相はアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会合の場を活用し、タイ産米のプロモーションを強化。シンガポール政府との10万トン、中国政府との50万トンの米取引を成立させた。
中タイ間の高官往来が増える中で、これはタイの存在感を示す戦略的な成果として評価されている。さらにタイは、新興国による枠組み「BRICS」諸国(ブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカ等)との関係強化にも積極的で、特にロシアやインドとの交渉を通じて、米国市場のリスクを分散する新たな輸出先を確保しつつある。
政府による外交成果の背後にある、王室外交の存在も見逃せない。ワチラロンコン国王とスティダー王妃は最近、タイ王室として初めて中国を公式訪問し、習近平国家主席夫妻と会談。文化・教育分野での交流拡大も協議された。これは両国関係の深まりを象徴する動きであり、米中の間でバランスを取りながら自国の利益を最大化する、タイの“戦略的中立”外交を体現するものだ。
こうした外交・通商戦略を支えているのが、専門性を重視したテクノクラート内閣である。シーハサック外相は外務次官や駐日大使を歴任し、豊富な国際経験を基に存在感ある外交を展開している。スパジー商務相は民間企業の経営経験を政策に生かし、スピーディーな交渉と実行力で成果を上げる。
エクニティ副首相兼財務相は財政規律と経済の安定を重視しており、外部環境の不透明感が高まるなかでも経済の落ち着きを取り戻しつつある。これらの布陣は、アヌティン政権がポピュリズムではなく、実務と戦略性を軸にした国家運営を志向していることを物語っている。
タイの外交・通商政策は今、構造転換の真っただ中にある。米国・中国・ASEANとの関係を慎重に見極めつつ、したたかに国益を追求する姿勢は、従来の“日和見(ひよりみ)”とは一線を画す主体的な国家戦略へと変化しつつある。日本企業にとっても、こうしたタイの戦略的外交は決して他人事ではない。関税交渉や自由貿易協定(FTA)、輸出規制、投資環境の変化は、今後の日本の海外展開戦略において大きなビジネスチャンスとなる可能性があるだろう。


Mediator Co., Ltd.
Chief Executive Officer
ガンタトーン・ワンナワス
在日経験通算10年。2004年埼玉大学工学部卒業後、在京タイ王国大使館工業部へ入館。タイ国の王室関係者や省庁関係者のアテンドや通訳を行い、タイ帰国後の2009年にメディエーターを設立。日本政府機関や日系企業のプロジェクトをコーディネート。日本人駐在員やタイ人従業員に向けて異文化をテーマとした講演・セミナーを実施(講演実績、延べ12,000人以上)。





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