日本経済新聞、太田泰彦編集委員兼論説委員が解説 RCEPを読み解く

日本経済新聞、太田泰彦編集委員兼論説委員が解説 RCEPを読み解く

公開日 2017.04.30

目に見えない、〝データ貿易〞はどうなる?

2012年にカンボジアで決められたRCEPの交渉方針によれば、その交渉項目は物品貿易の引き下げ、サービス貿易の自由化、投資の自由化、経済および技術協力、知的財産、競争規定、つまり独占禁止法の運用、紛争の処理と8つほどで、政府調達、環境、労働など項目が30近くある細密なTPPと比較すると、かなり大雑把だと分かります(22・図表2)。

「16ヵ国が共通のルールで貿易の秩序をつくる」という謳い文句は立派ながら、ルールづくりという意味では必ずしも斬新とは言えず、物品貿易を行う企業には有効かもしれませんが、情報サービスやデジタル商品、コンサルティングのようなサービス貿易、データ貿易を行う企業にとっては物足りない内容です。

TPPにあってRCEPに足りない大事な項目の一つに、電子商取引があります。目に見えて安全が確認でき、関税をかけられる物品貿易とは異なり、インターネット上で行き来する、目に見えないデータやサービスの貿易をどのようにルールで縛り、国家の介入を防ぎ、安全・安心を守るかは重要な争点です。
人口増加と経済成長が著しいアジアの国々では、今後もインターネットの利用者が増え続けます。国境を超えた電子商取引を行う場合、例えばデータセンターを置く国の政治体制が異なると、政府の方針次第でデータの所有権の所在が変わり、あらゆるデータやノウハウが没収されるというリスクもあります。ですから、サービス貿易、データ貿易については予めルールを決めておく必要があるのです。RCEPで物の動きがより活発になっても、本当の意味で現代の経済自由化が進むと言えるのかは、評価が分かれるところだと思います。

RCEP妥結に向けた各国の思惑

物品貿易の関税障壁に関しても、TPPでは少しの例外を除いて基本的にはすべての関税をなくす方向でしたが、RCEPには例外が多く存在し、既得権益は温存されるでしょう。そうなるとRCEPが発効されたところで、日本の得意産業である自動車や鉄鋼、機械、素材や部品の関税が全て0%になる保証はありません。

ASEANとしては、「何でも良いからRCEPを合意してしまいたい」のが本音のはずです。中国はアメリカの放棄により転んだTPPを心の中で笑っていて、習近平国家主席は今年1月のダボス会議で〝世界の自由貿易のリーダーは中国だ〞と発言しました。本当にFTAをやりたいわけではなくても、自由貿易の旗手を自任した手前、参加国に名を連ねるRCEPは何としても合意したい考えでしょう。
オーストラリアも中国との距離を縮めていますから、合意を志向すると思われます。韓国も合意に傾いており、現時点では日本とニュージーランドだけが中身を重視している状態です。インドは自由化には消極的ながら、日本とニュージーランドが交渉を引き伸ばし、これ以上インドの譲歩が増えて損をしないよう、恐らく年内の合意に賛成するのではないでしょうか。日本とニュージーランドも、16ヵ国中14ヵ国が年内合意で進めたいと言えば、断固反対はできないでしょうから、渋々ながら例外だらけのRCEPに賛同するはず、というのが私の予測です。

今年2月に神戸で開催されたRCEP交渉会合が、まさにこの状況だったそうで、実質的な経済の実利に基づく交渉というよりは、政治的な、つまり各国の国内事情による隔たりが明らかになりました。2017年のASEAN議長国を務めるフィリピンでは、ドゥテルテ大統領が国内の麻薬や治安、汚職といった問題に取り組み、外交よりも国内問題への取り組みで支持を得ています。国内にまだまだ諸問題を抱えていますから、ASEANで良い合意をつくりたい、というよりも議長国として立派な合意をつくり、自慢したいという政治的な思惑のほうが大きいはずです。

アメリカを意識し続ける日本

2月10日、安倍総理とトランプ大統領が会談しました。外務省が発表した共同声明によれば、「アメリカのTPP離脱に留意し、共有された目的(貿易自由化)を達成するための最善の方法を探求する」とあり、「日米間で二国間の枠組みに関して議論を行う」、つまり日米だけで市場開放を協議する方向であることが示されました。その後には、「日本が既存のイニシアティブを基礎として地域レベルの進展を引き続き推進する」とあります。この一文をどのように捉えるべきなのかが議論を呼びました。RCEPを意味すると解釈すべきではない、というのが日本政府内の意見の主流です。

日本政府は、アメリカは自分たちが参加していないアジアの枠組みで、日本が勝手なことをするのは面白くないはずだと理解し、神戸の交渉会合でもRCEPにあえて高い水準を求める原則論を貫いたものと思われます。日本は殊にアメリカに弱く、TPPがあってもなくても、アメリカの顔色を伺っています。

では、RCEPを生ぬるい内容でも妥結すべきなのか、アメリカのことは気にせず、内容を高めていくべきなのかというと、意見が分かれるところだと思います。個人的には、安易な合意をすれば安心して(終わって)しまいますから、妥結はしても、次につながるような終わり方をして、TPPにあってRCEPにないものをできるだけ移植していける仕組みを考えるべきだと思います。

次ページ:誰が得するためのFTA?

THAIBIZ編集部

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