日本経済新聞、太田泰彦編集委員兼論説委員が解説 RCEPを読み解く

日本経済新聞、太田泰彦編集委員兼論説委員が解説 RCEPを読み解く

公開日 2017.04.30

誰が得するためのFTA?

TPP参加国からアメリカを抜いた11ヵ国でFTA協定を進める話も水面下で動いています。その中心となっているのが、日本、シンガポール、ニュージーランドで、メキシコも賛同しています。TPPはアメリカが最大の市場でしたから、11ヵ国ではあまり意味はないのですが、これができれば、アメリカにプレッシャーをかけることができます。財政や関税の問題など、トランプ政権の経済運営には懐疑的な見方が広がり始めており、トランプ大統領が心変わりする期待的観測があるのです。実際、制度的にもRCEPだけでは弱いので、TPPは〝あとはアメリカを呼ぶだけ〞という状態にしておきたい思惑です。とはいえ、公式の場では菅官房長官はアメリカ抜きのTPPを否定しており、やはり日本政府はアメリカの顔色を伺っている状況です。

一方、自らをFTAの旗手と名乗った中国は、RCEPのほかにも、2014年のAPECで習国家主席が提唱した構想、「一帯一路(OBOR:One Belt One Road)」による経済協力を推し進めています。OBORの具体的な中身は不透明ですが、中国の西部から中央アジアを経由してヨーロッパにつながる陸のシルクロード経済(一帯ベルト)と、中国沿岸部から東南アジア、スリランカ、アラビア半島の沿岸部、アフリカ東海岸を結ぶ海上シルクロード(一路)の2つの地域に焦点を当て、インフラ整備、貿易促進、投資の活性化などを掲げています。貿易黒字で稼いだ中国の潤沢な外貨準備が資金として活用されるとみられるほか、中国主導で設立したAIIB(アジアインフラ投資銀行)の活用も想定しているようです。

産業が育ってきたASEANとしては、道路や発電所といった、足りないインフラの整備を支援してくれるならば誰の手でも借りたいのが正直なところです。中国の言うFTAとは、インフラ整備を目的に素材を輸出し、通商の秩序をつくるという貿易政策の意味でもあります。

個人的には、政治的な意図はあれど、経済協力は結構なことだと思います。あとはいかに透明に運用するか、公正なガバナンスを担保するかの問題です。日本は少し、中国との「競争」に傾倒しすぎて、視野が狭くなってしまっていないでしょうか。インドネシアやタイにおける高速鉄道建設計画が典型ですが、日本政府は受注できて喜んでも、肝心の日本企業が低利益で渋々、受注していては意味がありません。日中外交の力が足りていませんが、RCEPを含むASEANのさまざまな構想を、日中の共同プロジェクトにすることで、日本が中国の透明な運営を見張る方法もあるのではないかと思っています。

FTAで大事なのは、消費者の目に見える利益があることだと思います。例えばマンゴーやパッションフルーツの関税撤廃時、日本国内の農家からは反対意見も出ましたが、消費者にとっては今まで知らなかった南国のフルーツの美味しさ、豊かさに気づく恩恵がありました。貿易の自由化というと、いつも企業目線になってしまいますが、輸出と輸入は裏と表で、輸出したお金で輸入ができるわけですから、関税が下がればより安くより多くのものが買えるようになります。

RCEPの発効が発表されれば、関税は一見、下がるように思われますが、認定基準を定める原産地規則に引っかかり、適用されないケースもあります。全ての品目が一様に下がるわけではありません。内容はまだ交渉中ですが、関連してくる企業にとっては1%の変化も重要ですから、注目が必要です。同時に、物品のサプライチェーンとデータサービスが国を超えて行き来する中で、本当に得をするのはどの国なのか。
また、政府なのか、企業なのか。冷静に考えた時、RCEPは物品貿易を行う既存の企業にとっては有効ですが、新たなイノベーションでビジネスを創造していこうとする企業にとってどれだけの意味があり、消費者にとっての景色がどれだけ変わるかというと、やや微妙な気がしています。
ASEANにとって居心地の良い、面倒を見てくれる中国主導の世界が良いのか。厳しく底力が試される、アメリカ主導の競争の世界が良いのか。どちらが正解かは分かりませんが、一度ぬるま湯に浸かってしまえば出られなくなるのは確かです。


太田泰彦(おおた やすひこ)
日本経済新聞 編集委員 兼 論説委員
ワシントン特派員、フランクフルト支局長、一面コラム「春秋」担当などを経て、2015年4月よりシンガポール駐在。アジア・太平洋全域をカバーし、政治、外交、国際金融、通商、技術革新などを取材している。日経新聞のほか英文メディアNikkei Asian Review (NAR)にコラムニストとして記事を執筆し、世界に発信。クラシック、ジャズ、ロックなどジャンルを問わず音楽全般が趣味。中・高校ではオーケストラでフルート奏者、大学ではバンドでピアノを弾いていた。現在は観世流シテ方梅若会で能楽の仕舞と謡を稽古している。
1961年生まれ、東京出身、北海道大学理学部で物理学を専攻。米MIT大学院で政治・行政学を修了。

THAIBIZ編集部

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