カテゴリー: ニュース
公開日 2023.07.11
7月3日付バンコク・ポスト紙(ビジネス1面)は、「Nuclear power and net zero」というタイトルでタイでの原子力発電の導入の可能性を論じる長文の分析記事を掲載している。同記事はまず「クリーンエネルギー企業は、タイで太陽光・風力・バイオマス発電の促進だけをしているわけではなく、原子力エネルギーに関する議論も巻き起こしている」と話を始める。そして、6月25日にバンコクで開催された「世界華商大会」(WCEC)ではタイ財閥チャロン・ポカパン(CP)グループのタニン会長がタイの発電の1つの選択肢として原子力が有効な電源になるとの見解を表明したことを紹介。電力業界およびその他の業界の経営幹部は原子力の恩恵を指摘するものの、大半の人々にとっと最重要課題は安全性だと訴えている。
タイ工業連盟(FTI)再生可能エネルギー産業部会のスウィット会長は同記事の中で、「もし新政権がクリーンエネルギーの一環として原子力発電プロジェクトを推進したい場合には、原子力技術に関する教育が不可欠だ」と指摘。原子力発電の開発は、放射能漏れや廃棄物管理というマイナスのインパクトを懸念する一部のタイ国民の間では大きな論議になっていることは認識していると述べた。その上で、政府が長期的に原発技術をクリーンエネルギー開発プロジェクトに加えることを決断するなら、すぐにも一般市民への教育を始めるべきであり、「原子力発電を子供の教科書で取り上げるべきだ」と提案した。
同記事は続いてタイがどのような原子力発電を推進すべきかとの論点についてまず、日本で利用されているような発電能力が700メガワット(MW)以上の大型原子炉の開発を望むことはなく、300MW以下の小型モジュール炉(SMR)や10MW以下のマイクロモジュール炉(MMR)という2つの選択肢があると説明。「1つのMMRの発電量は太陽光発電ファーム10カ所分に相当する。太陽光発電は日中だけだが、原子力は1日中発電できる」とした上で、MMRは主に潜水艦の電源として広く使われていると報告した。
また、原子力発電とタイのエネルギー政策の根幹である長期電源開発計画(PDP)では、PDPに原子力発電を位置付けようとしたこれまでの取り組みは失敗してきたと説明。しかし、エネルギー政策計画事務局(EPPO)のワタナポン事務局長は、最新版「PDP2023」(2023~2037年)では合計発電能力800MWの2基の原子力発電所を開発し、2036年か2037年には稼働させる計画を盛り込むとの意向を明らかにした。同事務局長によると、地球温暖化対策の一環として欧州と日本の当局がSMRに高い関心を寄せているという。
同記事によると、タイでの原発開発計画は、政府がチョンブリ県での建設に合意した1969年まで遡れる。この計画は地元当局者の反対や、1974年の石油ショックによるコスト上昇などを受けて何度も延期を余儀なくされた。その後、政府当局は「PDP2010」で、2020年か2021年稼働を目指す原発開発プロジェクト(合計発電能力2000MW)を提案したものの、福島原発事故を受けて、2011年にPDPから削除されたという。
その後、タイ発電公社(EGAT)の子会社ラチャブリ発電会社が、海外での原発事業への投資に関心を示したものの、最終的には計画を撤回したという。RATCHグループに社名変更した同社は、2016年にベトナム国境から45キロの位置にある広西チワン族自治区での原発開発に中国企業と合弁事業を行うと発表し、原発に関与する初のタイ企業とみなされた。しかし、同社は結局、数年後に理由も明らかにしないまま撤退を決めた。
脱炭素が各国の最大のテーマとされる中、日本は太陽光などの再生可能エネルギーへのシフトに限界を感じ、石炭などの化石燃料依存から当面脱却できないがゆえに原子力発電に回帰しつつある。タイも国として初めて原子力発電に本気に取り組むことになるのか。福島原発事故のその後に見られるように、まだ人類にはマネージ不可能な原発を選ぶのか。それとも地球温暖化対策、脱炭素の達成を少し先送りしてでも原発に依存しない社会の確立を目指すのか、人類の智慧が問われている。
TJRI編集部
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