カテゴリー: ビジネス・経済, ASEAN・中国・インド
連載: 川島博之が読み解くアジア
公開日 2024.03.04
今年1月16日に配信した前回コラムでは中国の不動産バブル崩壊が東南アジア経済に及ぼす影響について書いた。本稿ではその論考を深めるために中国から東南アジアへの外国直接投資(FDI)を具体的に見てみたい。表に2022年の東南アジア大陸部4国に対するFDIを示す。ここでは内戦が続くミャンマーは除いた。
目次
東南アジア各国へのFDIはベトナムが最も多く238億ドルである。それに大きく引き離されてタイの90億ドルが続く。ラオスは52億ドル、カンボジアは19億ドルである。カンボジアへのFDIはベトナムの8%でしかない。
これら4カ国に対するFDIでは中国からが最も多く86億ドル、それに日本の64億ドルが続く。今後、不動産バブルの崩壊に伴い中国からの投資は大きく減少するだろう。そればかりでなく、中国はこれまでの投資を引き上げる可能性もある。既に米国や英国で中国の会社や個人が所有する不動産が大量に売りに出されている。東南アジアでも同様のことが起こる可能性は高い。
中国から投資の減少が各国経済に及ぼす影響を国別に考えてみたい。影響を最も強く受けるのはカンボジアである。カンボジアへのFDIは全体で19億ドルだが、その約9割は中国からの投資である。カンボジアの国内総生産(GDP)は288億ドルなので、中国からのFDIはカンボジアのGDPの6%を占めている。もし中国からのFDIがなくなれば直接的な影響だけでもカンボジアのGDPは6%低下する。中国からのFDIがなくなることは、カンボジア経済に致命的な影響を与えるだろう。
その歴史によるところが大きいが、カンボジアは隣国であるタイとベトナムとの関係が良くない。そのような事情から中国に依存してしまったが、それが裏目に出る可能性が高い。昨年カンボジアでは首相がフン・センから息子のフン・マネットに代わり、それを契機に疎遠になっていた米国や日本との関係を強化しようとしているが、一朝一夕で投資を増やすことは難しい。中国のバブル崩壊によってカンボジア経済は大きく揺さぶられることになる。
ラオスも中国からのFDIが減少すれば大きな影響を受ける。2022年の中国からラオスへの投資は33億ドル、中国からの投資はここに示した4カ国の中で最も多い。一方、ラオスの人口は750万人であり、GDPは150億ドルでしかない。そのために中国からのFDIがGDPに占める割合は22%にもなっている。ラオス経済は中国からのFDIによって成り立っていると言っても過言ではない。
中国からのFDIの大きな部分は、雲南省昆明からビエンチャンを結ぶ中国ラオス鉄道(2021年12月にラオス国内区間が開通)の建設に使われている。しかしこの鉄道がラオス経済を発展させる原動力になるとは考えにくい。なぜなら中国の新幹線は北京と上海を結ぶ路線ぐらいしか採算が取れていないからだ。バブル景気に沸いている間は雲南からラオスに旅行に来る人がいると思うが、バブルが崩壊した後に多くの中国人がラオスに来るとは思えない。終点であるビエンチャンの人口は80万人ほどでしかなく、観光資源も貧弱である。ラオスに大きなビジネスチャンスはない。
中国からの資金の流入がなくなれば、ラオス経済は冷え込む。それだけでなく、中国の借りた膨大な借財の返済が重荷になる。ラオスは中国ラオス鉄道を作ったことを後悔することになると思う。
ベトナムでは中国のバブル崩壊とほぼ同時に不動産バブルが崩壊し始めた。表には示さなかったがシンガポールからベトナムへのFDIが48億ドルもある。ベトナムはその歴史において何度も中国の侵略を受けたために中国を嫌っている。中国はそんなベトナムに対してシンガポールを経由して投資を行っている。中国からのFDIとシンガポールからのFDIを合わせると、その合計は72億ドルになり日本のFDIを上回っている。中国からベトナムへの投資は不動産が中心と言われており、バブル崩壊によって中国マネーも大きな損害を被ったと囁かれている。中国がこれまでの投資を引き上げることになれば、ベトナムの地価下落は一層加速することになるだろう。
ベトナムへのFDIはタイの2.7倍にもなっていた。これは近年ベトナムが東南アジアで最も高い成長率を誇ってきた要因の一つである。FDIは依然、途上国の経済発展において大きな役割を担っている。
ここに挙げた4カ国の中で、タイは中国のバブル崩壊の影響を最も受けない国と言って良い。その最大の理由はタイへのFDIが少ないためである。タイは一人当たりGDPが約8000ドルとこの4国の中では最も高く賃金水準も高い。そのために海外の企業はタイを避けて、賃金の安いベトナムに投資している。
だが賃金だけが問題ではないであろう。2014年の軍事クーデター以来、タイの政情は安定しないことも理由になっていると考える。海外の企業はタイをカントリー・リスクの高い国と見ている。これまで日本はタイに多くの投資を行ってきたが、現在、日本の投資はベトナムに向かっている。中国からタイへの投資も相対的に少ない。中国はアフリカ諸国に多額の投資を行っており、このことからも分かるように中国はカントリー・リスクに鈍感である。そんな中国でもタイへの投資を控えている。
2014年の軍事クーデターとその後の政治の混乱は、見えない部分でタイ経済の足を引っ張っている。最近もタクシン元首相が帰国して逮捕されたものの半年ほどで釈放されるなど、海外から見てタイの政治は不可解な部分が多すぎる。
その一方で中国からのFDIが消滅し、また中国が投資を引き上げるなどの可能性を考えたとしても、タイはその影響をあまり受けない幸運な国とも言える。今後、カンボジア、ラオス、そしてタイのライバルとも言って良いベトナムは、中国不動産バブル崩壊の影響を強く受ける。
近隣国の不調はタイ経済に悪影響を及ぼすことになるが、その一方でライバルの不調はチャンスでもある。2024年の東南アジア経済を考える際に、中国の不動産バブル崩壊から目を離すことができない。
ベトナム・ビングループ主席経済顧問
Martial Research & Management Co. Ltd.,
チーフ・エコノミック・アドバイザー
川島 博之 氏
1953年生まれ。77年東京水産大学卒業、83年東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得のうえ退学(工学博士)。東京大学生産技術研究所助手、農林水産省農業環境技術研究所主任研究官、ロンドン大学客員研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科准教授などを経て、現職。
主な著書に『農民国家・中国の限界』『「食糧危機」をあおってはいけない』『「食糧自給率」の罠』『極東アジアの地政学』など。
近著として「日本人の知らないベトナムの真実」を執筆。
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