競争から協調・協働、そして価値共創へ

ArayZ No.133 2023年1月発行

ArayZ No.133 2023年1月発行競争から協調・協働、そして価値共創へ

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競争から協調・協働、そして価値共創へ

公開日 2023.01.10

はじめに

新型コロナウイルスの出現によるパンデミック(世界的大流行)や昨今の世界情勢の悪化は、あらゆる意味で私たちの想像を絶する危機的な状況を生み出しています。現代社会や日本の抱える課題や歪み、矛盾が一気に顕在化してきたことで、慌ててさまざまな制度や仕組みの見直しが叫ばれるようになりました。

新型コロナウイルスは、基礎疾患を有している人に対して猛威を振るうことが知られていますが、疫学的危機のみならず世界情勢の悪化などの危機は、日本という国が抱えてきた社会・政治・医療・経済など、あらゆる分野における基礎的な疾患に対して容赦ない攻撃を加えてきます。

ただ、コロナ禍によって顕在化してきた課題群は、以前から既に私たちの社会や組織が抱えていたものが多くあることも事実です。むしろ新たな問題が出現したというよりは、以前から抱えていた問題が顕在化するスピードが加速し、既存のインフラや仕組みでは対応できない領域が生まれ、さまざまな制度や産業のプレートに多くの隙間が出現したと捉える方が正しいのではないでしょうか。

こうした状況において、あらゆる組織においてリーダーの能力が問われるとともに既存の制度の見直しが図られています。コロナショックは私たちの社会システムに大きな揺らぎを与え、企業経営においても新常態への対応が求められるようになりました(本誌2020年12月号特集参照)。

昨年の特集号(本誌2022年1月号)では、企業経営にとってはこうした環境の変化を時間軸と空間軸、そして組織に対する影響度を鑑みながら、クライシス対応とリスクマネジメントを戦略的に統合していくことで、突発的危機、段階的危機、継続的危機に対応しながら、新常態での生存領域を確保していくことが大切であることを指摘しました。

企業経営においては、こうした変化スピードへの対応に向けて組織変革のギアをあげていくと同時に、新たに生じた隙間のなかに機会を見いだし、事業を創造していくことが求められます。

危機的状況においてリーダーの真価が問われる

平穏な環境の中で失われた問題意識、危機意識、当事者意識

「疾風に勁草を知る」これは、平穏で緩やかな風が吹いているときには、どの草が地面深くにしっかりと根を張っているのかを見分けることは困難であるが、激しい風が吹くと、しっかりと地に根を張った丈夫な草とそうでない草を明確に区別することができる、という意味です。英語では、“When waves get stronger, that’s when the strength of truly strong is revealed.”などと表現されます。

これを組織のリーダーに当てはめるとするならば、苦難に直面することで、初めてその人物や企業の節操のあることや意志の強さを見分けることができ、危機的な状況下でこそ人物や企業そして国の人格、社格あるいは国格が露わになる、ということでしょう。コロナ禍に見舞われている現代の社会情勢において、まさに私たち日本人や日本企業の節操や意志が試されているといえます。

これまで平穏な環境に慣れ親しんでしまった私たちは、国や自らの所属する組織の将来に対してそれほど大きな危機意識を持つことなく過ごしてきました。それゆえに、適切な問題意識を抱くこともなく、極めてナイーブで危うい関係性や甘い前提のなかで保たれていた日本という国や組織の現状が、未来永劫続いていくものだと信じていたのかもしれません。

問題意識、危機意識、当事者意識の欠如という問題は、リーダーのみならず、私たち一人一人を含め広く日本社会に共通してみられる傾向ではないでしょうか。危機的な状況に陥るまでは、どこか他人任せで、私たち一人一人が、自ら地に根を張る努力を怠っていたのかもしれません。

危機的な状況の中で問われる企業家・リーダーの役割と価値共創

経営の世界ではかつて、「アメリカと肩を並べて頭なし」と揶揄されることがありました。しかし、ふと気がつくといつの間にか、日本という国に対して、「中抜き大国」、「先進国から衰退国化へ」と表現されるような状況に陥ってしまいました。

こうしている間にも、世界情勢は大きく変化しており、国の存続という次元においても日本は大きな危機に直面していると言えます。コロナウイルスと同様に、さまざまな危機は、こうした脆弱な体制や社会に対して、決して手を緩めることはなく容赦なく迫ってきます。

2022年1月号の特集で「危機における経営」を取り上げましたが、危機管理には、(1)生じうる危機的な状況を事前に想定して、そうした状況に陥ることが決してないように準備すること、(2)危機的状況に陥った場合に、そこから迅速かつ適切に脱出すること、という2つの側面があります。

新型コロナウイルスや昨今の世界情勢への対応には、(2)がクローズアップされてきましたが、(1)の危機管理の重要性をしっかりと認識しておくことが大切です。リーダーの役割は(1)に関連して、「最悪の事態を想定する」ことで、国として企業として死守すべき領域を明確にし、最悪の事態から国や組織を守ることであり、リスクはリストアップして終わりではなく、最終的には主観に基づき、取るべきリスクをとることなのです。

危機的状況下での意思決定の選択肢は、危機発生後の時間の経過とともに減少していきます。事態が生じる前に最悪の事態に備えておくことが重要であり、こうした危機への対応を誤ると、「危機はやがて悲劇をもたらす」ということを忘れてはなりません。

一国の政治やマス・メディアのレベルは、その国の国民の程度を現していると言われることがありますが、少なくともコロナ禍や国際情勢の激変を目の当たりにするにあたり、私たちは、今の社会・政治・経済の仕組みの危うさと、全てとは言わないまでも大学や研究機関の専門家(私自身を含む)、政治家、医師、官僚、そしてメディアの程度について嫌というほど思い知らされたのではないでしょうか。

いずれにせよ、このまま国会議員や官僚や専門家に任せきりにしていては大変なことになってしまうということに多くの人々は気がつき、国民は憤りや不安を覚え、失望したのです。

しかし、失望していても不満を述べていても状況が改善されるわけではありません。新型コロナウイルスの拡大や国際情勢の急速な悪化による世界的混乱という疾風が吹き荒れるなかにおいて、私たちはこれまでの社会経済の在り方を見直し、迫りくる危機への戦略適応を迅速に図ると同時に、新たな生き方を模索し、新たな環境を自らの手で創造していかなくてはならないのです。

“マネジメントの父”と称される経営学者のドラッカーは、「経営者の役割は社会や顧客が求めている価値の創造を担うことである」と説きましたが、今、そしてこれからの社会において、社会や顧客に対する価値を創造するために私たちは誰とどのような関係性を構築していくべきなのでしょうか。先行きが不安な中で、私たちの将来がどうなるかということを予測したくなる気持ちもわかりますが、それよりも、それぞれがどのような将来を描くのか、将来をどう創造したいのか、私たちの「意志」が問われているのです。

こうした問題意識のもと、本年度の特集では、不確実性の高い環境における企業家(リーダー)の役割と価値共創について皆様と考えていきたいと思います。

企業家精神の発揮-不確実性への対応にむけて

企業経営は常に環境の変化への対応であるともいえます。ビジネススクールでは、こうした変化への対応は、主に経営戦略に関する科目で中心的に学んでいきます。戦略とは後で振り返った時に、うまくいったことや失敗をした理由について「後知恵で理解すること」だという研究者もいます。例えば、ある研究者は「戦略とは後づけで合理的に説明されるグッド・ラック(幸運)」であると表現をしています。また、「戦略は必ずしもポジティブな側面だけではなく、ある状況下ではネガティブに機能することもある」という指摘もあります。

このように、戦略には計画的な側面と創発的な側面、トップダウンでの実行とボトムアップでの実行、合理的な面と非合理的な面などさまざまな面があるので、どの立場から戦略という実践を捉えようとしているのかという点を明らかにしたうえで議論をする必要があります。

経営戦略には実にさまざまな定義がありますが、ここでは、「企業と環境とのかかわり方のパターンについて将来志向的に示すものであり、組織成員の意思決定の指針となるもの」という意味で理解しておきましょう。

つまり、企業の将来にとって重要な環境を識別し、環境との相互作用のパターンを将来的に示す中で、社会や顧客に対して価値を創造・獲得していくための指針を示し、限られた経営資源を有効活用するための道筋のようなものです。

事業ドメインを定義することが経営戦略の第一の構成要素

ハーバード・ビジネススクールのマイケル・ポーター教授によれば、戦略とは、何をするかに関する意思決定というよりは、何をしないのかに関する選択であると指摘しています※1。そして、何をするのか、しないのかという決定は、事業ドメイン(どこの、誰に、何を、どのように提供するのか)に関する決定であり、何をいかに獲得するのかに関する資源獲得の仕方の決定にもかかわります※2。つまり、企業がどのような事業に従事し、将来どのような事業に進出していくのかを決定していくための指針を示し、誰に、何を、どのように提供していくのかという事業ドメインの設定とかかわる問題です。

どのように組織の目的を設定し事業が定義されるかによって、対象となる市場や競争する相手も大きく異なるので、経営戦略を考えるにあたりドメインの設定は非常に重要なプロセスであり、ドメインを定義することは経営戦略の第一の構成要素であるといえます。そして、戦略的意思決定とは、行動に対する特定のコミットメントを伴います※3。つまり、戦略とは何をしないのか、誰に嫌われるのかに対する選択であり、それに伴う経営資源の利用に関する経営者のコミットメントなのです。

このように説明すると、なんだか簡単に経営戦略について理解をすることができたような気になりますが、それでは、「環境」や「変化」とは一体何を指すのでしょうか?

組織の構造や戦略は、コンティンジェンシー理論では、環境を反映したものであると考えられています。つまり、組織と環境は互いに独立して認識することが可能なものとして捉えられています。

しかし、組織は環境に埋め込まれており、組織の行動によって環境は創造されることもあります。そうであるとするならば、環境とは客観的に外在しているものとして組織が実際の環境を反映すると捉えるのみではなく、組織成員の環境に対する認知を反映していると捉えることが大切です※4。こうした理解は、価値共創という近年の経営学のキーワードを理解するうえでも重要です。

新型コロナウイルスによって出現した新常態という同じ条件の下でも、企業家が状況をどのように認知し、企業行動に結びつけていくのかによって、企業活動の成果は大きく異なります。極めて激しい競争にさらされていると感じている企業は、そうした認知に基づいて環境適応をするために組織、戦略、組織文化などを変革していくでしょうし、同じ事業のドメインで事業展開をしていたとしても、環境に対して認識が甘ければ、組織への反映のされ方は異なるものになります。

このように、企業家の環境に対する認知によって組織は適応的にも硬直的にも、能動的にも受動的にもなり得るのです。

※1 Porter, M. E. (1996) “What is a strategy?,” Harvard Business Review (November-December), pp.61-78.
※2 谷口和弘(2008)『組織の実学 : 個人と企業の共進化』NTT出版
※3 Mintzberg, H., Raisinghani, D. & Theoret, A. (1976) “The Structure of “Unstructured” Decision Processes,” Administrative Science Quarterly, 21, pp.246-275.
※4 藤岡資正(2009)「管理会計と戦略の相互構成的関係:「実践」という視点」『企業会計』61(6)

危機の中で機会を見いだしトランスフォーメーションの契機とする

2020年12月号の本誌特集で述べたように、コロナ禍(withコロナ)における企業家の環境に対する認知とそれに基づく経営変革の取り組み(business transformation)が、コロナ後(afterコロナ)の新常態における慢性的な危機への対応力と競争力の差となって表れてくるでしょう(図表1)。

新型コロナウイルス対応の移行と業績の関係

不確実性の増大は決して居心地の良い状態ではありませんが、S&Pグローバル1200指数に含まれる企業のうち上位25%は、08年のリーマンショックの影響を大きく受けたにもかかわらず、回復期間が早く、その後の回復幅もEBITDAで5倍と、大きなことが分かっています。

これが何を示しているかというと、競争力の高い企業は、不確実性を優位性に転換する能力を有しているということです。まさに私たちが直面している危機の中で、機会を見いだしトランスフォーメーションの契機とする企業家精神が求められているのです。英雄は乱世にこそ立つといわれますが、経営者としての企業家(起業家)精神も乱世にこそ発揮されるべき職能だと言えます。

経営者は企業を取り巻くさまざまな変化に対して、そうした変化が連続的なものであるのか不連続な変化であるのかということを見極めなくてはなりません。連続した変化は、各種のレポートやトレンドなどのデータを分析することである程度は予測しやすい緩やかなタイプの変化と言えるでしょう。こうした連続的な変化は、経験曲線や規模の経済性といった論理によって企業経営を行いやすく、業界のプレーヤーの入れ替えも限定的で勢力図も安定しています。

一方で、不連続な変化の特徴は革新的なものであり、社会や組織に大きな変革を促すような予測がしにくく、変化のスピードも非常に速いものです。不断に変化する環境のうちで、不連続の変化への対応は非常に難しいことです。

高度成長期が終わりバブルの崩壊、テロや震災による外部環境の激変、新たな技術の出現による過去の技術やサービスの駆逐、現在のような感染症の拡大によるパンデミックなどは、いずれも企業に不連続な変化を要請し、この変化への対応の是非がその後の企業の将来を左右することになります。

変化への適応度が有効であれば生き残ることができる

そして、こうした不連続な変化の特徴は、企業経営の効率性を高めることのみでは対応が不可能であるという点です。これは、生物にも当てはまり、私たち人類は急激な地球環境の変化によって絶滅した恐竜などに比べて、変化への適応度が有効であったからこそ、生き残ることができたとも言えます。つまり、環境の激変期、不連続な変化の度合いが大きければ大きいほど、効率性のみではなく、環境や市場に対する有効性が重要となるのです。

過去と同じ活動をより効率的に行うことと、新たな環境に有効な活動を行うことはトレードオフの関係にあります。しかし考えてみると、企業や生物が現在の環境で生存しているということは、少なくともある時点ではその時の環境に有効に適応していたということです。しかし、環境への適合度が高まれば高まるほど、企業の成功が大きければ大きいほど、企業も生物もこれまでと同じ方向で進化を遂げようとしてしまいます。

環境が安定的で生存条件も緩やかに変わっていく連続的な変化であれば、こうした方向での進化でも問題はありませんが、不連続な変化になると、これまでの延長線上にある活動をより効率的にするだけでは環境との不適合が生じてしまうのです。

知識が価値を生み出す時代と言われて久しいですが、知識の成長スピードは速く、予測不可能な形で進化していきます。新型コロナウイルスによるパンデミックの出現や世界情勢の混沌とした状況は、現在のような高度な情報社会にあっても、未来を予測することがいかに難しいかを我々に突きつけたとも言えます。経済学者であり、哲学者でもある K・ボールディングは「我々は知識が確かに加速度を伴って成長すると認識する。

知識はその成長率を常に増加させている。すなわち知識とは、継続的に上がり続ける利率で蓄積されていく資本総額のようなものである」と指摘しています。つまり、知識やテクノロジーの進化を予測することに力を注いでも、それは徒労に終わる可能性があり、全く予測をしていなかったような知識の発展やテクノロジーの変化に対処しなくてはならなくなるということです。

そうであるとすれば、経営者は自社が何を知らないといけないのかを考えるために予測するのではく、「自社が何を知るべきであるのか」「何を知りたいのか」を考えるためのビジョンを示すことが重要となり、それに基づいた未来洞察(Foresight)が求められるのです。

過去のトレンド情報が原理的に存在しないような非連続の変化に対応するには、過去の傾向を前方に投影する予測(Forecast)でも、将来展望(Outlook)でもなく、未来洞察が重要になります(本誌2020年12月号特集参照)。

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チュラロンコン大学
サシン経営大学院日本センター所長
明治大学専門職大学院教授

藤岡 資正 氏

英オックスフォード大学より経営哲学博士・経営学修士(会計学優等)。チュラロンコン大学サシン経営大学院エグゼクティブ・ディレクター兼MBA専攻長、ケロッグ経営大学院客員研究員などを経て現職。NUCBビジネススクール、早稲田ビジネススクール客員教授。神姫バス(株)社外取締役、アジア市場経済学会会長、富山文化財団監事などを兼任。

チュラロンコン大学サシン経営大学院

1982年設立。提供される学位の多くがケロッグ経営大学院とのジョイントディグリーである点が特徴的で、特にマーケティングとファイナンスの分野に強みを持っている。MBA、EMBA、HRM、HRMディプロマ、PhDなどの学位プログラムを有しており、正規生として毎年約700名が在籍している。

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