タイで廃車リサイクルは可能か ~JICA事業始動、課題は山積み~

タイで廃車リサイクルは可能か ~JICA事業始動、課題は山積み~

公開日 2024.09.16

タイ・バンコクを象徴するのは相変わらずうんざりするほどの交通渋滞と、季節要因ではあるがPM.2.5に象徴される大気汚染だ。そして、エアコンのないおんぼろバスや、老朽化したトラック、乗用車が黒煙を吐きながら爆走している。前衛的なデザインの都心のオフィスビル、ショッピングセンターとは極めて対照的な光景に、東南アジアらしさを感じてノスタルジーに浸る人もいるかもしれない。しかし、これらはタイが貧富の格差を是正できない象徴的な光景でもあり、やはり中所得国の罠を脱することはできないだろうと感じる。

一方、2019年11月下旬に取材した新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)事業で豊田通商の子会社グリーンメタルズ(タイランド)のチョンブリ県ピントン工場で行われた「使用済み自動車(ELV)」のリサイクル実証事業の運転開始式は、強く印象に残っている。もしこの事業が実を結ぶならタイの環境改善も進み、先進国入りも近づくのではと思った。しかし、この事業では、なぜか使用済み自動車がなかなか集まらないうちに終了した。ただ、タイ政府、そして日本政府もこの取り組みをあきらめていなかったようで、現在、国際協力機構(JICA)事業に引き継がれ、再始動した。

解体事業者のインセンティブとリサイクル費用

「ELVリサイクルはタイだけの問題ではない。いろんな業者が有価資源を取る一方、健康・環境に悪いフロンやオイル、各種液体は無価値でお金にならないので廃棄物として捨ててしまう。この問題が手当されていないのが一番大きな問題だ。鉄やアルミなど、お金になるなら取り出してリサイクルする。お金にならないフロンはどこに持っていっていいか分らないから大気に放出し、地球温暖化につながっている。走行できない車が廃棄物のスタートだと法律を定めて、そこから廃棄物のトラッキングを行う。これが今回のメインターゲットだ」

トヨタ・ダイハツ・エンジニアリング・アンド・マニュファクチャリング(TDEM)で環境担当副社長を務めた後、タイで起業し、使用済み自動車(ELV)のリサイクルシステム構築に取り組む、ACT TO ZEROの代表取締役、石本義明氏はタイのELVリサイクル問題のポイントをこう解説する。そして「誰がフロン回収するのかなどを規定する法律はない。そこで許認可制度が必要だ。解体事業者の義務要件をすべて明確化した上で、業者を登録してシステムとつなぐ。・・・ただ法律ができても、解体事業者は『お金にならないことを何でやるのか』といったように、インセンティブがない。そこではリサイクル料金という形での手当てが必要であり、リサイクル費用はどこが拠出するのかがこれからの議論だ」と問題整理をする。

その上で、「日本では消費者がリサイクル費用を払っているが、一般的にはExtended Producer Responsibility(EPR=拡大生産者責任)なので、車の輸入業者や製造事業者、販売業者などがリサイクル料金を負担する。タイなど東南アジアはこうしたリサイクル料金徴収の仕組みはまだ何もない」と、タイでのELVの廃棄・リサイクルシステム構築に向けた課題を指摘する。

JICA事業の経緯、EV急増も要因

今年8月から3年半の予定で、国際協力機構(JICA)による、タイでの「使用済み自動車(ELV)の適正管理に向けた包括的制度構築プロジェクト」が始まった。日本政府が協力するタイでのELVの廃棄・リサイクルのインフラ整備の実証事業は、2016年10月から新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)がタイ工業省に協力して実施した「使用済み自動車(ELV)」のリサイクル実証事業が最初だ。このNEDO事業が2021年2月に終了後、海外産業人材育成協会(AOTS)の「タイ自動車リサイクル制度構築支援事業(2021~2023年)」で制度構築のフレームワーク作りが行われた。今回のJICA事業はこれらを引き継いだ形だ。

JICAは今回の事業の背景について、事前事業評価表でタイ政府のEV振興策を紹介した上で、「今後、タイにおいてEVへの乗り換え需要が高まり、使用済み自動車(ELV)の急増が予想されるが、タイにおいてELVを直接規定する法律は存在せず、ELV適正管理制度は未整備の状態だ」と指摘、EVの急増も1つの要因に挙げている。その上で、「市場原理に基づく民間事業者の自然発生的ビジネスとして家内工業的規模での自動車解体が行われており、環境負荷物質が適正に処理されておらず、廃油・廃液・廃材による土壌汚染・水質汚濁といった被害やフロン類の大気放出によるオゾン層破壊や温室効果ガスの排出が懸念されている」などと説明している。

タイ政府の省庁縦割り問題

こうした認識を踏まえ同評価表は事業目的について、「タイでELVが適正に回収、リサイクル、処理、廃棄されるメカニズムと実施体制を策定、パイロットプロジェクトの実施により実現可能性を検証」することで、ELV管理制度構築が開始されることに寄与することだ」と強調した。総事業費(日本側)は約4.8億円だ。

実施体制は、タイ工業省工業局(DIW)が主体で、運輸省陸運局、天然資源環境省公害管理局が主要協力機関となり、その他、内務省地方行政局、保健省保健局、財務省財政政策局、バンコク都もワーキンググループに参加する。JICAタイ事務所の鈴木和哉所長は、「本プロジェクトは、エックス都市研究所、日本工営などから構成される専門家チームが工業省工業局(DIW)を中心としたタイ側政府機関とともに実施するものであり、8月27日~30日にキックオフ会議を行い、今後、3年半間にわたり技術協力を行う予定だ」と報告した。

今回のプロジェクトの実施体制について、前出の石本氏は、「タイ政府内部の課題としては、当然ながらこれまで取り組んだことがなく、エキスパートがいない。しかも、自動車のリサイクルはいろいろな省庁にまたがるので、縦割りではなかなかできない。だからその体制作りも非常に肝になると思っている」とコメント。

タイのELV制度構築の課題とは

JICAのELV制度構築プロジェクトの具体的な活動の中には「自動車登録・抹消登録、車検、課税、保険の仕組みについて、他国との比較検討を行い、政策提言を作成」「ELV解体・リサイクル業者に対する現行認可制度とガイドライン見直し案を提案」することも挙げられている。後者についてはACT TO ZEROの石本氏が指摘する解体事業者の許認可制度やインセンティブをどうするかという議論にも関わってくるものだろう。そして前者の、タイの「自動車登録・抹消」「車検」「課税」についてはタイのELV制度構築にかかわるさまざまな専門家がこれらの課題を指摘している。

例えば石本氏は、タイの車検制度について、「民間委託をしているが、非常にばらつきがあると聞いている。税金を払ってない人もいるだろう。強制徴収されない。タイでは、仮に3年間車検・納税をしない場合は、自動登録抹消されるが、取締りがされずにそのまま使用されているクルマもあると聞いている」と指摘。別の自動車業界関係者も、「タイでは納税時に車検済みの証明書を示す必要があるが、車検が通らなければ、納税ができず、未登録となる。警察に見つかると罰則となるが、警察がチェックしないこともあるようだ」という。結局、車検制度のゆるさ、維持費の安さが老朽化した自動車の廃棄、乗り換えが進まない1つの原因のようだ。

自動車税体系の見直しにつながるか

そしてタイの自動車税は、5年目までは定額(車種によって異なる)で、その後は毎年10%減り続け、最大50%まで減額される(6年目90%、7年目80%・・・10年目50%)仕組みになっている。一方、日本では新車登録から13年経過すると、税率が引き上げられ、老朽化した自動車の廃車、乗り換えを促進する仕組みになっている。結局、タイは長く乗れば維持コストが低下していくため、特に低所得者層は老朽化した自動車をなかなか手放さないというのが現実のようだ。

冒頭で紹介したNEDO事業では、2年間の実証期間中に適正解体されたELVは51台にとどまり、タイではELVがなかなか集まらないことが分かったという。そこでは、ELVとなっても有価物だけを持ち去ってしまい、有害で無価値なものは不法投棄されてしまう現実があり、そもそも長く乗り続けた方が金銭的メリットも大きく、老朽化し、PM2.5などの有害物質をより多く排出する自動車の廃棄・リサイクルが進まない原因になっていることが分かる。もし、車検制度や自動車税の仕組みを環境対応に変更した場合は、低所得者層など弱者いじめという批判も浴びかねない。自動車リサイクル推進では、環境か経済的弱者のどちらを優先するかという途上国に顕著な構図が浮かび上がり、最後は政治家の強いリーダーシップが不可欠になってくるだろう。

THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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