公開日 2022.09.27
タマサート大学経済学部は9月15日、第44回「ECON TU シンポジウム2022」をオンライン方式で開催した。テーマは「ネクストノーマル時代のSカーブ・アップグレードへの挑戦」で、自動車、電子電機機器、食品輸出、医療機器、製薬などの産業界に関する研究成果が発表された。今回はそのうち自動車産業と電子・電機機器産業に関する研究報告を紹介する。
目次
タマサート大学経済学部講師のアーチャナン・コーパーイブル氏は「技術転換期にあるタイ自動車産業」と題して、技術転換への対応を分析した研究成果を報告した。特に世界の電気自動車(EV)の動向や、EVの利用を促すために各国が採用している政策を紹介し、消費者がEV購入を決定する主な要因などを分析、タイはEV時代にどう備えるかなどを説明した。
同氏は「さまざまな調査の結果、電気自動車は新たな世界のトレンドになることが分かった。しかし、多くの人が期待するほど早くは来ない可能性がある。EVメーカーがタイで本気で製造工場を立ち上げ、本格的な開発を進めるのではなく、販売という形で参入する。その理由は現時点では各モデルの電気自動車の販売台数は少ないので海外に生産工場を開設して利益を出すことが困難なためだ」と説明した。
さらに同氏は「現在、世界中で地政学的なストレスがかかっているため、EVへの転換が遅れる可能性がある」と予測。さらに「現在、バッテリーの原料となるリチウムなどのレアメタルの価格が大幅に上昇しており、EVの価格を内燃機関車に対抗できる水準まで引き下げようとする政府の補助金は、大きな刺激にならないだろう」との見方を示した。
近年、世界的にEV、特にバッテリー電気自動車(BEV)の普及が進んでいる。これは、中国人のEVへの乗り換えが急速に進んだことが大きい。しかし同氏は、「これは中国だけの話であり、世界の他の国々はまだBEVとプラグインハイブリッド車(PHEV)との中間的な道を選んでいる」(図1)と指摘する。
世界約30カ国の政府が、EVへの乗り換えが増えるようEV価格を下げるための補助金を出しており、新車購入に影響を与えている。同氏はこの政策が環境に与える良い影響は、期待されるほど多くはないと指摘。同氏は下記の折れ線グラフ(図2)を紹介しながら、世界的にEV車が、今走行している古い自動車に置き換わっていないためだと理由を説明した。つまりEVの販売台数は急増しているのに、走行している全自動車に占める比率は大きくは上昇していないことを2本の線の乖離が示している。「電気自動車は、長く使われている環境基準が低い内燃機関車と入れ替えるべきだ。内燃機関の新車はすでに環境ための良い技術を備えている。これは多くの古い自動車が大気汚染の大きな原因の1つとなっているタイのような発展途上国にとってとても重要なことだ」と強調した。
アーチャナン氏は世界65カ国を、電気自動車がある程度普及している国と普及が始まったばかりの国に分類した上で、統計分析した。その結果、電気自動車の普及を促進する主な要因は、人口、所得、インフラ、特に充電ステーションの設置状況であることが分かった。補助金支給政策は、インフラが整ってから効果を発揮する一方、人口規模はその国の電気自動車の市場規模を示す要因にはならないとの認識を示した。
EV産業主導で海外からの投資を誘致しようという「First Move Advantage」は期待したほどの効果が上がらない可能性も高い。なぜなら、タイは世界の主要な自動車生産拠点のひとつで、今の生産サプライチェーンに影響を与える可能性があり、世界情勢で、例えばロシア・ウクライナ戦争、インフレ、欧米・中国間の貿易戦争、レアメタル不足など不安定要因があるからだ。そこで同氏は「タイは環境にやさしいすべてのタイプの自動車(電気自動車、ドライバーレス車、水素エネルギー車など)をカバーするより広い開発目標を設定する中でEVを普及させるべきだ。また、トラックや二輪車などタイ企業が参加できる市場分野を支援する必要がある。さらに、タイは大気汚染を引き起こす古い車を排除し、EVに置き換えるための補助金導入の検討を始めるべきだ」と提言。これらの措置が最も環境に配慮した補助金の利用方法だと結論づけた。
続いてタマサート大学経済学部講師のアロンコーン・タナスリタンヤークン氏が「電子・電気機器産業の変化と、コロナ流行期とコロナ後の未来」と題して、世界の製造業のサプライチェーンの変化がタイの産業に与える影響、企業の適応方法、課題などを国内外の業界関係者に対する聞き取り調査に基づいて報告した。
同氏は新型コロナウイルス危機の中で、米国は生産サプライチェーンから中国を排除して、生産拠点を米国に戻すか、第3国の貿易相手国に移転させる動きは世界のサプライチェーンに影響を及ぼしていると指摘。特に、「世界の製造業は半導体の供給不足に直面しているため、生産サプライチェーンのリスクが大きくなっている。今回の調査では(電子・電気機器産業界の)多くの人が1〜2年後まで半導体不足が続くと予想している」と述べた。
同氏はまた、米国の試みは長距離マラソンのようで、世界の製造業のサプライチェーンは、短期的には変わらないだろうと指摘。これは、世界のサプライチェーンがすでに東アジア(中国、台湾、韓国、日本)に移行し、生産工程間のつながりが密接になっていることが原因であり、中国を世界のサプライチェーンから排除することは難しいだろうとの認識を示した。こうした状況はタイにとってチャンスであり、タイは中立の立場を保って中国から移転する投資の機会を探る準備をする必要があると訴えた。
タイはさまざまな貿易相手国から電子部品を輸入している。輸入元は22カ国で、ほとんどがアジアの国からの継続的な輸入であり、タイが国際的な生産ネットワークと密接な関係があることを示しているという。タイには地理的、地政学的な優位性があり、タイは電子部品へのアクセスに柔軟性があると考えられるとの分析を示した。
現在、タイにおける製造業のサプライチェーンはかなり整備されているが、半導体の上流産業であるシリコンウェハーやウェハファブ(ウェハを集積回路にする半導体処理施設)の生産は高い投資と高い技術的ノウハウが必要なため、タイでは不足している。このため、タイ国内での集積回路組み立てではウェハファブの多くを輸入に頼っているという。また、タイの電子部品サプライチェーンは、国内での家電生産に結びつかず、タイにおけるイノベーションと技術の発展チャンスも制約されているとの見方を示した。
調査結果によると、新型コロナウイルス流行期にタイの外資系企業は生産拠点の再配置を行わず、同じ生産拠点を使い続けている。同氏は生産工程のリスクを分散させるために企業は相手先ブランドによる生産(OEM)から、技術的に高度な組み立て生産(Sophisticated OEM)へと移行すると考えられ、生産工程の自動化の必要性が高まると思われる。
また、アロンコーン氏はもう一つの重要な傾向として、タイ政府が重点を置く「Sカーブ」産業に多角化する企業が出てきているものの、多くの課題に直面していると指摘。特に、市場で成功するための技術的な知識や製品開発のノウハウ、研究開発投資などがまだ分散しており、お互いにサポートし合っていないことが製品開発の成功の可能性をより困難にしている状況だと説明した。
このため同氏は「政府は技術に関する知識の連携を促進すべきだ。電子部品へのアクセス、生産サプライチェーンにおける企業への資金援助、また中小企業が電子部品に簡単にアクセスできるようにするため国内生産した電子部品への免税措置を導入する必要がある。そうすれば、新しい革新的な製品を開発する機会も増えるだろう」と締めくくった。
TJRI編集部
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